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2014/03/30

島   山之口貘

 島

 

おねすとじょんだの

みさいるだのが

そこに寄って

宙に口を向けているのだ

極東に不安のつづいている限りを

そうしているのだ

とその飼い主は云うのだが

島はそれでどこもかしこも

金網の塀で区切られているのだ

人は鼻づらを金網にこすり

右に避けては

左に避け

金網に沿うて行っては

金網に沿うて帰るのだ

 

[やぶちゃん注:初出は昭和三五(一九六〇)年一月発行の『政治公論』で、同年三月二日発行の『青年座 沖縄』十八号にも再録された。これは劇団青年座の発行していたものらしい(リンク先は同劇団公式サイト)。バクさんの沖繩帰郷は一九五八年十月末から翌年一月初旬のことであった。


「おねすとじょん」オネスト・ジョン(英
: Honest John)は正式名をMGR-1と呼ぶアメリカ合衆国初の核弾頭搭載地対地ロケット(弾)。ウィキの「MGR-1より引用する。『想定された主な用途は戦術核攻撃であったが、核弾頭の代わりに通常の高性能炸薬弾頭を搭載することもできるように設計されていた。当初の制式名は基本型がM31、改善型がM50であった』。『1951年6月に初めて試験され、1954年から在欧米軍に配備された。当初は臨時的な配備を予定していたが、運用が簡単で即応性が高かったことから、地対地誘導ミサイルが次々に代変わりしていく中、30年弱にわたって運用され続け、アメリカ陸軍では1982年に退役した』。『「Honest John」は日本語に直訳すると「正直者のジョン」という意味になるが、米軍では若い新兵を当人の本名にかかわらず「Hey, John!」と呼ぶ場合があるので、意訳すると「命令に忠実な新兵」ということになる。この愛称は「狙いどおりに命中してくれる」という含意でもある』とある。他所のデータによれば沖繩には昭和二八(一九五三)年十二月に配備されたとある。私はこれを「原子砲」(小型原子爆弾を砲弾化した核砲弾を発射する火砲)と記した書物を小学生の時に読み、長くそう記憶していたが、ネット上のデータからみると、「原子砲」(アメリカ陸軍の核砲弾射撃専用大型大砲M65 280mmカノン砲。別名アトミック・キャノン(Atomic Cannon)。一九五三年から一九六三年まで運用されたとウィキ「M65 280mmカノン砲にある)は地対地核ミサイルである「オネスト・ジョン」とは全く別物である(但し、同時に沖縄にやはり配備されていたらしい)。ただ、バクさんも「おねすとじょんだの/みさいるだのが」と分けて綴っているところを見ると、バクさんもやはり「オネスト・ジョン」を核ミサイルではなく、原子砲と認識されていたようにも読める。【2014年6月27日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。】


追伸:私の池内了氏の人クローンのオリジナル教材の授業を受けた諸君に訂正しておく。おぞましい命名の部分だ。

「ドリー」「ふげん」「もんじゅ」「リトル・ボーイ」「ファット・マン」に次いで「オネスト・ジョン」を挙げたね。

あれは「原子砲」ではなく、地対地核ミサイルの「愛称」であった。

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