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« 右を見て左を見て   山之口貘 | トップページ | 杉田久女句集 175 葱 »

2014/04/06

告別式   山之口貘 自筆原稿17枚オリジナル電子化評釈附き

 告別式

 

金ばかりを借りて

歩き廻っているうちに

ぼくはある日

死んでしまったのだ

奴もとうとう死んでしまったのかと

人々はそう言いながら

煙を立てに来て

次々に合掌してはぼくの前を立ち去った

こうしてあの世に来てみると

そこにはぼくの長男がいて

むくれた顔して待っているのだ

なにをそんなにむっとしているのだときくと

お盆になっても家からの

ごちそうがなかったとすねているのだ

ぼくはぼくのこの長男の

頭をなでてやったのだが

仏になったものまでも

金のかかることをほしがるのかとおもうと

地球の上で生きるのとおなじみたいで

あの世も

 この世もないみたいなのだ

 

[やぶちゃん注:【2014年7月7日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。本注の冒頭一段を追加した。】最終行の一字下げはママ。「思辨の花」には若干の字配操作が認められるものの、バクさんの詩ではこれは極めて珍しい手法の部類に入るものである。但し、現存する清書原稿をこの詩では底本としている思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では、この一字下げはない。これは単なる旧全集若しくは親本「鮪に鰯」自体の植字ミスである可能性も出て来たが、暫くママとする。

 初出は昭和二八(一九五三)年十二月号『心の友』。『心の友』は神田小川町の「あすなろ社」の発行していた月刊雑誌。

「ぼくの長男」は長男の重也君のこと。バクさんは安田静江さんと昭和一二(一九三七)年十二月に実質婚(婚姻届提出は二年後の昭和十四年十月二十六日)の後、昭和一六(一九四一)年六月に彼が生まれているが、一年後の七月に亡くなっている(年譜には日付や死因の記載がない)。彼は公に知られた詩ではこの詩にしか登場しない。この夢とも空想ともつかぬ不思議にユーモラスな(無論ブラッキーでそうして幽かなペーソスも混淆した)詩は、そうした意味でもバクさんの詩の中でも私は一読、いっかな忘れ難い詩の一つなのである。

 さて、沖繩県立図書館貴重資料デジタル文庫には二〇一〇年に開設された「山之口貘文庫」があり、ここでは驚くべきことに七千五百枚にも及ぶバクさんの原稿を、今、このネット上で直に見ることが出来るんである。

 この口ぶりからもうお解りとは思うのだが、僕は将来、ここでこれらの原稿を全部電子テクスト化してしまいたい欲求に拙速にも駆られているのであるが、その手始めをここで一つやらかしてしまおうと思うんである。この「告別式」の推敲原稿の再現なんである。寡作家であったバクさんが詩の推敲にとんでもない枚数の反古を費やしたことは、バクさん好きならば有名な話なんで、「頭をかかえる宇宙人」のそれなんどは何と百十九枚もあるんで、これはなかなか視認してタイプするのはしんどいんであるが、幸いこの大好きな「告別式」は十六枚と清楚にして遠慮がちなのだ。だからやってみようという気にもなったんである。僕にとっては貘世界の未知の領域だ。あの世に行ってバクさんに逢う前に、また一つ楽しみが増えた、というもんなんである。

    *   *   *

 以上の通り、底本は「沖繩県立図書館貴重資料デジタル文庫」の「山之口貘文庫」内の「山之口貘自筆原稿」を完全に私が視認して示したものである(同原稿の解説に(2)の活字起こしが行われているが、「川崎」の「崎」及び「六郷」の「六」の判読にのみ参考にしただけである。なお、リンク先に「二次使用禁止」の表示があることについて述べておくと、山之口貘の著作権は本二〇一四年四月六日現在は既に消滅しており、同デジタル文庫開設時の二〇一〇年時はこの表示は有効であったが、山之口貘の作品自体は現在、パブリック・ドメインである。また、その自筆原稿を撮影した画像そのものではなく、それを視認にして活字に起こした以下の私の電子データは、二次使用許諾を必要とする印刷物ではなく、しかもネット上の営利利用にも相当しない。因みに私は国立国会図書館の著作権の消滅したデジタル資料を同様に視認してタイピング(OCRなども通常一切使用していない)することで数多くの電子化を手掛けており、画像使用の場合には許可も受けているが、今までそのやりとりの中で国立国会図書館から一度としてクレームを受けたことはない。従って私の行為は著作権法上の如何なる事項にも抵触しないことを改めてお断りしておく)。なお、思潮社の新全集(「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」は二〇一三年九月刊行)は残念ながら私は所持しておらず、現物も実見していない。

