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2014/02/20

耳嚢 巻之八 奢侈及窮迫事

 奢侈及窮迫事

 

 ある人かたりけるは、椀屋久兵衞といふ町人椀久(わんきゆう)と名を唱へ、遊興侈(し)をなす事人口にかいしやし、淨瑠璃又戲場の取組にもなしけるが、右久兵衞は大阪の町人にて甚(はなはだ)有德(うとく)の者なりしに、椀久と唱ふる者奢を極め遊興に長じ、身上(しんしやう)沒落して後は農人橋(のうにんばし)とか天滿橋(てんまばし)とかの邊りに幽(かすか)に家居(いへゐ)して、其さま乞食同樣に成りしを、世に有(あり)し時のとも是を憐み、誠にいにしへ椀久ともいはれし者、かゝる仕合(しあはせ)氣の毒なり、椀久いにしへあくまでも菜飯(なめし)に田(でん)がくを好みたる事なればと、彼(かの)久兵衞が小屋へたづね、昔を物語りして、好物の品ふるまわん間いつか來れと約し、厚く忝(かたじけなし)と禮いふて其日に至り來りけるゆえ、兼て奢れる久兵衞なれば迚、菜飯田樂ともにいかにも心を用ひ振まひしに、菜飯一二盃田がく二三本を食して、最早給(た)べまじきといふゆゑ、格別の好物と聞(きき)て心を用ひしに、いかに少しくたべ給ふと尋(たづね)しに、是(これ)にて事たれりとて箸を止めけるゆゑ、衰へぬれば食事もかくあるやと思へど、譯もあらんと切(せち)に尋ねければ、しからば可申(まうすべし)、菜飯は美濃の上白米にて、京菜を一枚づつ撰びて焚き、田樂も祇園の水にて拵(こしらへ)し豆腐、其外串(くし)幷(ならび)に附(つく)る味噌も、しかじかになして給(たべ)しゆゑ、むかし菜飯田樂の好物の名を取りしなりと答(こたへ)し由。かゝる奢にては衰へしもしかあるべしといひし事を、今は聞(きき)傳へしと語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:笑われることへの武士の恥の拘りから零落すれどもお大尽の拘りという点では何か不思議に繋がって読める。

・「奢侈及窮迫事」は「しやしきゆうはくにおよぶこと」と読む。「奢侈」(しゃし)は度を過ぎて贅沢なこと、身分不相応に金を費やすこと。

・「椀屋久兵衞」一説に椀屋久右衛門とも。大坂難波御堂前に住んでいた豪商であったが、新町の傾城松山と馴染み、豪奢の果てに破産、親族によって座敷牢へ押し込められた末、気鬱から発狂して京都五条坂辺で養生したが、延宝五(一六七七)年六月二十一日に病死(狂死又は水死)したという。底本の鈴木氏注によれば、『その豪遊ぶりは、中元に正月の遊びをするという企てで、廓中の青楼に門松を立てさせ、自ら年男となり、歩金小粒を桝に入れて座敷々々を撒き歩いて、太鼓末社』(幇間。太鼓持ちのこと。弁慶・男芸者などの別称が多い)『に拾わせた』とある。彼と松山の情話は当時、数多くの歌舞伎・浄瑠璃・音曲・小説などに仕組まれた。「卷之八」の執筆推定下限は文化五(一八〇八)年であるから、彼の死からは既に百三十年も経過している。都市伝説としては頗る古いものである。

・「農人橋」現在は大阪府大阪市中央区を流れる東横堀川に架かる中央大通平面道路の橋及び東詰周辺の町名。

・「天滿橋」現在は大阪市北区を流れる大川に架かる橋及び同天満橋南詰周辺の地域名。現在の農人橋とは直線で凡そ千二百メートルほど離れており、現行では常盤町から天満橋京町まで多くの町を含む。

