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2014/04/05

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十一章 六ケ月後の東京 31 新富座での観劇 Ⅱ

 この建物には、ずい分金がかかっているに相違ないが、防火建築の様式によって建てられた、最もしっかりした性質のもので、黒く光る壁や巨大な屋根瓦で、堂々としている。玄関は日本人の身長に合して出来ているので、天井が非常に低く、我々は棰(たるき)で頭をうつ。靴は合札をつけられ、人は大きな木の切符を手渡されるのであるが、木製の履物が何百となく、壁上の小さな場所に並べてあるのは、奇妙な光景である。急な階段を上ると、狭い通路へ出る。ここにいくつかの戸があり、人はそれを通って観客席へ入る。舞台は非常に広いが、奥行はない。舞台の中心には、床と同じ高さの大きな回転盤があり、ある書割の前で一つの場面が演じられつつある間に、道具方はその裏で、他の書割の仕度をする。そしてその場面が終ると、回転盤が徐々に廻って、新しい場面が出現する。桟敷から凹んだ四角にいる人々――家族全体、あるいは男女の群――を見下すと、誠に興味が深い。火鉢を持っているので、彼等はお茶に用うる湯を熱くすることが出来、持って来た昼飯をひろげ(或は近くの料理店の給仕が、昼飯なり晩の飯なりを盆にのせて来る)、炭火で煙管に火をつけ、彼等はこの上もなく幸福な時を送る。

[やぶちゃん注:モースは二階の桟敷席から観劇したことが、ここや後に附される図333から分かる。]

 

 演技は極めて写実的で、ある場面、例えばハラキリの如きは、ゾッとする程であった。ここではすべての儀式を、最後に頭が盆の上にのせられて、運び出されるに至る迄やる。細部はすっかり見せる。先ず腹を露出し、短い刀の柄と刀身とを両手で握って、左から右へ切り、刀身が過ぎた後の切口は青い線として現れ、そこから赤い血が耽流れ出し、そこでこの俳優は、頭を前方にガクリとつき出し、彼の友人がそれを刀で斬ろうとするが、苦痛に堪えかねて身体を横にして刀を落すと、別の男が急いでそれを拾い上げ、この悲劇の片をつけて了う。これは手品師の芸当みたいなものなのである。というのは、興奮している観客には、犠牲者の前を数名の俳優が通り過ぎたことが目に入らず、事実刀がこの男の額に落ちたように思われるが、一方斬られる男は亀みたいに、ゆるやかな寛衣の中へ、頭をひっこめるのである。それはとにかく、血まみれの切口をした頭が転り出ると、ひろい上げて盆にのせ、審判官だか大名だかの所へ持って行くと、彼は犠牲者の目鼻立を認識して、この行為が遂行されたことを知る。友人達の悲劇的な悲哀は完全に演出され、夥しい観客の中には、泣く婦人も多い。この芝居は朝六時に始り、いくつかの幕を続けて、晩の九時に終った。劇のあるものは、演出に二、三日を要する。支那には、全部を演ずるのに、一ケ月もニケ月もかかる劇もあると聞いた。

[やぶちゃん注:モースの観た歌舞伎は何だったのだろう? 切腹というと「仮名手本忠臣蔵」ぐらいしか浮かばぬのだが、「そこでこの俳優は、頭を前方にガクリとつき出し、彼の友人がそれを刀で斬ろうとするが、苦痛に堪えかねて身体を横にして刀を落すと、別の男が急いでそれを拾い上げ、この悲劇の片をつけて了う」(原文“the actor then throws his head forward and a friend starts to strike it off with a sword, but turning away in agony drops his weapon, which another quickly picks up, and terminates the sad tragedy.”)というシチュエーションはどうも違うようだ。次の段落に出る図333は同舞台の一段の仕立てをスケッチしているが、本文にもある通り、

――「一軒の古家があり、葦のまん中に舟が引き寄せてあった。舟には魚が積んであって、四周は沼沢地らしく見えた。」(原文“In one scene there is an old house with a boat drawn up in the midst of rushes; the boat is loaded with fish and the vicinity looks like a swamp. ”)――

――「この家は、後から出て来た二十人の人々を入れ得る程、大きなものであったが、しばらくの間は、年とった腰の曲った老婆が、たった一人いたきりである。」(“The house was large enough to hold twenty men who came in afterwards, but for some time there was only an old woman, bent over with age,”)――

――「彼女は燃えさしを煽いで、想像的な蚊を追っていた。時々彼女は蚊を追う為に、頸や脚を煽ぎ、また煙で痛む目を、静に拭いた。」(原文“who was fanning a few embers to make a smoke to drive away imaginary mosquitoes. She would now and then fan her neck and legs to drive them away; then she would tenderly wipe her eyes inflamed from the smart of the smoke.”)――

と詳述しているから、歌舞伎通の方ならば一瞬でお分かりになるものとも思われる。どうか御教授を願うものである。

「ハラキリ」原文も“hara-kiri”。

「劇のあるものは、演出に二、三日を要する」原文は“Some of the plays require two or three days to perform”であるから、「演出」ではなく「上演」とすべき。]

M333

図―333

 

