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2014/02/24

數學   山之口貘

 數學

 

安いめし屋であるとおもひながら腰を下ろしてゐると、側にゐた靑年がこちらを降り向いたのである。靑年は僕に酒をすゝめながら言ふのである

アナキストですか

さあ! と言ふと

コムミユニストですか

さあ! と言ふと

ナンですか

なんですか! と言ふと

あつちへ向き直る

この靑年もまた人間なのか! まるで僕までが、なにかでなくてはならないものであるかのやうに、なんですかと僕に言つたつて、既に生れてしまふた僕なんだから

僕なんです

 

うそだとおもつたら

みるがよい

僕なんだからめしをくれ

僕なんだからいのちをくれ

僕なんだからくれくれいふやうにうごいてゐるんだが見えないのか!

うごいてゐるんだから

めしを食ふそのときだけのことなんだといふやうに生きてゐるんだが見えないのか!

生きてゐるんだから

反省するとめしが咽喉につかへるんだといふやうに地球を前にしてゐるこの僕なんだが見えないのか!

 

それでもうそだと言ふのが人間なら

靑年よ

かんがへてもみるがよい

僕なんだからと言つたつて、僕を見せるそのために死んでみせる暇などないんだから

僕だと言つても

うそだと言ふなら

神だとおもつて

かんべんするがよい

 

僕が人類を食ふ間

ほんの地球のあるその一寸の間

 

[やぶちゃん注:前掲の通り、初出は昭和一〇(一九三五)年二月号『文藝』(改造社)で前の「座布團」とともに総題「數學」二篇の一篇として掲載された。

 原書房刊「定本 山之口貘詩集」では句読点が総て除去されて当該箇所は総て一字空けとなっている。

 この詩、個人的に非常に好きである。私も人生の中でこの「まるで僕までが、なにかでなくてはならないものであるかのやうに」誰も彼もから要求され、「なんですかと僕に言」われたって、「既に生れてしまふた僕なんだから/僕なんです」と答えざるを得ないではないかという違和感をずっと感じ続けてきたからである。【2014年6月13日追記】思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した。その際、注に一部追加をした。

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