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2014/03/27

八木重吉詩集「秋の瞳」 序文 加藤武雄「巻首に」 附 「秋の瞳」広告文

   卷首に

 八木重吉君は、私の遠い親戚になつてゐる。君の阿母さんは、私の祖母の姪だ。私は、祖母が、その一人の姪に就いて、或る愛情を以て語つてゐた事を思ひ出す。彼女は文事を解する。然う言つて祖父はよろこんでゐた。

 私は二十三の秋に上京した。上京の前の一年ばかり、私は、郷里の小學校の教鞭をとつてゐたが、君は、その頃、私の教へ子の一人だつた。――君は、腹立ちぽい、氣短な、そのくせ、ひどくなまけ者の若い教師としての私を記憶してくれるかも知れないが、そのころの君の事をあまりよく覺えてゐない。唯、非常におとなしいやゝ憂欝な少年だつたやうに思ふ。

 小學校を卒業すると、君は、師範學校に入り、高等師範學校に入った。私が、その後、君に會つたのは、高等師範の學生時代だつた。その時、私は、人生とは何ぞやといふ問題をひどくつきつめて考へてゐるやうな君を見た。彼もまた、この惱み無くしては生きあはぬ人であったか? さう思つて私は嘆息した。が、その時は私はまだ、君の志向が文學にあらうとは思はなかつた。

 君が、その任地なる攝津の御影から、一束の詩稿を送つて來たのは去年の春だった。君が詩をつくつたと聞くさへ意外だつた。しかも、その時が、立派に一つの境地を持つてゐるのを見ると、私は驚き且つ喜ばずにはゐられなかつた。

 私は詩に就いては、門外漢に過ぎない。君の詩の評價は、此の詩集によつて、廣く世に問ふ可きであつて、私がここで兎角の言葉を費す必要はないのであるが、君の詩が、いかに純眞で淸澄で、しかも、いかに深い人格的なものをその背景にもつてゐるか? これは私の、ひいき眼ばかかりではなからうと思ふ。

 

 大正十四年六月

 

           加藤武雄

 

[やぶちゃん注:加藤武雄(明治二一(一八八八)年~昭和三一(一九五六)年)は小説家。神奈川県津久井郡城山町(現在の相模原市緑区)生。高等小学校卒業後、小学校訓導を務めながら投書家として次第に名を知られるようになった。明治末に新潮社創始者佐藤義亮と親しくなり、明治四四(一九一一)年に新潮社に入社、編集者として『文章倶楽部』『トルストイ研究』などの編集主幹を務めた。大正八(一九一九)年に農村を描いた自然主義的な短編集「郷愁」で作家として認められた。後、通俗小説・少女小説作家となって大正末から昭和初期にかけては売れっ子作家として中村武羅夫・三上於菟吉らとともに一世を風靡した(三作家の作品を併載した「長編三人全集」も刊行されている)。戦時下にあっては戦意高揚小説を書き、戦後も通俗小説を量産したが、今では最早忘れられた作家と言ってよい(以上は主にウィキの「加藤武雄」に拠った)。個人サイト「屋根のない博物館ホームページ」内のこちらのページに、本詩集出版に関わる加藤武雄の尽力の記載が詳しい。それによれば、加藤武雄は大正一四(一九二五)年八月発行の『文章倶楽部』八月号の中で、「緑蔭新唱 新進四家」と題して松本淳三・三好十郎・宮本吉次三名の詩人とともに、初めて八木重吉の九篇の詩を紹介(リンク先に同号「緑蔭新唱 新進四家」の画像有り)、『また同号には加藤武雄の執筆と思われる、重吉の詩集「秋の瞳」の宣伝文も添えられてあ』ると記しておられる。リンク先に示された、その宣伝文を以下に電子化しておく。

   *

八木重吉詩集 菊半版特裝美本百六十頁

詩集 秋の瞳 定價七拾錢 送料六錢

 新詩人の新詩集!

 眞詩人の眞詩集!

 此の詩の著者は、この數年の間、默々として、一人、詩を作つてゐた。詩壇とか、さういふものとは絶對に無關係に、乾燥な、散文的な空氣の中で、友もなく、師もなく、たとへば、曠野に歌ふ一羽の鳥のやうに、その感じ、思ひ、考へた事を歌ひ續けてゐた。心境は月光の如く靜かに、神經は銀針の如く尖鋭に、しかも、常に人間性の根本に立つて、自由に、恣に歌ひつゞけた此等の詩は、雜音に充つる現今の詩壇に朗かなる一道の新聲を傳ふるものであらう。

 發賣所 東京牛込・矢來 新潮社 爲替貯金口座 東京一七四二

 發行所 東京市小石川區西江戸川町 富士印刷株式會社出版部

   *

広告の実際の字配はリンク先を見られたい。本広告が加藤本人の執筆になるという推定は他の情報でも見られ、私もその広告文からも加藤のものと考えてよいと思う。]

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