・「祇園」岩波版で長谷川氏は「祇園の水にて」に注されて、『京都祇園の二軒茶屋の田楽豆腐は名物』とある。平凡社「世界大百科事典」の「茶店」の項には『祇園社内の2軒の店と北野社門前の店に始まるとされ、〈二軒茶屋〉の名で知られた前者の〈祇園豆腐〉と後者の粟餅は,江戸初期すでに著名なものであった』とあり、同「豆腐」の項には、『豆腐料理店は各地にあったが、最も古いのは慶長年間(1596―1615)までにできた京都祇園社境内の二軒茶屋で、祇園豆腐と呼ぶ田楽を売物にし、江戸にもこれを称する店が多くあった』とある(孰れの引用もコンマを読点に変えた)。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 奢侈の果て窮迫に及べる事

 

 ある人の語ったことに……

 

……椀屋久兵衛と申す町人、これ「椀久(わんきゅう)」と自称致いて、その遊興、奢侈に及びしことは、これ、人口に膾炙致いております通りで、浄瑠璃やら、はたまた歌舞伎芝居なんどへも仕組まれて御座りまする。……さてもこの久兵衛と申すは、これ、大阪の町人にて、もとは世にも大層なる豪商として知られた商家にて御座いましたが、「椀久」と唱えしこのの者、これ、奢侈を極め、遊興に現をぬかし、身上(しんしょう)没落致しまして後は……これ、農人橋(のうにんばし)とか天満橋(てんまばし)とかの辺りの、みすぼらしき茅屋に住まいなして御座ったものの、その有様は、もうこれ、乞食同前のもので御座いました。……「椀久」がお大尽として世に知られて御座った折りの友が、これを知って憐み、

「……誠に……古え「椀久」とも評判をとった者……かかる始末と相い成りしこと……実に気の毒なことじゃ。……そうじゃ……かの「椀久」……古えにては、飽くまでも菜飯(なめし)に田楽を好んで御座ったればこそ……」

と、かの久兵衞が小屋を訪ね、往時の物語りなんど致いた上、

「……一つ、好物の品なんど振る舞わんと思うによって……何時何時(いついつ)に拙宅へ参らるるがよろしい。……」

と約したところが、厚く、

「……それは忝(かたじけな)きこと……」

と礼を述べて御座ったと申す。

 さてもその日に至り、かの「椀久」、友が屋敷へ参ったによって、その友は兼ねてよりの奢りたる久兵衛なればとて、菜飯も田楽も、ともに相応の上製の品を素材に、如何にも心を込めて振る舞(も)うて御座った。

 ところが、菜飯は茶碗一、二杯――

 田楽も二、三本を食うたところで――

「……最早……食べとうは御座らねば……」

と申したによって、

「……格別の好物と聞いて御座ったればこそ、心を込めてよきものを拵えて御座ったに…如何にも少ししかお食べになられぬとは……これ……」

と訊ねたところ、「椀久」、

「……いやいや……これにてすっかり満足致いたれば……」

と静かに箸を置いた。

 されば、かの友なる者、

『……すっかり年老いたによって……これ、食事も細ぅなったるものか……』

と思うたれど、どうも様子のおかしきところの見えたれば、何か悪き病いにでも罹って御座るのではと心配致いて、

「……これ以上はお食べにならぬとは……何か……これ、きっと訳の御座ろうほどに……一つ正直にお聞かせ下さらぬか?……」

と切(せち)に訊ねたところが、遂に「椀久」、

「……しからば……申し上げましょうぞ。――そもそも菜飯は美濃の上白米にて製し、よき京菜を一枚ずつこれ選びて炊き、田楽も祇園の水にて拵えたる豆腐にて――その外にも串並びにつくるところの味噌もこれ、しかじかの産のものをしかじかに調え製したるものを用いて食べて御座ったによって――我ら「椀久」――昔――「菜飯田楽を好物とせる者」――との名を世間にて貰(もろ)うて御座った。……この度……供されたこれらは……残念なことに……我らが口には……合い申さねば、のぅ。……」

と答えたと申しまする。……

 ……かかる奢侈にては、これ、衰えんは必定ならんと、世間にても言い習わして御座った……ということを、我ら、今に伝え聞いて御座いまする。……

 

とのことで御座ったよ。

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