 以下、凡例を記す(現行のサイズその他の書誌は上記リンク先を参照されたい)。

 

・右下に表示される画像のコマ(四百字詰原稿用紙一枚相当・原稿用紙は「神楽坂下 山田製」とある)を(1)とアラビア数字で冒頭に記した。

・完結した一稿と思われるものに対しては、その( )前に【Ⅰ】という風にローマ数字を示した。コーダなどの独立した断片は【a】という風に区別した。

・原稿用紙の記載行は(1)を除いて末尾の空行以外は再現した。

・取り消し線は抹消を示す(抹消線は一本と二本で使い分けが見られるが、ブログでは表示出来ないので一本で示した)。

・抹消部は視認出来る限りの抹消字を起こし、書き換え字は下に続けた(どれが書き換え分かは抹消分との推定比較が難しいものを除いては注記していない)。

・抹消部の内、《 ⇒ 》とあるのは、その抹消に先だって抹消されたものがあり、それが⇒以下に書き換えられながら結果、総て抹消されたことを示す。

・抹消されずに並置されてある場合は、[ ]/[ ]とした。

・書き換えでない吹き出しによる挿入は( )で示した。

・判読不能字は■とし、判読に自身がないものは後に〔?〕を附した。

・拗音部分は大小がつきにくく、概ね拗音とせずにおいた。

・表記の一部が正字(漢字の筆跡の要所を現認した上で正字・新字の判別をした)や歴史的仮名遣になっている箇所があるが、総てママである。

・各段階稿の最後に注を附した。

 

   *

 

(1)

 告別式

[やぶちゃん注:(2)の原稿用紙裏の左端に標題。これは原稿群の総標題である。]

 

【Ⅰ】

(2)

 

 

大阪の兄が死に栄養失調で死にんじまひ

沖縄の父が死に母が死に老衰で死に死んじまひ

国分寺の友人が死に酔つぱらつて死じまひ

鎌倉の若い友人が胃癌で死じまひ

川崎の知人が脳溢血で死んじまひ

おなじく川崎の知人が老衰で死んじまひ

六郷の先輩がまた脳溢血で死んじまひ

かうしてみんなばひばひ死んじまつた

ぼくはこの告別式に顔を出さなかつた

いづれはある日ぼくの告別式もあるのだらうがが來たのだが

あの世からは誰も

おむかえに來てはくれなかつた

 

[やぶちゃん注:この初期形には題名がなく、原稿用紙の三行目から記されている。「かうしてばひばひ死んじまつた」はやや表現が不自然であるがママである。

「六郷」又は故郷の謂いで「古郷」も考えたが、前が総て固有地名であり、先に示した底本の「山之口貘文庫」内の「山之口貘自筆原稿」の解説に従って「六郷」とはした。この「六郷」という地名としては、貘が二十四、五の頃、一時期働いていた鉄屑を運ぶ隅田川のダルマ船の経路の中に多摩川下流六郷川の六郷河岸(現在の六郷土手駅がある京急東京都大田区仲六郷近くと思われる)附近が含まれることが貘の随筆「ダルマ船日記」で分かる。この時の荷揚げやダルマ船の関係者の可能性が挙げられよう。沖繩の地名としては見出せなかった。

 ここに記された死者の内、年譜上で確認出来るのは、まず「大阪の兄」長兄の重慶氏で昭和二〇(一九四五)年十一月に五十二歳で(事実、年譜には「栄養失調」を死因とする)、「沖縄の父母が老衰で死んじまひ」は母カマト八十一歳が昭和二六(一九五一)年六月に与那国島の弟重四郎の家で、その二年後に父八十三歳が与那国で亡くなっている。

