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2014/03/14

飯田蛇笏 靈芝 昭和五年(四十二句) Ⅳ 昭和五年 了



ほけし絮の又離るゝよ山すゝき

 

[やぶちゃん注:「絮」草木の綿毛の意で、音は「じよ(じょ)」、訓なら「わた」であるが、私は「じよ」で読みたい。]

 

折りとりてはらりとおもきすゝきかな

 

[やぶちゃん注:言わずと知れた蛇笏の名吟。大野林火「近代俳句の鑑賞と批評」によれば、『大阪で各派合同の蛇笏歓迎大会が催され、その席上で成った作』とあり、以下の自注があるとある(例によって恣意的に正字化した)。

穗芒が拔け出して、いくぶん霑を帶びた感じなのが、重いといふほどでなくても、鳥渡手にこたへる安排を。

次に山本健吉の評言を引き、『視覚的な美しさが、すべて重量に換算され、折り取つた瞬間のづしりと響くやうな重さを全身で感じとつたやうな感動』が添うのがこの句の美しさであると述べておられる。これはまさに梶井基次郎の「檸檬」の感覚である。]

 

深山木のこずゑの禽や冬の霧

 

  十二月二十日午前零時半溘焉として物故

  せる畫伯岸田劉生氏を深悼す。

逝く年や冥土の花のうつる水

 

[やぶちゃん注:「溘焉」は「かふえん(こうえん)」と読み、多くは人の死の俄かなさまをいう。「溘」の字は白川静氏の「字統」によれば、『形声 音符は盍(こう)。[説文新附」に『奄忽(えんこつ)なり』とあり、ことの速やかである意。[楚辞、離騒]に、『寧むしろ溘すみやかに死して以て流亡すとも、余われ此の態を爲すに忍びざるなり』という。溘死・溘逝・溘焉(こうえん)のように用いる。このような副詞的用法のほかに本訓がないのは、もと擬声的な語であるからであろう』とある由。Octave ブログより孫引きさせて戴いた。

 画家岸田劉生はこの前年末の昭和四(一九二九)年十二月二十日に滞在先の山口県徳山(現在の周南市)で三十八の若さで尿毒症のため逝去していた。蛇笏はこれを昭和五年のパートに配しているのは誤認ではない。「山廬集」では前書の頭に「昭和四年十二月二十日……」と正しくクレジットしている。蛇笏の弟子で友人の西島麦南は絵では岸田劉生に師事しており、その関係から知り合いであったものかと思われる(但し、二人が実際に逢ったことがあるかどうかは不明。識者の御教授を乞う。そもそも例えば芥川龍之介は俳句に於いて蛇笏を高く評価した一人であったが、生前は遂に一度も面識はなかった。]

 

ゆく雲や霰ふりやむ寺林

 

瘦馬にひゞきて雪の笞かな

 

冬服や襟しろじろと恙めく

 

[やぶちゃん注:「しろじろ」の後半は底本では踊り字「〲」。「恙めく」とは奇体な表現であるが、その抜けるような眩しい白さが、逆に何か日常的でない不吉な病んだ方向へのベクトルの連想させるということか?]

 

一二泊して友誼よき褞袍かな

 

[やぶちゃん注:「褞袍」は「どてら」と読む。]

 

飄々と雲水參ず一茶の忌

 

[やぶちゃん注:小林一茶の忌日は陰暦十一月十九日で、グレゴリオ暦で換算すると実は昭和五(一九三〇)年の新暦には陰暦十一月十九日は存在せず(昭和五年の一月一日は旧暦十二月二日で、十二月三十一日は旧暦十一月十二日に相当するため)、翌昭和六年の一月七日(水曜)に相当する。これから蛇笏のこの句は新暦の十一月十九日(水曜)に詠まれたものであることが分かる。]

 

土器にともし火燃ゆる神樂かな

 

落月をふむ尉いでし神樂かな

 

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「尉」は「じよう(じょう)」で翁の面を被った神楽舞いの登場人物。]

 

杣山や鶲に煙のながれたる

 

[やぶちゃん注:既注であるが「鶲」は「ひたき」と読む。スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ヒタキ科 Muscicapidae に属する鳥類の総称。分類は近年大きく変化しているので、ウィキの「ヒタキ科」を参照されたい。蛇笏はこのヒタキが好きだったものらしい。]

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