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2014/02/19

萩原朔太郎 短歌六首 大正二(一九一三)年十月

[やぶちゃん注:以下に示す六首は底本の筑摩書房版全集第十五巻(昭和五三(一九七八)年刊)の「短歌補遺」に載る(掲載はこれらのみ)もので、先行する第三巻の短歌の編集の際に漏れたものと思われるもの。『創造』第三十七号・大正二(一九一三)年十月号の「詠草欄」に掲載されたものである。朔太郎満三十二歳。]

 

寂しさに少しく慣れてなにがなしこの田舍をも懷しみをる

 

[やぶちゃん注:初出では「なにがなし」が「なにがし」であるが、以下の習作などから脱字と断じ、底本校訂本文通り、「なにがなし」とした。この一首は、先に全歌を掲載した底本第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」所収の二十首連作の歌群「一群の鳥」の第三首目、

 

 淋しさに少しく慣れて

 なにがなし

 この田舍をば好しと思へり

 

が原案に見え、またこれを改稿した、この『創造』での掲載の二ヶ月前、大正二(一九一三)年八月九日附『上毛新聞』に発表した「一群の鳥」の第三首目、

 

 寂(さび)しさに少(すこ)しく慣(な)れて

 なにがなし

 この田舍(いなか)をば好(よ)しと思(おも)へり。

 

の更なる改稿と思われる。]

 

しんしんとする水の音かな滊車はまたトンネルを出でてひた走りけり

 

[やぶちゃん注:初出は上句を「しんしんとする水の音がな滊車はまた」とするが、以下の習作から訂した。この一首は、底本第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」所収の十七首連作の歌群「林檎の核」(大正二(一九一三)年七月十三日相当のクレジットを最後に持つ)の第「4」首目に、

 

ヽしんしんたる水の音かな

 汽車はまた

 トンネルを出でゝひたに走れり

 

とある(首巻の「ヽ」は圏点。太字「ひた」は底本では傍点「ヽ」)。初案の方が韻律はよいものの何か平板で、この改作の方が汽車のリズムに合っている気が私はする。]

 

油日照りつく日にしきりなく黑くつづける蟻の列かな

 

[やぶちゃん注:初出は上句を「黑くつつける蟻の列かな」とするが、以下の習作から訂した。この一首も前の一首と同じく底本第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」所収の十七首連作の歌群「林檎の核」の掉尾第「17」首目に、

 

 かんかんたる酷熱の日に

 きりもなく

 {赫土(あかつち)に}

            續ける蟻の列かな

 {黑く       }

 

とあるものの改作である(「{」の二行は二つの語句が並置されて残っていることを示す)。漢詩めいた佶屈聱牙な初期形が和歌の響きとなっている。]

 

酒飮めどこのごろ醉はぬさびしさに唄へどもああああ遂に涙もいでず

 

[やぶちゃん注:初出は「酒飮めどこのごろ醉はぬさびしきに唄へども」。少し迷ったが、以下の習作などから校訂本文と同じく「さびしさに」と訂した。この一首はやはり、先に全歌を掲載した底本第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」所収の二十首連作の歌群「一群の鳥」の第十二首目、

 

 酒のめど

 このごろ醉はぬさびしさ

 歌へども

 あゝあゝ遂に涙出でざり

 

が原案と思われ、またこれを改稿した、この『創造』での掲載の二ヶ月前、大正二(一九一三)年八月九日附『上毛新聞』に発表した「一群の鳥」の第八首目、

 

 酒(さけ)のめど

 このごろ醉(よ)はぬさびしさ

 うたへども

 あゝあゝ遂(つひ)に涙(なみだ)出(い)でざり。

 

の更なる改稿とも思われる。短歌らしくはなったもののパッションが行儀よくなってしまった分、初期形二稿の方が私は好きである。]

 

時にふと盃投げてすゝり泣きいとほしき母の寢顏をながむ

 

[やぶちゃん注:この一首もやはり、先に全歌を掲載した底本第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」所収の二十首連作の歌群「一群の鳥」の第十三首目、

 

ヽ時にふと

 盃投げてすゝり泣く

 いとほしや母も流石に思へり

 

が原案と思われ(「ヽ」は朔太郎自身の附した圏点)、またこれを改稿した、この『創造』での掲載の二ヶ月前、大正二(一九一三)年八月九日附『上毛新聞』に発表した「一群の鳥」の第十一首目、

 

 時(とき)にふと

 盃杯(さかづき)を投(な)げてすゝり泣(な)く

 いとほしやと母(はゝ)も流石(さすが)思(おも)へり。

 

の更なる改稿とも思われる。この三稿目で確かな和歌となったという気が私にはする。]

 

わかき日はとくとく過ぎてわれわれは今饐えくされたる林檎の核なり

 

[やぶちゃん注:「とくとく」の後半は底本では踊り字「〱」。「饐えくされたる」は初出では「饐らくされたる」であるが、意味が通らないので、次の習作をもとに全集校訂本文と同じく訂した。この一首も同じく底本第二巻「習作集第八卷(哀憐詩篇ノート)」所収の十七首連作の歌群「林檎の核」の巻頭第「1」首目の、

 

 若き日は既に過ぎ去り

 今の我れは

 いたく饐えたる林檎の核(たね)なり

 

の改稿である。説明的な初期形が歌らしくなっていると私は思う。]

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