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2014/01/02

カテゴリ『貝原益軒「大和本草」より水族の部』始動 /大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 海鼠

[やぶちゃん注:ここでは貝原益軒「大和本草」より水族の部を電子化、簡単な注釈を附す。以下、凡例を記しておく。

・底本は「学校法人中村学園図書館」公式サイト内にある宝永六(一七〇九)年版の貝原益軒「大和本草」PDF版を視認してタイプする(リンク先は目次のHTMLページ)。各頁中央にある「大和本草卷××  〇×」という柱は省略した。

冒頭の頭書(本文上部罫外)に現われる枠()で囲まれた、
 「外」(本書が主に拠るところの「本草綱目」には載せないが、「外」(ほか)の中国の本草書には載る種の謂い)
 「和品」(「和」国=本邦にはあるが、中国の本草書に同定出来るものがなく、漢名が不明の種の謂い)
の字は、項目の前に【外】【和品】等と示した。
本文中に現われる枠(□)で囲まれた部分は同じ【 】を用いて本文内に示した。

・原文との対照を明確にするために原文は一行字数を同一にした。

・本文中の訓点附漢文部分(途中に漢字カタカナ交り文を含む)はまず白文を示し、その後に訓点に従って書き下したものを直後に「〇やぶちゃんの書き下し文」として示したが、そこでは読み易さを考えて、私の判断で改行や送り仮名・句読点・記号・濁点及び難読部の読みを変更追加してある(送られていない送り仮名を外(本文)に出してもいる)。助詞助及び動詞は平仮名表記とし、ルビ送り仮名総てを平仮名表記とした。なお、読みは底本では殆んどない。底本に認められるものは( )、私が附したものは〔 〕で区別し、読みは総て歴史的仮名遣を用いた。但し、私は「大和本草」の翻刻本その他の注釈書は所持していないので訓読は全くの私の自在勝手版である。電子化の誤植を含めて誤読箇所を見出された場合はご指摘戴ければ幸いである。

・表示不能の字は改行して[やぶちゃん字注]で示した。一部の字体は最も近い正字に直した箇所があり、必ずしもそれを断わっていない。約物は「シテ」「ナリ」「コト」「トモ」等と正字化した。但し、途中から「乄」「ヿ」などが使用出来ることが判ったので、それに代え、訓読では正字化した。

・各項の最後に私のオリジナルな注釈を施してある。但し、私は既にサイトで寺島良安「和漢三才圖會」の水族の部及び「栗氏千蟲譜」で膨大な注を施しているので、それらを再録した箇所も多い。注の誤りもご指摘戴ければ幸いである。

私の海産無脊椎動物への強い趣味と海鼠好きから、まずは「大和本草巻之十四」から開始する。悪しからず。

藪野直史【2014年1月2日始動】]

大和本草卷之十四

  水蟲 蟲之上【雜記於河海〇蟲有卵生化生

 

   濕生之三類無胎生唯蝮蛇胎生〇水蟲有

 

   可食者數種著于卷首】

 

〇やぶちゃんの書き下し文

(蟲の上【河海を雜記す。蟲に卵生・化生・濕生の三類有り、胎生は無し。唯し、蝮蛇は胎生す。水蟲、食ふべき者、數種有り、卷首に著はす。】)

[やぶちゃん注:「卵生・化生・濕生の三類有り、胎生は無し」等の呼称は、そもそもが「四生」(ししょう)という仏教に於ける生物の成り立ちを説いたものに由来する。「胎生」(たいしょう)は雌の母胎から生まれ出ずるものを(人や獣類等)、「卵生」(らんしょう)は卵から生ずるものを(鳥類等)、「濕(湿)生」(しっしょう)は湿気から生ずるものを(昆虫等の虫類)、「化生」(けしょう)は、以上の現実の理(ことわり)とは違った、自身の前世の業(ごう)によって、忽然と生まれ出ずるものであるとするものである。但し、この「化生」は仏教的な解説によれば、死から転生するまでの中間的霊的存在を表わす等とも言われるものの、発生現象を示すものとしては現在の生物学の洗礼を受けてしまった我々にはピンとこないが、謂わば「胎生」にも「卵生」にも見えない、現実世界からは断絶した異界から突如として出現するもののように見受けられる発生(安部公房の「日常性の壁」の蛇を思い出す教え子諸君も多かろう)、雌雄や卵といった位相的生態・段階的生態の形態が見受けられないものをかく称しているように私には思われる。

