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2014/04/03

大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 蜃

蜃 潛確類書曰狀似螭龍有角有耳埤雅曰蜃氣

作樓臺將雨即見丹碧隱然如在烟霧今俗謂之

蜃樓史記海傍蜃氣成樓臺沈括筆談云登州海

中時有雲氣如宮室臺觀城堞人物車馬冠葢之

狀謂之海市或云蛟蜃之氣本草時珍曰蛟之屬

有蜃其狀亦似虵而大有角如龍狀云云能吁氣

成樓臺城郭之狀〇又月令孟冬之月雉入大水

爲蜃註蜃大蛤也〇篤信曰蜃氣爲樓臺ノ蜃ハ龍

ノ類ナリ日本ニナシ月令ニシルセシ雉ノ化スル蜃ハ大蛤ナ

リ非倣樓臺之蜃古書ヲ多ク考ルニ此説ヲ是トスヘシ

合璧事類等ノ書ニ大蛤一名蜄能吐氣爲樓臺ト

云非也

〇やぶちゃんの書き下し文

蜃 「潛確類書」に曰く、『狀、螭龍に似たり、角有り、耳有り。』と。「埤雅(〔ひが〕)」に曰く、『蜃氣、樓臺を作(な)す。將に雨(〔あめふ〕)らんとす、即ち見る、丹碧、隱然として、烟霧に在るがごとし。今の俗、之を蜃樓と謂ふ』と。「史記」に、『海傍の蜃氣、樓臺を成す。』と。「沈括筆談」に云く、『登州海中、時に雲氣有り、宮室・臺觀(〔たいくわん〕)・城堞(〔じようちよう〕)・人物・車馬・冠葢(〔くわんがい〕)の狀のごとく、之を海市と謂ふ。或ひは蛟蜃(〔かうしん〕)の氣と云ふ。』と。「本草」の時珍曰く、『蛟の屬に蜃有り。其の狀、亦、虵(〔へび〕)に似て大なり。角有り、龍の狀のごとし。』と云云(〔うんぬん〕。『能く氣を吁〔は〕きて樓臺・城郭の狀を成す』と。又、「月令(〔がつりやう〕)」に、『孟冬の月、雉〔きじ〕、大水に入りて蜃と爲る。註。「蜃」は「大蛤」なり。』と。篤信(〔とくしん〕)曰く、「蜃氣樓臺を爲す」の「蜃」は龍の類いなり。日本になし。「月令」にしるせし雉の化する蜃は大蛤(〔おほはまぐり〕)なり。樓臺を倣(〔みな〕)すの「蜃」に非ず。古書を多く考ふるに此の説を是(〔ぜ〕)とすべし。「合璧事類」等の書に、『大蛤、一名は「蜄」、能く氣を吐き樓臺を爲す。』と云ふは非なり。

[やぶちゃん注:一貫して想像上の龍の一種としての「蜃」と、大蛤=大型の斧足(二枚貝)類との違いを述べようとしており、謂わば民俗学的博物学的。記載と言えるパートである。実は私は本文の最後で「大蛤(〔おほはまぐり〕)」と訓じたものの、この「大蛤」を単純に大型の斧足(二枚貝)綱異歯亜綱マルスダレガイ科ハマグリ亜科ハマグリ Meretrix lusoria に同定するつもりは実は全くない。古来、「大蛤」とは大型の二枚貝の総称であって、後の種としてのハマグリ Meretrix lusoria を限定的に示す語では全くないからである。これについては例えば、寺島良安の「和漢三才図会 巻第四十七 介貝部のイタヤガイ科 Pectinidae の仲間を示す「いたやがひ 車渠(しゃきょ)」の項に、「本草綱目」には『車渠は、海中の大蛤なり』と引いているのでも明らかであり、また同巻の「わたりがひ 車螯(しゃごう)」には、『大蛤を總て蜃と曰ふ。專ら車螯を指すにあらざるなり』と注していることからも明らかであろう(良安はそこで本記載と同様に『蛟蜃の蜃と同名なるも異物なり』と記してもいる)。本記載よりもより詳しく博物学的な「わたりがひ 車螯(しゃごう)」は私の注を含め、是非お読み戴きたい。

「潛確類書」「潜確居類書」とも。明代の学者陳仁錫(一五八一年~一六三六年)が編纂した事典。

「埤雅」は「ひが」と読む。宋の文人政治家陸佃(りくでん 一〇四二年~一一〇二年)の著わした訓詁学書。訓読では最初の「今の俗、之を蜃樓と謂ふ』と。」の箇所で引用を切ったが、早稲田大学図書館「古典籍データベース」からダウンロードした「埤雅」の第二巻の「蜃」の部分を比較して見ると、実は益軒は、この「埤雅」の「蜃」の記載を一部省略しながら巧みに切貼・転写していることが分かる(STAP細胞の論文じゃあないがね)。

「登州」山東半島の北側にある古く秦・漢代より発達した華北文化圏の東端に位置した港湾都市。海を隔てた東北・朝鮮との交通の拠点で、漢の武帝は東巡した際にここから海上に蓬萊を見たと伝えられる地である。これ、まさに文字通り、蜃気楼ではなかったろうか?

「臺觀」高殿。高楼。

「城堞」城の石垣の上にめぐらされた低い垣根。

「冠葢」は「冠蓋」と同義で、冠と馬車の覆い。

「「本草」の時珍曰く」「本草綱目 鱗之一」の「蛟龍」の「附録」に、

蜃(之刃切)。

時珍曰蛟之屬有蜃、其狀亦似蛇而大、有角如龍狀。紅鬣、腰以下鱗盡逆。食燕子。

能吁氣成樓台城郭之狀、將雨即見、名蜃樓、亦曰海市。其脂和蠟作燭、香凡百步、煙中亦有樓閣之形。「月令」云雉入大水爲蜃。陸佃云蛇交龜則生龜、交雉則生蜃、物異而感同也或曰蜃也。又魯至剛雲升騰。卵不入土、但爲名,羅願以爲雉化之蜃、未知然否。詳介部車螯下。

とある

「吁」は溜息をつくの意。「吐く」の意で訓じておいた。

「月令」先秦時代の一年間の行事を理念的な観点から紹介した「礼記」中の「月令篇」のこと。

「篤信」貝原益軒の本名。「あつのぶ」。]

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