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2014/01/23

中島敦 南洋日記 十二月八日――真珠湾攻撃当日――

        十二月八日(月) 曇、雨、後晴、

 午前七時半タロホホ行のつもりにて支廰に行き始めて日米開戰のことを知る。朝床の中にて爆音を聞きしは、グワムに向ひしものなるべし。小田電機にて、其後のニュースを聞く。向ひなる陸戰隊本部は既に出動を開始。門前に、少女二人、新聞包の慰問品を持來れるあり。須臾にして、人員、道具類の搬出を終り、公會堂はカラとなりしものの如し。腕章をつけし新聞記者二人、號外を刷りて持來る。ラヂオの前に人々蝟集、正午前のニュースによれば、すでに、シンガポール、ハワイ、ホンコン等への爆擊をも行へるものの如し。宣戰の大詔、首相の演説等を聞いて歸る。午後、島木健作の滿洲紀行を讀む、面白し。蓋し、彼は現代の良心なるか。とこ屋に行く。ゲートルをつけ警防團のいでたちをなせる親方に頭髮を刈つて貰ふ。靑年團、消防隊等の行進、モンペ姿の女等。夜の街は、すでに警戒管制に入れることとて、まつくら。

[やぶちゃん注:太字「カラ」は底本では傍点「ヽ」。

「島木健作の滿洲紀行」「滿州紀行」は作家島木健作が昭和一四(一九三九)年に満州を旅行、翌年に創元社から出版したルポルタージュ。私は未読であるが、ネット上の情報によれば、国策文学の代表的作品とされ、島木が満州開拓団を訪問、その苦労話を聴取し、彼らの『前向きな開拓者』の姿が前面に押し出されているという。但し、島木はさりげなく「五族協和」という理想的なスローガンと現地の実態とが乖離していることをも書き込んでおり、日本が満州を支配するために掲げていた口当たりのいい『タテマエ』に対して、現地に於ける日本人の振る舞いの中にある傲慢さをも語っているらしい。そこで島木はあくまでも日本の掲げた『理想』を推し進めるべきだという論調をとることで国策に協力しながらも、その「理想」が現実とは異なることを、読者の中でも解る人には解るように書いてあるという。孰れにせよ、かの特異点の時空間の直近の、非日常のただ中にあった敦になってみよう。

 

……僕は朝の寝床の中で夢うつつに航空機の「爆音」を聴いて、眠い目を擦りながら飛び起きた……

「遂におっ始(ぱじ)まったか……」

……表へ出ると、とりあえず近くの「電機」屋の店先へと向かうと、「ニュースを聞」いてみた……

……そこで何気なく振り返ってみると、その電気屋の向いにあった「陸戰隊本部」が、殺気立って「出動を開始」しているのが見えた……

……その「陸戰隊本部」の門前には。呆けた顔の少女が二人、「新聞包の慰問品を持」ってぼんやり立っていた……

……瞬く間に、「人員、道具類の搬出を終り、公會堂は」嘘のように「カラとな」っていた……

……そこへ腕章をつけた「新聞記者二人」が、早くも威勢のいい声を挙げながら、「号外!号外!」と未だインク臭い刷りのそれを持ち来たっては、盛んにばらまいている……

……その頃にはもう、「電気」屋の「ラヂオの前に」は人々が雲霞の如く「蝟集」していた……

……暫く経って、報じられた「正午前のニュースによれば、すでに、シンガポール、ハワイ、ホンコン等への爆擊をも行へる」という電光石火の戦況を伝えていた……

……それから……ラジオから流れたのは……「宣戰の大詔」……「首相の演説」……あれやこれや……

……僕はとぼとぼと宿舎へと帰っていった……

……帰った僕は……

……この……世界が恐るべき修羅場と化したただ中にあって……

……自室に寝っ転がって……

……「午後は」ゆっくり「島木健作の滿洲紀行を讀」み耽った……

「……面白いね。畢竟、島木は『現代の良心』ではあるだろうがなぁ……」

……と呟いた……

……それからぶらりと出て、床屋に行った……

……仰々しく「ゲートルをつけ警防團のいでたちを」した親方に「頭髮を刈つて貰」ってすっきりした……

……帰り道、「靑年團、消防隊等の行進、モンペ姿の女」なんどが行き過ぎてゆくのを……僕は……ぼんやり眺めていた……

……夜になった……

……「夜の街は、すでに警戒管制に入」っていて、すっかり……

……「まつくら」……なのであった……

 

敦がまさに自身の日常を平々凡々と『死守』し、戦争という獣的な非日常の軋轢に何とか抗おうとしているさまが見てとれるではないか……(注:間違ってもらっては困る。私が言いたいのは――人間は非日常が日常と化すことへの自己防備として『仮想の日常』を『死守』しようとする頗る生物学的な意味での生き物だ――ということ一点なのである。……あの3・11後の粗方の日本人のようにである。……)