「蝮蛇」これは中国で爬虫綱有鱗目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属 Gloydius に属する毒蛇類を限定的に示す語である。彼等は卵胎生で幼蛇を二~三年に一度産む点では「胎生」とするのは奇異ではない。] 

 

【外】

海鼠 李時珍食物本草註曰海參生東南海中其


形如蠶大色黑多瘣※一種長五六寸者表裏倶


[やぶちゃん字注:※=(やまいだれ)+中に「畾」。]


潔味極鮮美也功擅補益殽品中之最珍貴者也


今北人又有以驢皮及驢馬之陰莖贋爲狀味雖


略相同形帶微扁者是也固惡物博識者不可不


知味甘鹹平無毒主補元氣滋益五臟六腑去三


焦比熱同鴨肉烹治食之主勞怯虛損諸疾同猪


肉煮食治肺虛欬嗽〇崔禹錫云大冷無毒主補


腎氣黄疸疲瘦其膓尤療痔〇五雜組曰其能温

 

補足敵人參故曰海參遼東海濵有之一名海男


子〇生ナルハ消化シカタシ有冷痰人不可食産後勿

 

食傷人煮テ乾タルヲイリコト云性味尤ヨシ虛ヲ補フ


注夏病人可食殺蟲小兒虛嬴ノ症唐人ハ人參ヲ不


用シテ海參ヲ用ユ甚效アリト云中華人甚賞ス毎年


中夏人イリコヲ數千斤買テ歸ル又生ニテ煮テ即イ


リコニスル法アリウナキノ虫ヲコロスカ如ク虫ヲ殺スイリ


コヲ木ノ梢枝ニカケヲケハ其木虫クハスト云又小兒ノ


疳虫ヲコロス其膓黄ニシテ長シ醢トス味ヨシコノワタト云


凡諸肉醢ノ中是ヲ以テ上品トスウニノ醢次之補虛


治痔有停食者勿生濕痰奥州金花山ノ海參ハ


黄色也キンコト云又黄赤色ナルモ處々ニ生ス〇或説


土肉ヲナマコト云非是

 

〇やぶちゃんの書き下し文[やぶちゃん字注:※=(やまいだれ)+中に「畾」。]


【外】

海鼠(なまこ) 李時珍「食物本草」の註に曰く、『海參は東南海中に生ず。其の形、蠶〔かいこ〕のごとく大なり。色黑く、瘣※〔くわいらい〕多し。一つ、種、長さ五、六寸なる者、表裏倶〔とも〕に潔く、味、極めて鮮美なり。功、補益を擅〔ほしいまま〕にす。殽品〔かうひん〕中の最も珍貴なる者なり。今、北人、又、驢皮及び驢馬の陰莖を以つて贋〔いつは〕りたること有り。狀味、略〔ほ〕ぼ相ひ同じと雖も、形、微〔すこ〕し扁を帶ぶる者は是なり。固〔もと〕より惡しき物なり。博識の者、知らざるべからず。味、甘鹹、平。毒、無し。元氣を補ひ、五臟六腑を滋益することを主〔つかさど〕る。三焦〔さんせう〕の比熱を去る、鴨肉に同じ。烹治〔にをさ〕めて之を食へば、勞怯・虛損・諸疾を主る、猪肉に同じ。煮食〔にく〕へば、肺虛・欬嗽(がいそう)を治す。』と。