 我々はこれによって「告別式」の初案(と思われるもの)は事実を殆ど最後まで並べて最後に死後夢想の皮肉な二行が示されるという全く異なったものであったことを知らされるのである。それもこの原稿の抹消部から、それは最後から三行目の「いづれはぼくの告別式もあるのだらうが」という推定表現が「ある日ぼくの告別式が来たのだが」と書き換えられて初めて生まれた、空想の二行でであったことも、これ、よく分かるのである。意外なことに決定稿とは全く別物に見える点、山之口貘の詩想の秘密を窺わせてすこぶる興味深い。]

 

【Ⅱ】

(3)

 

   告別式

 

            山之口貘

 

ある日ぼくも死んでしまつた

ばかり(を)借り歩いてゐた男だつたがと

迷惑ばかりかけ人々はさうおもひながら

告別式から帰つて行つた

 

さてしかし死んでみるとしまつて

告別式が終つてみるともすみ

このふいるむ色の

(この)あの世に來てみると

《先に死んだ連中《は⇒の》誰も⇒ぼくのことをむかえて⇒むかえてくれるものは誰もなかつた》

ぼくは生前に

 

誰の告別式にも顔を出さなかつたからだ

死んだ

   連中の誰もが

ぼくのことをむかえに來たものはなかつた

 

お寺のかゝりも納めてない

お盆になのときにもむかえに來なかつた

 

[やぶちゃん注:この【Ⅱ】はここで終わっているが、最終行でこの後にまだ続けようとしたものとも思われる(但し私はこれで中断したものと考えてはいる。以下、参照)。

「告別式から帰って行つた」と「さてしかし死んでしまつて」の間の空行は実際にはなく、上部に作者自身の校正記号の行空け指示があるのに従った。四行目の抹消の「告」は実際には原稿用紙の七と八行目の行間にある。

「このあの世に來てみると」以下は苦吟しており、表記のように記号化したものの、実際は以下のような複雑な推敲過程があったものと推定される。まず、

 先に死んだ連中は誰も

と書いて、

 先に死んだ連中の誰も

と直したが、気に入らず、

 ぼくのことをむかえて

と訂するもこれも気に入らず、以上の総てを抹消した上で新たに、

 むかえてくれるものは誰もなかつた

と行間に書き改め、続けて、

 ぼくは生前に

 誰の告別式にも顔を出さなかつたからだ

と書き進めたものの、結局、それも抹消して、

 死んだ

と行間に書き始めてしまい、後は続く左の行(十六行目四マス目)に

    連中の誰もが

と記したまま、次に

 ぼくのことをむかえに來たものはなかつた

という呼応の悪い言辞を続けてしまったものと思われる。この辺りで貘はこの稿は既に失敗と考えているように私には感じられ、従って次に続く最後の二行も弛んだ感じで、個人的にはここで貘はこの稿を進めるのを中止したと感じている。]

 

【Ⅲ】

(4)

   告別式

 

 

ばかり

借りて歩いてゐるうちに

とうとうぼくは死んでしまつた

奴もとうとう死んでしまつたのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

ぼくの生前はは不義理ばかしで誰が死んでも不義理をした

告別式などには顔も出さなかつた

あの世に來てみると果して

《の⇒も》の亡㚑も顔を見せないのだ

たゞひとり長男の亡㚑だけがの奴が

つとむくれてむかえに來たのだが

なんだいその顔つきはときくと

お盆が來ても

なんにもくれなかつたぢやないかと云つた。

あの世もこの世もに來ても地球のよみたいで

金がかゝるの《かとおもふ⇒にはうんざり》

ぼくはうんざりしてしまつた。

 

[やぶちゃん注:二ヶ所の句点が特異。一箇所目の「なんにもくれなかったぢゃないかと云つた。」の「云」の右下には「ふ」と読める小さな字が記されてある。「云ふ」と別稿を記したものか。