 

 ウィキの「真珠湾攻撃」の「トラ・トラトラ」より引用する。――『ハワイは現地時間12月7日日曜日の朝だった。7時10分(日本時間8日午前2時40分)に、アメリカ海軍の駆逐艦DD-139「ワード(ウォード)」がアメリカ領海内において国籍不明の潜水艦を発見し、砲撃によりこれを撃沈した(ワード号事件)。これは日本軍の特殊潜航艇であった。ワード号は直後に「未識別の潜水艦」を撃沈した旨を太平洋艦隊司令部へ打電したが、ハワイ周辺海域では漁船などに対する誤射がしばしばあったことからその重要性は認識されず、アメリカ軍は奇襲を事前に察知する機会を逸した』。『7時49分(同3時19分)、第一波空中攻撃隊は真珠湾上空に到達し、攻撃隊総指揮官の淵田美津雄海軍中佐が各機に対して「全軍突撃」(ト・ト・ト・・・のト連送)を下命した。7時53分(同3時23分)、淵田は旗艦赤城に対して「トラ・トラ・トラ」を打電した。これは「ワレ奇襲ニ成功セリ」を意味する符丁である。7時55分(同3時25分)翔鶴飛行隊長の高橋赫一海軍少佐が指揮する急降下爆撃隊がフォード島への爆撃を開始した』。『7時58分(同3時28分)、アメリカ海軍の航空隊が「真珠湾は攻撃された。これは演習ではない」と警報を発した。戦艦「アリゾナ」では7時55分頃に空襲警報が発令された。8時過ぎ、加賀飛行隊の九七式艦上攻撃機が投下した800キロ爆弾が四番砲塔側面に命中。次いで8時6分、一番砲塔と二番砲塔間の右舷に爆弾が命中した。8時10分、アリゾナの前部火薬庫は大爆発を起こし、艦は1,177名の将兵と共に大破沈没した。戦艦「オクラホマ」にも攻撃が集中した。オクラホマは転覆沈没し将兵415名が死亡または行方不明となった』。同「第二波攻撃」。『ハワイ時間午前8時54分(日本時間4時24分)、第二波空中攻撃隊が「全軍突撃」を下命した。奇襲から立ち直った米軍は各陣地から猛烈な対空射撃を行い、日本軍航空隊を阻止しようとした』。『第二波攻撃隊は、米軍の防御砲火を突破する強襲を行い、小型艦艇や港湾設備、航空基地、既に座礁していた戦艦「ネバダ」への攻撃を行った。第二波攻撃隊の被害は第一波攻撃隊と比べて大きく、「加賀」攻撃隊(零戦9機、艦爆26機)だけでも零戦2機、艦爆6機を失い、19機が被弾した』。『また「飛龍」所属の零戦(西開地重徳 一飛曹)は』『ニイハウ島に不時着、12月13日のニイハウ島事件で死亡した』(最後の部分はウィキのニイハウ島事件を参照されたい)。同「特殊潜航艇による攻撃」より。『機動部隊とは別に特殊潜航艇の甲標的を搭載した伊号潜水艦5隻は下記の編成で11月18~19日にかけて呉沖倉橋島の亀ヶ首を出撃し、12月7日オアフ島沖5.3~12.6海里まで接近した。特殊潜航艇はハワイ時間午前0時42分(日本時間20時12分)から約30分間隔で順次真珠湾に向かって出撃した』。『攻撃は5隻全艇が湾内に潜入することに成功し、3隻が魚雷攻撃を行った。しかし4隻が撃沈、1隻が座礁・拿捕され、帰還艇なしという結果に終わった』。『その後、行方不明であった特殊潜航艇が発見され、魚雷は未発射であったことから魚雷攻撃を行ったのは2隻とされている』。『近年までは、中村秀樹のように成果なしと評価するものがあったが』、『特殊潜航艇によって戦艦ウェストバージニアと戦艦オクラホマへの雷撃が行われており、このうちオクラホマは特殊潜航艇による雷撃が転覆をもたらしたとするアメリカ側からの評価がなされている』。最後に「帰投」の項。『日本時間午前8時30分頃、空中攻撃隊は順次母艦へ帰投した。午前9時頃、日本海軍空母機動部隊は北北西に変針し日本への帰路についた』。――

 

日本。

12月8日朝7時丁度のラジオの臨時ニュース。

日本放送協会館野守男アナウンサー「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申上げます。大本營陸海軍部午前六時發表。帝國陸海軍部隊は本八日未明、西太平洋に於いて亞米利加・英吉利軍と戰鬪狀態に入れり。」…………]

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