崔禹錫が云く、『大冷にして、毒、無し。腎氣を補ひ、黄疸・疲瘦をして主る。其の膓(ちよう)、尤も痔を療す。』と。

五雜組に曰く、『其の能、温補、人參に敵するに足れり。故に海參と曰ふ。遼東の海濵に之有り、一名、海男子。』と。

生なるは消化しがたし。冷にして、痰人、食すべからず、産後、食す勿れ、人を傷つくる有り。煮て乾たるを「いりこ」と云ひ、性・味、尤もよし。虛を補ふ。注夏病(ちゆうかびやう)の人、食して可なり、蟲を殺す。小兒虛嬴(きよえい)の症、唐人は人參を用ひずして海參を用ゆ。甚だ效ありと云ふ。中華人、甚だ賞す。毎年中夏、人、「いりこ」を數千斤買ひて歸る。又、生にて煮て即ち、「いりこ」にする法あり。うなぎの虫をころすがごとく虫を殺す。「いりこ」を木の梢枝にかけをけば、其の木、虫くはずと云ふ。又、小兒の疳の虫をころす。其の膓、黄にして長し。醢(ひしほ)とす。味よし。「このわた」と云ふ。凡そ諸肉、醢の中、是を以て上品とす。「うに」の醢、之に次ぐ。虛を補ひ、痔を治す。停食に有る者は食ふ勿れ。濕痰を生ず。奥州金花山の海參は黄色なり。「きんこ」と云ふ。又、黄赤色なるも處々に生ず。或る説、「土肉」を「なまこ」と云ふ、是は非なり。)

[やぶちゃん注:「海鼠」棘皮動物門 Echinodermata ナマコ綱 Holothuroidea のナマコ類については、他に私の電子テクストである寺島良安の「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「海鼠(とらご)」及び栗本丹洲「栗氏千蟲譜」巻八の「海鼠 附録 雨虎(海鹿)」等の私のマニアックにして遠大を注をも参照されたい。海鼠類の一種であるキンコ Cucumaria frondosa var. japonica に特化した江戸期の博物学の労作、芝蘭堂大槻玄澤(磐水)「仙臺 きんこの記」も併せてお読み戴ければ幸いである。

『李時珍「食物本草」』明の汪穎の食療食養専門書である「食物本草」の誤りと思われる。本草書のチャンピオン、明の李時珍の薬物書「本草綱目」の方は五十二巻。一五九六年頃の刊行。巻頭の巻一及び二は序例(総論)、巻三及び四は百病主治として各病症に合わせた薬を示し、巻五以降が薬物各論で、それぞれの起源に基づいた分類がなされている。収録薬種千八百九十二種、図版千百九枚、処方一万千九十六種に及ぶ。ところが不可解なことに、「本草綱目」には「海參」はおろか、海鼠と同定出来るものが何故か載らない。

「瘣※〔くわいらい〕」「瘣」は身体の脇に出来た腫物や樹木の瘤を指し、「※」[※=(やまいだれ)+中に「畾」。]は、「瘤」の異体字であろうか(音は不明であるが「畾」から類推した)。多くの瘤(こぶ)があること、海鼠の背部の突起を言っているものと思われる。

「五、六寸」凡そ十五~十八センチメートル。

「功」は「效(効)」で効用。

「補益」食物補給による栄養状態の改善を言う。

「殽品」「殽」は「肴」と同義で、広義の魚、海産生物の謂い。

「驢皮及び驢馬の陰莖を以つて贋り〔いつは〕たること有り」恐るべき叙述であるが、これはかなり知られた記載なのである。なお、「贋〔いつは〕りたること」は訓読には自信がない。識者の御教授を乞うものである。

「三焦」漢方で六腑の一つ。三つの熱源の意で、上焦は横隔膜より上部、中焦は上腹部、下焦は臍下(さいか)にあり、体温を保つために絶えず熱を発生している器官とされる。みのわた。

「勞怯」過労による衰弱。

「肺虛」呼吸器系全般の機能低下によって生ずる症状全般を指す。

「欬嗽」咳。

「崔禹錫」は唐の崔禹錫撰になる食物本草書「崔禹錫食経」で知られる本草学者。「崔禹錫食経」は 平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測されている。

「五雜組」明の謝肇淛(しゃちょうせい)の十六巻からなる随筆集であるが、殆んど百科全書的内容を持ち、日本では江戸時代に愛読された。書名は五色の糸で撚(よ)った組紐のこと。