 ここで決定稿に俄然近づくが、最初は長男の霊が、匿名の「たゞひとりの亡㚑」として登場している点に着目したい。実は貘は、亡き長男をここに登場させることにやや躊躇していたのではあるまいか? 私がこの詩を初めて読んだ二十の頃からずっとそう感じて来た。敢えて記しておきたい。]

 

【Ⅳ】

(5)

   告別式

 

ある日とうとう

ぼくは死んでしまつた

金ばかりを借りて歩いてゐた男が

死んでしまったのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

あの世に來てみると

ぼくの長男が

むくれた顔して待つてゐた

なんだいそお顔つきはときくと

お盆になってもなにひとつ

くれなかったぢやないかとすねてゐるのだ

(ぼくは長男の頭をなでゝやりながらつたのだが)

こんなあの世にゐるもの(ま)で

金のかゝることをほしがつてゐる

ほしがのかとおもふとるのかとおもふと

地球のうへみたいでにゐるみたいなのだ。

うんざりしたのだ。

 

[やぶちゃん注:「(ぼくは長男の頭をなでゝやりながらつたのだが)」は原稿では行間にあり、明らかに有意に後から加えられた一行である。コーダがラフな感じで微妙に貘らしくないように私は感じる。この「うんざりしたのだ。」を抹消した瞬間に、新たに稿を起こすという覚悟をしたようにも思われる。一行残る。]

 

【Ⅳ】

(6)

   告別式

 

ある日ぼくは死んでしまつた

どうやら告別式がす《んで⇒み》んだのだが

あの世からは誰も

ぼくのことを出迎えに來たものはないのだ

しかしそれはその筈なので

ぼくは生前

どこの告別式にも不義理をしたからなので、

 

[やぶちゃん注:以下、余白。最後の読点は読点ではなく、擱筆(中止)の止めかも知れない。]

 

【a】

(7)

地球のうへにゐるみたいで

ぼくにはあの世も

この世もないのだ。

 

[やぶちゃん注:コーダ断片。この原稿類の序列は必ずしも創作順であるとは断っていないので注意。(5)の続きのようにも見えるし、そうでないようにも見える。このコーダ断片は以下に多く出る。]

 

【Ⅴ】

(8)

   告別式

 

ある日とうとう

ぼくは死んでしまつた

金ばかりを借りて歩き廻つてゐた奴が

とうとう死んでしまつたのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

あの世に來てみると

ぼくの長男がゐて

むくれた顔して待つてゐた

なんだいその顔つきはときくと

お盆になってもなにひとつとして

ごちさうしなかつたとすねてゐるのだ

ぼくは長男の〔?〕頭をなでゝやつたのだが

あの世にゐるものまでが

金のかゝることを

ほしがるのかとおもふと

地球のうえへにゐるみたいで

あの世もこの世もないのだ。

(9)

ほとけになつてもまで

地球の上にゐるのかたいのか

金のかゝることをところが人間みたいなも

 

[やぶちゃん注:(9)は独立したコーダ断片のようにも見えるが、ここに配した。末尾は中断している。]

 

【Ⅵ】

(10)

   告別式

 

ある日とうとう

ぼくは死んでしまつた

金ばかりを借りて歩き廻つてゐた奴が

とうとう死んでしまつたのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

あの世に来てみると

ぼくの長男がゐて

むくれた顔して待つてゐた

なんだいその顔はときくと

お盆になつてもなにひとつとして

ごちさう[し]/[が]なかつたとすねてゐるのだ

ぼくは長男の頭をなでゝやつたのだが

あの世に來てゐるものまでがゐてもなにかにつけて

金のかゝることなどををほしがるところ

(ほとけの人間らしさかあるみたいで)

地球のうへに《ゐるものとおんなじみたいで⇒に生きるのとおなじみたいで⇒に生きてゐるみたいで》[にゐるのとおんなじみたいで]/[に生きてゐるみたいで]/[に生きてゐるのとおなじみたいで]

[やぶちゃん注:以下は右欄外に全体は抹消されずに残されてある、この一行分全部の改案である。]

亡㚑〔?〕ほとけも地球の上に生き《てゐる⇒るのとおなじみたいで》のうへに生きてゐるみたいで

あの世もこの世もないものだ

 

