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2014/06/06

今日のシンクロニティ「奥の細道」の旅12 那須温泉 湯をむすぶちかひもおなじ岩淸水 / むすぶより早齒にひゞく泉かな

本日二〇一四年六月 六日(陰暦では二〇一四年五月九日)

   元禄二年四月十九日

はグレゴリオ暦では

  一六八九年六月 六日

である。

【その一】この前日、芭蕉と曾良は高久から那須湯本へ到着していた。この十九日の午前十一時半頃から正午にかけて、湯本の岡の上にある温泉(ゆぜん)大明神に登り、参詣している。

 

  那須温泉

湯をむすぶちかひもおなじ岩淸水

 

  温泉(ゆぜん)大明神ノ相殿(さうでん)

  ニ八幡宮ヲ移シ奉(たてまつり)テ、兩神

  一方(ひとかた)ニ拜(をがま)レサセ玉

  フヲ

湯をむすぶ誓(ちかひ)も同じ石(いは)淸水

 

むすぶより早(はや)齒にひゞく泉かな

 

[やぶちゃん注:第一句は「陸奥鵆」(むつちどり・桃隣編・万延元(一八六〇)年跋)の、第二句は「曾良随行日記」所収の句形。但し、前書の「兩神」は「雨神」とあるのを誤字として訂した(前書と句意は、この温泉大明神には京の石清水八幡宮が合祀されており、ここ一つを参拝することで二神を拝ませて下さる、という謂いであることに拠る)。第三句は「都曲」(みやこぶり・言水編・元禄三(一六九〇)年)所収の句であるが、これより以前の句ともされ、那須での作かどうかも不明である。「むすぶ」「泉」で、一応ここに配したが(参考底本としている岩波版中村俊定校注「芭蕉俳句集」でも前の二句に続いて配されてある)、この泉は温泉ではなく、「齒にひゞく」ほど清冽にして冷たいというのだから、前の二句とは全くシチュエーションが異なる別な句であるが、「曾良随行日記」のこの句の前に、那須温泉の温泉六ヶ所の湧出箇所とその温度についての叙述がある。当日の叙述の初めから以下に示しておく(頴原・尾形訳注角川文庫版「おくのほそ道」所収のものを底本としたが、恣意的に正字化した)。

 

一 一九日 快晴。予、鉢ニ出ル。朝飯後、圖書家來角左衞門ヲ黑羽ヘ戻ス。午ノ上尅、温泉ヘ參詣。神主越中出合、寶物ヲ拜。與一扇ノ的躬殘ノカブラ壱本・征矢十本・蟇目ノカブラ壱本・檜扇子壱本、金ノ繪也。正一位ノ宣旨・緣起等拜ム。夫ヨリ殺生石ヲ見ル。宿五左衞門案内。以上湯數六ケ所。上ハ出ル事不定。次ハ冷、ソノ次ハ温冷兼、御橋ノ下也。ソノ次ハ不出。ソノ次温湯アツシ。ソノ次、湯也ノ由、所ノ云也。

 

 「鉢」は托鉢。「午ノ上尅」は午前十一時半頃。「與一」那須与一。屋島合戦の折りの扇の的の一件の際、成就を祈願したのが本明神であった。「躬殘」は「射殘」の誤記。「御橋」温泉大明神に向かう間にある神橋。「所ノ云也」は「所ノ者云也」の脱字か(以上は一部を底本の注に拠った)。

 前の二句は「岩淸水」「石淸水」に一般名詞石清水八幡宮を掛け、「湯をむすぶ」(湯や清水を両手ですくう・掬(きく)する)と、「ちかひ」「誓」を結ぶ(願を掛ける)の意を掛ける。「湯」「むすぶ」「淸水」は縁語で、しかも「むすぶ」という語は謡曲「殺生石」(前記事参照)の冒頭で「冬夏(とおげ)をも結ばばやと思ひ候」「浮世の旅に迷ひ行く 心の奥を白河(しらかは)の 結び籠めたる下野や」を念頭においているに違いなく、特に後者は「白河」「下野」(の川水を掬ぶ/下野国那須野の原に露が結び籠める)でこの「奥の細道」のシークエンスのジョイントにもなる。但し、祝祭句とはいえ、修辞技巧や故実が見えてくると底なし沼のような感じを与える句で却って息苦しい結果となっているようにも見える。寧ろ、作句データ不詳の第三句目のリアリズムの諧謔の方が詠む者の心に爽やかに沁みてくる感じがする。]

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