「温補」健康な人体にとって必要な温度まで高める力を補う、という意味であろう。

「いりこ」という呼称は、現在、イワシ類を塩水で茹でて干した煮干しのことを言うが、本来は、ナマコの腸を除去し、塩水で煮て完全に乾燥させたものを言った。平城京跡から出土した木簡や「延喜式」に能登国の調(ちょう)として記されている。「延喜式」の同じ能登の調には後に出る「このわた」(海鼠の腸(はらわた)の醢(塩辛))や「くちこ」(海鼠の卵巣の干物)も載り、非常に古い時代からナマコの各種加工が行われていたことを示している。昭和三七(一九六二)年内田老鶴圃刊の大島廣「ナマコとウニ」(本書は私の最初の博物学電子テクスト「仙臺きんこの記 芝蘭堂大槻玄澤(磐水)」の冒頭注に記したように、実は私が博物学書テクスト化を志す動機となったもので、私の座右の銘に相応しい名著である)。には、明治二九(一八九六)年の調査になる農商務省報告に、各地方に於けるイリコの製法がいちいち詳述されており、それらを綜合した標準製法が示されているとする(以下同書からの孫引だが、カタカナを平仮名に直し、〔 〕で読み・意味を加え、適宜濁点を補った)。

   *

「捕獲の海鼠は盤中に投じ、之に潮水を湛〔たた〕へ、而して脱腸器を使用して糞穴より沙腸を抜出し、能く腹中を掃除すべし。是に於て、一度潮水にて洗滌し、而して大釜に海水を沸騰せしめ、海鼠の大小を区別し、各其大小に応じて煮熟〔しやじゆく:煮詰めること。〕の度を定め、大は一時間、小は五十分時間位とす。其間釜中に浮む泡沫を抄〔すく〕ひ取るべし。然らざれば海鼠の身に附着し色沢を損するなり。既に時間の適度に至れば之を簀上〔さくじやう:すのこの上〕に取出し、冷定〔れいてい?:完全に冷えること〕を竢〔まつ=待〕て簀箱〔すばこ〕の中に排列し、火力を以て之を燻乾〔くんかん:いぶして干すこと〕すべし。尤〔もつとも〕晴天の日は簀箱の儘交々〔かはるがはる〕空気に曝し、其湿気を発散せしむべし。而して凡〔およそ〕一週間を経て叺〔かます〕等に収め、密封放置し、五六日許りを経て再び之を取出し、簀箱等に排列して曝乾〔ばつかん〕するときは充分に乾燥することを得べし。抑〔そもそ〕も実質緻密のものを乾燥するには一度密封して空気の侵入を防遏〔ばうあつ:防ぎとどめること〕するときは、中心の湿気外皮に滲出〔しんしゆつ:にじみ出ること〕し、物体の内外自から其乾湿を平均するものなり。殊に海鼠の如き実質の緻密なるものは、中心の湿気発散極めて遅緩なれば、一度密蔵して其乾湿を平均せしめ、而して空気に晒し、湿気を発散せしむるを良とす。已に七八分乾燥せし頃を窺ひ、清水一斗蓬葉〔よもぎば〕三五匁の割合を以て製したる其蓬汁にて再び煮ること凡そ三十分間許にして之を乾すべし」

   *

まことに孫引ならぬ孫の手のように勘所を押さえた記述である。なお、最後の「蓬汁」で煮るのは、大島先生によると『ヨモギ汁の鞣酸(たんにん)と鉄鍋とが作用して黒色の鞣酸鉄(たんにんてつ)を生じ、着色の役割をするものである』と後述されてある。

「虛」とは漢方で必要なものが体内に不足している状態を指す。対義語は「実」で、不必要なものが過剰な状態を指す。

「注夏病」漢方でいう夏バテのこと。

「虛嬴」虚弱体質。

「數千斤」千斤は六百キログラム。

「うなぎの虫をころすがごとく」不詳。ここまで「虫」は実際の寄生虫や病原体を指していないから、夏バテを鰻で回復するように、という謂いであろうか? 私は「土用の鰻」というのが平賀源内のキャッチ・コピーであるという説から、夏バテ解消の鰻説を近世以後の眉唾のように思っていた嫌いがあったが、ウィキウナギ」によれば、『夏バテを防ぐためにウナギを食べる習慣は、日本では大変に古く、『万葉集』にまでその痕跡をさかのぼる。以下の歌は大伴家持による(括弧内は国歌大観番号)。「むなぎ」はウナギの古形』。として、


