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2014/04/04

飯田蛇笏 靈芝 昭和七年(七十二句) Ⅸ



亂菊をかすめてはやき月の雨

 

   奈良公園江戸三亭

火をはこぶ娘のはるかより鹿の雨

 

[やぶちゃん注:「奈良公園江戸三亭」奈良公園内(奈良県奈良市高畑町)に今も続く明治四〇(一九〇七)年創業の料亭「江戸三(えどさん)」のこと。志賀直哉・藤田嗣治・小出楢重・小林秀雄・片岡千恵蔵・徳川夢声・大辻司郎など、多くの文人墨客に愛された料亭である。公式サイトはこちら。現在は料理旅館であるが、旅館業は戦後になってからとある。]

 

   宍道湖

 

秋の嶺浸れる水の諸手舟(もろたふね)

 

[やぶちゃん注:「諸手舟」ウィキの「諸手船」によれば、『諸手船(もろたぶね)は、島根県松江市美保関町の美保神社』(創建の由緒は不詳乍ら八世紀に編纂された「出雲国風土記」の神社台帳に記載される古社で、事代主神系えびす社三千余社の総本社でえびす神としての商売繁盛の神徳の他、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集め、「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多い。この記載はウィキ神社」に拠った)『の神事に用いられる刳舟』で、年に一度、十二月三日の神事以外は境内に安置され海に浮かぶことのない』神聖な舟で、凡そ四十年に一度、『造りかえることを旨として受け継がれてきた。現有の二艘は大根島入江の船大工吉岡睦夫によって1978年(昭和53年)に建造されたものであるが、現在美保神社の収蔵庫には睦夫の先代吉岡利一郎が請け負って1940年(昭和15年)に造られた古船が保管されている。それ以前のものは既に失われてはいるが、1901年(明治34年)に美保関町の船大工によって造られ』たとあり、蛇笏の見たものはこれであろう。『さらにその前のものは1858年(安政5年)に隠岐の島後灘村から寄付されている』とある。『古くは、一本のクスノキの巨木を刳りぬいた単材刳舟だったとされ、現船はモミの大木を使い刳りぬき部材を左右に継ぎ複材化した刳舟である。しかしいずれにしろ丸木舟とされるものであり、且つ現船は、保管されている古船や絵図に残されている明治時代の二世代前のものよりも太い木を使い、古式の技法に則り、いわゆる技術のゆりもどしも見受けられる』。『毎年行われる神事は、国譲り神話に因むもので、美保神社の祭神事代主命が美保関の沖で釣りをしていたところに、国譲りの可否を問うために送られた使者が諸手船に乗ってやって来たという故事を再現しているとされ、「五穀豊穰、大漁満足、港繁盛」の感謝の意味も併せもっているといわれている。昔の装束をまとった氏子9人が、二艘の諸手船に乗りこみ対岸の客人社の麓と宮前の間を櫂で水をかけあいながら競漕し、舳先に挿した「マッカ」と呼ばれる飾りを神社に奉げるのを競いあう』もので、昭和三〇(一九五五)年に重要有形民俗文化財に指定されたとある。]

 

短日や賤が會釋の羞かしく

 

日も月もわたりて寒の闇夜かな

 

行く年やかけながしたる芭蕉像

 

燈影をはゞみてもゆる除夜の爐火

 

鵜は舟に鴉は山に冬日かな

 

寒水を飮みはなちたる柄杓かな

 

眼の前に脱がれし下駄や日向ぼこ

 

閑談のふところにして寒卵

 

姫の貌まぼろしを追ふ神樂かな

 

日象に耶蘇降誕の茶のけむり

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