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2014/01/17

何故に 色があるのか   八木重吉

なぜに 色があるのだらうか

むかし、混沌は さぶし かつた

虛無は 飢えてきたのだ

 

ある日、虛無の胸のかげの 一抹(いちまつ)が

すうつと 蠱惑(アムブロウジアル)の 翡翠に ながれた

やがて、ねぐるしい ある夜の 盜汗(ねあせ)が

四月の雨にあらわれて 靑(ブルウ)に ながれた

 

[やぶちゃん注:非常に難解であり乍ら、しかもまさに「蠱惑」される一篇である。私は私がこの詩を解釈し得るとは到底思っていない。思っていないが、この一篇の世界に恐るべき透明度を持った深宇宙の果てを『慄っとするほど感じている』ことだけは確かである。

「蠱惑(アムブロウジアル)」“ambrosial”は形容詞で、神々に相応しい、神々しい、又は、非常に美味な、この上なく匂いのよい、香(かぐわ)しい、という意である。ところが「蠱惑」という語は、人の心を引きつけて惑わすこと(特に惑わすの方に重心がある)、ひいては女が色香で男を惑わすことを指す。従ってこのルビ附けは、八木重吉のすこぶる個人的な心内辞書にによる変換であることに着目せねばならない。しかもその「蠱惑」は「混沌」(無論、これは「荘子」の「応帝王篇」に出るあの無面目の混沌である)の「翡翠に」「ながれ」るのである。この「蠱惑の」の「の」は同格の格助詞ととるべきであろう。また、「翡翠」は無原罪の混沌の換喩ともとれるし、全く逆に混沌の「四月の雨にあらわれ」た無垢の肌を流れ落ちる「蠱惑」の「靑(ブルウ)」の「盜汗(ねあせ)」ともとれる。寧ろ、後者か。何れにせよ、「秋の瞳」のここまでの流れの中で、超弩級に複雑な詩人の心性による特異点の詩であることに間違いない。]

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