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2014/01/04

萩原朔太郎 短歌群「京の子なりき」 明治三七(一九〇四)年三月

    京の子なりき

 

たまたまに問へば趣もなき天王寺姉とひろひし落つばきかな

 

その香故にその花故に人は老を泣きぬ泣かれぬ濃紅椿(こきづきつばき)

 

哀愁(あいしう)の聲よりさめて我みしは一(ひと)つ眼(め)をどる眞洞(まぼら)やみの世

 

春をいまだ朝睡の人の面影やはづかしげなる雲とながれて

 

[やぶちゃん注:『坂東太郎』第三十八号(明治三七(一九〇四)年三月発行)に掲載された。「濃紅椿(こきづきつばき)」はママ。萩原朔太郎満十七歳。

 二首目は既に示した通り、

 その香ゆゑにその花ゆゑに、人は老を、泣きぬ泣かれぬ、こき紅(べに)椿。

の形で、四ヶ月前の『文庫』第二十四巻第六号(明治三六(一九〇三)年十二月発行)に「上毛 萩原美棹」の名義で掲載されている。「濃紅椿(こきづきつばき)」は底本全集改訂本文では、この先行する句形を根拠として「濃紅椿(こきべにつばき)」と訂している。穏当な補正ではある。しかし、しかし果たして本当にこれは単なる、この前橋中学校(現在の県立前橋高等学校)の校友会誌編集者や発行所の誤植であると断じきれるのであろうか? 朱・赤・紅という色からは今のように絶滅してしまう以前にあっては普通に見られた朱鷺(とき:ペリカン目トキ科トキ亜科トキ Nipponia Nippon ――「鴇」「鴾」「桃花鳥」などとも書く。……それにしても何と美しい学名であることか!……日本は「日本」を……とっくに、殺していたのである……)が普通に連想され「鴇色(ときいろ)」という色名さえある。そうして、朱鷺の中国名や古典での別名は「紅鶴」と書き、これを古語では「つき」と読んだ。私はこの事実一つをこの一首に並べてみただけでも、そう簡単には底本全集改訂本文を無批判に支持することは出来ないでいるのである。]

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