   痩人(やせひと)をあざける歌二首

 石麻呂に吾(あれ)もの申す夏やせによしといふ物そむなぎ取り食(め)せ(三八五三)

 瘦す瘦すも生けらば在らむをはたやはたむなぎを捕ると川に流るな(三八五四)


という二首を掲げているから、益軒がかく言ったとしても何ら不思議ではないわけである。

「停食」消化不良になること、胃もたれを起していること。

「濕痰」は漢方で言う「痰湿」のこと。体内での水分の巡りが滞って体にとって有害な物質へと変化することを言う。特に消化・吸収・排泄機能が低下し、更に血流の流れを阻害する状態を指す。

『奥州金花山の海參は黄色なり。「きんこ」と云ふ』樹手目キンコ科キンコ Cucumaria frondosa var. japonica 。体長1十~二十センチメートル。体は概して丸く茄子形で、腹面はやや膨らみ、背面はやや扁平である。体色は灰褐色のものが多いが、黄白色から濃紫色までと色彩変異の幅が大きい。体前部には同大の大きな十本の触手がある。腹面の歩帯には不規則な二~4列の管足、背面の歩帯には二列の管足がある。腹面の間歩帯には管足はなく、背面には少しある。茨城県以北、千島・サハリンに分布。浅海の礫の間に生息する。食用種。二杯酢で生食するほか、煮て乾かして「いりこ」とする(以上は本川達雄他「ナマコガイドブック」(阪急コミュニケーションズ二〇〇三年刊)より。なお、キンコについては私の電子テクスト仙臺 きんこの記 芝蘭堂大槻玄澤(磐水)を参照されたい。

「土肉」ここは私の「和漢三才図会」のかつての注を示したい。寺島は和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚の「海鼠」の項で、

   *

按ずるに、海鼠(なまこ)は中華(もろこし)の海中に之無く、遼東・日本の熬海鼠(いりこ)を見て、未だ生なる者を見ず。故に諸書に載する所、皆、熬海鼠なり。剰(あまつさ)へ「文選」の土肉を「本草綱目」恠類獸の下に入る。惟だ「寧波府志」言ふ所、詳かなり。寧波(ニンハウ)は日本を去ること甚しく遠からず、近年以來、日本渡海の舶の多くは、寧波を以て湊と爲す。海鼠も亦、少し移り至るか。今に於て唐舩長崎に來る時、必ず多く熬海鼠を買ひて去(い)ぬるなり。

   *

と記している。これについて、平凡社一九八七年刊東洋文庫訳注版「和漢三才図会」にはは以下の注を記す(《 》部分は私の補填)。

   《引用開始》

『文選』の郭璞(かくはく)の「江賦」に、江中の珍しい変わった生物としてあげられたものの説明の一つであるが、石華については、「石華は石に附いて生じる。肉は啖(くら)うに中(あ)てる」とあり、《その同じ「江賦」の》土肉の説明が『臨海水土物志』《隋の沈瑩(しんえい)撰。》を引用したこの文である。《「江賦」の記載に於ける》石華と土肉は別もので、どちらも江中の生物。良安は石華を人名と思ったのであろうか。

   《引用終了》

この編者注でちょっと気になるのは、「どちらも江中の生物」と言っている点である。即ち、どちらも「江」=淡水域であるということを編者は指摘している(「江賦」は揚子江の博物誌だから当然ではある)。従って、東洋文庫版編者は「石華」は勿論、「土肉」さえもナマコとは全く異なった生物として同定していると言えるのである(淡水産のナマコは存在しない)。しかし、「土肉」は「廣漢和辭典」にあっても、明確に中国にあって「なまこ」とされている(同辞典の字義に引用されている「文選」の六臣注の中で「蚌蛤之類」とあるにはあるが、ナマコをその形態から軟体動物の一種と考えるのは極めて自然であり、決定的な異種とするには当たらないと私は思う)。さすれば、「土肉」はナマコと考えてよい。次に気になるのは「石華」の正体である。まず、書きぶりから見て、良安は、東洋文庫版注が言うように、「石華」を「土肉」について解説した人名(まどろっこしいが、「文選」注に引用された郭璞の注の中の、更に引用元の人物名ということになる)と誤っていると考えてよい。しかし、そんな考証は私には大切に思えない。「生き物」を扱っているのだから、それより何より、「石華」を考察することの方が大切であると思うのだ。そこで、まず、ここで問題となっている郭璞の注に立ち戻ろう。「石華」と「土肉」の該当部分はウィキの「昭明文選 卷十二から容易に見出せる(今回、記号の一部を変更した)。