 この芝居は十五時間を要し、初めの頃の一将軍の歴史を記録したものなのである。これを米国でやったら、大いに注意を引くに違いない。俳優達は、劇場の後方から二つの主要な通路に現れ、舞台に向いつつある時にも、また部屋へ退く時にも演技する。我国で見られる劇的の潤歩、その他の演技上の技巧も認められた。ある場面には一軒の古家があり、葦のまん中に舟が引き寄せてあった。舟には魚が積んであって、四周は沼沢地らしく見えた(図333)。この家は、後から出て来た二十人の人々を入れ得る程、大きなものであったが、しばらくの問は、年とった腰の曲った老婆が、たった一人いたきりである。彼女は燃えさしを煽いで、想像的な蚊を追っていた。時々彼女は蚊を追う為に、頸や脚を煽ぎ、また煙で痛む目を、静に拭いた。この役が若い男によって演じられていることは、容易に理解出来なかった。彼のふるまいや動作は、どれを見ても、ヨボヨボな、八十歳の老婆のそれであった。俳優はすべて男で、女の役も男が、調子の高い裏声を出して演じる。

[やぶちゃん注:「劇場の後方から二つの主要な通路に現れ、舞台に向いつつある時にも、また部屋へ退く時にも演技する」原文は“The actors come up the two main aisles from the rear of the theatre and act as they come up the aisle or retire to their rooms again.”で、この叙述と図333から、この時の舞台には明らかに通常の下手寄りの花道の他に、上手側に仮花道があったのが分かる。

「我国で見られる劇的の潤歩、その他の演技上の技巧も認められた」原文は“One recognizes the theatrical stride and other tricks of acting that one sees at home.”。これは歌舞伎独特の所作(特に特徴的な六方など)を指しているものと思われる。]

 

 古式演技の伝襲的な形態が残っているのもあるが、それは実に怪奇を極めている。その演技を記述することは、不可能である。そのある部分は、芝居よりは体操に近く、説明してくれる人がいなくては、何が何やら見当もつかぬ。たった一人の男――位の高いサムライ――が、扇子を一本持った丈で、刀や槍で武装した三十人の群衆を撃滅(オーヴァスロー)したりするが、彼等は空中に飛び上り、床に触れることなく後向きにもんどり打ったり、文字通りの顚倒(オーヴァスロー)である。

[やぶちゃん注:「撃滅(オーヴァスロー)」「文字通りの顚倒」“overthrow”という語には、動詞で、専ら(国家・政府などを)転覆させる・破壊する・打ち破る、名詞で転覆・滅亡・征服・打倒の意で用いられるが、原義はまさに“over”(逆さまに)“throw”(強く投げる)で転倒・引っくり返すの意である。]

M334

図―334

 

 また別の場合には、一人の男が、何度追っぱらってもまたかかって来る一群を相手に、せっぱ詰って短い階段をかけ上り、死者狂いで且つ英雄的な身振りを、僅かやったあげく、刀の柄をつかんで抜く真似だけをすると、群衆全部が地面にひっくり返って、脚を空中高く上げたものである! 実にどうも莫迦気た話であるが、而も群衆を追いはらったこの英雄が、扇子だけを用いて、万一彼が恐るべき刀を抜かねばならぬ羽目に陥った時には、こんな風な結果になるということを示したことは、農夫階級に対するある種の威力と支配権とをよく表していた。夜が来たことになっても、舞台は暗くならず、天井から舞台の上へ、三日月をきりぬき、後にある蠟燭で照らした箱がぶらりと下る(図334)。「今や夜である」という看板を下げたとしても、これ程莫迦らしくはあるまい。この事を米国に住んだことのある日本人に話したら、彼は、日本人はかかる慣習に馴れていて、我々が舞台で俳優が堂堂たる城の壁によりかかって、それをユラユラさせるのを見慣れていると同様、何等の不適切さも認めないのだといった。この日本人は、事実米国の舞台で城壁がゆれるのを見て驚いたのであるが、而も米国人の観客は一向平気でいた。

[やぶちゃん注:「夜が来たことになっても、舞台は暗くならず、天井から舞台の上へ、三日月をきりぬき、後にある蠟燭で照らした箱がぶらりと下る(図334)。「今や夜である」という看板を下げたとしても、これ程莫迦らしくはあるまい」モース先生、甘いです。こんな見立ては浄瑠璃では当たり前なのです。先般、小生が見たお染久松物の代表作「染模様妹背門松」の「生玉の段」ではお染に横恋慕する善六を久松が刺殺して井戸に飛び込んで自害し、お染も後を追って同じ井戸に入水するという驚天動地のシークエンスがありましたが、これ、最後に、舞台の上方から「夢」と書いた札が下がってくる――総てこれ、お染久松が同時に見た夢というのです。因みに、昔は「夢」ではなく「心」と書いたそれが下がったと聴きました。――どうです? とんでもないですか? いやいや――とっても奥が深いと申すべきと小生は存じますが、ねぇ、モース先生?……

「壁」底本では直下に石川氏による『〔書割〕』という割注が入る。]

 

 舞台の右手には黒塗の格子があって、その内に囃方(はやしかた)がいる。ここから演技に伴う人声の伴奏をなす所の、大きな太鼓の音と、三味線の単調な音とが、演出される場面に従って、或は悲しく、或は絶望的に、聞えて来る。舞台の左手には桟敷と同じ高さに、格子でしきった場所があり、その内には、非凡な声を持つ男が一人坐っていた。彼は慟哭し、叫び、叱りつけ、悲鳴をあげ――まるで猫が喧嘩する時の騒ぎみたいだった――そして何時間も何時間も、悲劇的なると否とを問わず、演技に対するこの人声伴奏を継続した。それはまったく、場合場合によって、人を興奮させたり悲しませたりした。時にこの声が不吉で、予言的であると、観客は何等かの破局が必ず起ることを予期する。

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