[やぶちゃん注:最終部の苦吟の跡が極めて複雑である。一部の助詞などは抹消せずに共有しているが、そこはダブらせて示してある。]

 

【Ⅶ】

(11)

   告別式

 

ある日とうとう

ぼくは死んでしまつた

金ばかりを借りて歩き廻つてゐた奴が

とうとう死んでしまつたのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

あの世に來てみると

ぼくの長男がゐて

むくれた顔して待つてゐるのだ

なんだいその顔はときくと

お盆になつても家からの

ごちさうがなかつたとすねてゐるのだ

ぼくは長男の頭をなでたのだが

ほとけになつても人間みたいにあの世で生きるにも

地球のうへにゐたいのかるみたいで

お盆にしても墓にしてもでも墓でも告別式などにしても

金がなければがなくては出來ないことをほしがつて

あの世もこの世もないものだ。

 

【Ⅷ】

(12)

   告別式

 

金ばかりを借りて

歩き廻つてゐるうちに

ぼくはある日死んでしまつたのだ

とうとう死んでしまつたのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

あの世に來てみると

ぼくの長男がゐて

むくれた顔して待つてゐるのだ

なんだいそんな顔つきをしてときくと

お盆になつても家からの

こちさうがなかつたとすねてゐるのだ

ぼくは長男の頭をなでたのだが

佛になつてもあの世で生きるもなにかにつけて

金[がかゝるのかとおもふと]/[のかゝることをほしがるのかとおもふと]

地球のうへに(生きて)ゐるみたいで

あの世もこの世もないものだ。

 

[やぶちゃん注:「こちそう」はママ。]

 

【b】

(13)

頭をなでてたつたのだが

佛になつたものまでも

金のかゝることをほしがるのかとおもふと

死んでも地球の上に生きてゐるみたいで

あの世も

この世もないみたいなのだ。

 

[やぶちゃん注:コーダ断片。]

 

【c】

(14)

死んでも地球の上に生きてゐるみたいで

あの世も

この世もないみたいなのだ。

 

[やぶちゃん注:コーダ断片。]

 

【d】

(15)

地球のうへに生きてゐるみたいで

あの世も

この世もないみたいなのだ。

 

[やぶちゃん注:コーダ断片。今まであったこれらのコーダ断片は実は、以下に見るように、(17)コマ目の原稿一ページ目決定稿の後の二枚目での推敲の後を示しているように思われる。敢えて順序を入れ替えて(17)(16)とし、本来【e】とすべきところをつなげてみた。これは無論、恣意的な操作で学術的でない。しかし、これだけの膨大な草稿の最後に分断された稿を示すのは私には忍びないのである。そうした退屈な配置はアカデミズムにお任せする(但し、学術的に正しく示すには、この原稿類をもう一度物理的に精査して現在の順列を正す必要があるように思われる。インクの色や筆致その他から見てもこの原稿順列にはやや問題があるように思われるからである)。これが決定稿に近いものであることは、改訂部分が歴史的仮名遣から現代仮名遣への補正に終始していることからも明白である。但し、それでもこれは、驚くべきことにしかも(!)決定稿とは大きく異なるのである! 恐るべし、貘!]

 

【Ⅸ】

(17)

   告別式

 

ある日とうとう

ぼくは死んでしまつた

金ばかりを借りて歩き廻つてた奴が

とうとう死んでしまつたのかと

人々は煙を立てに來て

合掌してそこを立ち去つた

あの世に來てみると

ぼくの長男がいて

むくれた顔して待つていた

なんだいそんな顔つきはときくと

お盆になつてもなにひとつとして

ごちそうしなかつたとすねているのだ

ぼくは長男の頭をなでゝやつたのだが

あの世にいるものまでが

金のかゝることを

ほしがるのかとおもうと

(16)

地球のうえにいるみたいで

あの世もこの世もないのだ。

 

[やぶちゃん注:……結構、高級な原稿用紙を、惜しみなくコーダ数行のために(この(16)コマでも以下十八行はすべて余白である!)湯水のように用いる……恐るべき清貧の夢を喰う貘!……]

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