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2014/02/18

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十一章 六ケ月後の東京 17 鬼女調伏の舞い?

M316
図―316
 

 昨日、教育博物館からの帰途、私はお寺の大鼓が鳴っているのを聞き、公園の木立の間を近路して、寺院を取まく亭(ちん)の一つで、奇妙な演技が行われつつある所へ出た。俳優が二人、最もきらびやかな色で刺繡された衣を身につけ、人間の考の及ぶ範囲内で、最も醜悪な仮面をかぶって、舞台に現れた。一人は房々とした白髪に、金色の眉毛と紫色の唇とを持つ緑色の面をかぶり、他の一人は、死そのものの如き、薄気味の悪い白色の仮面に、長く黒い頭髪の、非常な大量を持っていた。彼等は、刀を用いて、白い髪の悪魔が退散する迄、一種の戦いを続けた(図316)。日本人は、私の見た中で、最もぞっとするような仮面をつくり上げる。これ等は木から彫ったもので、劇の一種に於る各種の人物を代表する可くつくられる。

[やぶちゃん注:「寺院を取まく亭の一つ」原文は“one of the pavilions that surround the temple”。寛永寺の子院の一つか。ここで演じられているのは能の一種か? こっちを向いている役者の腹部にある鱗文様は能の鬼女の役のそれに酷似して見えるのだが……。私は能楽に暗い。能を趣味とする教え子に聴いてみよう。暫くお時間を。【2014年2月19日追記】以下、教え子よりの途中報告である。

   《引用開始》

先生、あれこれ考えていますが、能で該当する曲を思いつくことが出来ません。ご承知の通り、能において主役はひとりのシテ。シテを舞台に呼んでくる仲介役、すなわち観る者とシテとの間に立つのがワキです。モース先生の文章からいえば、白髪が退治されたところでこの劇が終わるのですから、能で言えばこれはキリの段における死闘であり、白髪がシテ、必然的に黒髪がワキということになります。最後に一騎打ちになり、かつワキが刀を揮う曲といえば、平維茂の鬼退治を題材とした「紅葉狩」が思い浮かびます。しかし、どうも登場人物の風体が能の「紅葉狩」と異なります。もしかしたら私が思い出せない曲なのかもしれない。いやいや、どうも私の知識不足ではなさそうです。なぜなら黒髪の方は薄気味の悪い白色の仮面をかけていたということですが……、能のワキが面(おもて)をかけることはないのです。では如何なる演劇であったかと問われると、残念ながら答えに窮してしまいます。すみません、取り急ぎ、私の印象です。

   《引用終了》

確かに教え子が言うように鬼女役に対峙する調伏役が「金色の眉毛と紫色の唇とを持つ緑色の面」をつけているというのは能とは思われない。そこで考えてみると、「鬼女」が「鬼」であるとしても、時期的(五月下旬としても同年の旧暦では四月下旬相当)にも演ぜられる内容から考えると寺院で「鬼」が演じるところの追儺の儀式にしてはどうもおかしい。が、しかしこれが所謂、神仏習合時代の残滓である「鬼払いの神楽」の特別な公演であるとすればどうであろうか(それでも時期の問題の奇異性は残るか)?……この「亭」は実は廃仏毀釈後に残った神社の舞殿であり、主催者も神社なのかも知れない……などと口の干ぬ間に前注を修正せねばならぬというこのいい加減さ……向後も教え子とその他識者の御教授を俟つものである。これが地域の祭りや神楽として残っているものであれば幸いなのだが……上野では無理か……

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