   *

王珧〔姚〕海月、土肉石華。[やぶちゃん注:「江賦」本文。〔姚〕は「珧」の補正字であることを示す。以下、注。]

郭璞山海經注曰、珧、亦蚌屬也。臨海水土物志曰、海月、大如鏡、白色、正圓、常死海邊、其柱如搔頭大、中食。又曰、土肉、正黑、如小兒臂大、長五寸、中有腹、無口目、有三十足、炙食。又曰、石華、附石生、肉中啖。

   *

これを我流で読み下すと、

   *

王珧〔=姚〕・海月、土肉・石華。

郭璞「山海經」注に曰く、珧は亦、蚌の屬なり。「臨海水土物志」に曰く、『海月は、大いさ鏡のごとく、白色、正圓、常に海邊に死し、其の柱、搔頭の大いさのごとく、食ふに中(あ)てる。』と。又曰く、『土肉は、正黑、小兒の臂の大いさのごとく、長さ五寸、中に腹有り、口・目無く、三十の足有り、炙りて食ふ。』と。又曰く、『石華、石に附きて生じ、肉、啖ふに中てる。』と。

   *

脱線をすると止めどもなくなるのであるが、「王珧〔=姚〕」は「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部 寺島良安」の「王珧」でタイラギ、「海月」は同じく「海鏡」でカガミガイ又はマドガイである(「海鏡」は記載が美事に一致する。なお、それぞれの学名については該当項の注を参照されたい)。「土肉」はその記載からみても間違いなくナマコである。では、「石華」は何か? 極めて少ない記載ながら、私はこれを海藻類と同定してみたい欲求にかられる(勿論、「肉」と言っている点から、海藻様に付着するサンゴやコケムシや定在性のゴカイ類のような環形動物及びホヤ類も選択肢には当然挙がるのだが、「肉は啖(くら)ふに中(あ)てる」という食用に供するという点からは、定在性ゴカイのエラコPseudopotamilla occelata かホヤ類に限られよう)。すると「石花」という名称が浮かび上がるのだ。本「大和本草」の「卷之八草之四」の「心太(ふと)」の条に、「閩書」(明・何喬遠撰)を引いて「石花菜ハ海石ノ上ニ生ス。性ハ寒、夏月ニ煮テ之ヲ凍〔こほり〕ト成ス」とする。即ち、「石華」とは、一つの可能性として紅色植物門紅藻綱テングサ目テングサ科マクサ Gelidium crinale 等に代表されるテングサ類ではなかろうかと思われてくるのである。
 なお、国立国会図書館蔵の同じ宝永六(一七〇九)年版の
本箇所には手書きの以下のような記載が附箋で記されて本文の途中に添付されている(取り消し線は抹消字を、■は判読不能字示す)。
   *
〇原文

 長崎ニ商フ海参イリコハ漁人トリテ水ニ煮テウル也商人買之再ヒ塩謄(ニガリ)水ニテ煮テ干シ半切桶ニ入アタラシキ草鞋ヲ着踏ミ上テコクリテ后干テ箱ニ入長崎ヘツカワス也。用之ニハコヌカヲ水ニ入テ終日煮ルトキハヤハラカニナル、
〇金海鼠ノ事此者不詳又一本堂■迁ニモ出タリ誤アリ

〇やぶちゃんの書き下し文

 長崎に商ふ海参いりこは、漁人とりて水に煮て、うる也。商人、之を買ひ、再び塩謄(にがり)水にて煮て干し半切の桶に入れ、あたらしき草鞋を着〔つ〕け、踏みみ上てこくりて后〔のち〕、干して箱に入れ、長崎へつかわすなり。之れを用ふるには、こぬかを水に入れて終日煮るときは、やはらかになる。
〇金海鼠(きんこ)の事、此の者、詳らかならず。又、一本、「堂■迁」にも出でたり、誤りあり。

   *

判読不能部分、識者のご教授を乞うものである。]

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