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2014/06/16

ブログ・アクセス590000突破記念 火野葦平 名探偵 

本日、只今ブログ・アクセス590030――6月2日の一日8839アクセスという特異点によって最短期間の14日で突破更新となった――芸がないが、何時もの通り、「河童曼荼羅」から記念テクストとする。

   名探偵   火野葦平

 

 鈍重で、暗愚ではあるが、眞摯(しんし)で、倣岸(がうがん)で、怠惰な河童の話をしよう。

 鈍重で、暗愚ではあるが、眞摯で、倣岸で、怠惰な一匹の河童が棲んでゐた。かれの棲所(すみか)は、いつも秋になると、始末に困るほど紅葉の落葉が堆積して、水面を際してしまひ、黄昏(たそがれ)どきはうつかり地面と錯覺して、その上を歩きかねないやうな、林間のせまい淵の底にあつた。このもつともらしい住居のたたずまひは、その住者にさへも若干の箔(はく)をつけるものとみえ、かれは仲間たちの間に、一種奇妙な尊敬の念をかちえてゐた。かれは獨身で、まだ若かつたにもかかはらず、どうしたわけか、仲間からはひどく年よりのやうに考へられてゐて、なにかのたびに智慧を借りに來られることがあつた。しかし、暗愚なために仲間によい智慧をさづけることのできるのは稀であつた。にもかかはらず、なんとなしに、かれが人氣を失はなかつたのは、その鹿爪らしい住居と、眞摯にして倣岸な樣子とが、仲間の眼をくらましてゐたやうに思はれる。かれは仲間に失望をあたへることが自分の無學の故と知りはしたが、怠惰であつたので、あらためて勉強しようといふやうな勇猛心などは、けつして起さなかつた。

 或るとき、かれは生命にかかはるやうな冒險をした後、仲間のあひだから消息を絶つてしまつた。春も終りにちかい頃で、林間の淵のうへには、山吹の花が黄金の小紋散らしとなり、風にしたがつてくるくると舞つてゐることが多かつた。しかし、その山吹の舞ふ水の下には、もはやかれの姿を見いだすことはできなかつた。智慧を借りにでかけた仲間たちの間から、かれの失踪の噂がしだいにひろまつた。さうして、淵の上の花が百日紅(さるすべり)に變つたころになつて、ひよつとしたら、風がはりで無愛想なかれが、誰にも告げずに、瓢然と旅にでも出たのではないかと考へてゐた仲間たちも、やうやく、かれの不在に疑問の眼をそそぎはじめた。各地にある河童たちとは常になんらかの形で連絡があり、數ヶ月にわたつて杳(よう)として消息がないといふやうなことはあり得ないのである。さうして、かれが淵の棲所からゐなくなつたばかりではなく、この世からもゐなくなつたのだといふことを、淵の上を紅葉が隱してしまふ頃になつて、仲間たらは確信するやうになつた。しかしながら、そのことは仲間たらに一抹の寂寥をあたへはしたが、ひどい悲しみにおとしいれたといふほどのことでもなかつた。かれはほとんど係累を持たなかつたし、かれの名聲といふものも根據が薄弱であつたために、かれの不思議な失踪は、悲歎よりも好奇心をひきおこすにとどまつたやうに思はれる。實際はさうではなく、かれのために感動すべき愛情をかたむけて、歎き悲しんだ者もあつたのであるが、――それは後に語ることとして、かれの失踪に對する興味の一端は、淵の上に薄氷が張る頃になると、ひとりの名探偵の活躍となつてあらはれた。

 名探偵は、最初、かれが殺害されたものであると判斷した。犯人の目標などがあつたわけではないが、探偵といふものは行方不明になつた者をまづ被害者と考へてみなければ、事件への興味が湧かず、またその不埒(ふらち)なる加害者を膺懲(ようちよう)する人道的な勇氣もおこらないからである。事件が殘忍で複雜であればあるほど、かれは滿足し、明智な頭腦は推理の糸を縱横無盡にはりめぐらして、眞實を追求する快感にひたるのである。環境の頑固一徹なる現實の上に、嚴として立つ常識への信賴が、生活のうへにつくる過誤すらも、ひとつの眞理としなければならぬやうな世界では、悲劇も喜劇も混同されることがあるといふが、失踪した一匹の風攣りな河童への追求も、まづきはめて喜劇的にはじめられた。

[やぶちゃん注:「膺懲」は打ち懲らすこと。征伐して懲らしめること。]

 失踪の直前に、かれが行つた冒險は、生命にかかはるほどの危險を孕(はら)んでゐたにもかかはらず、仲間うちから嘲笑された。かれは晩春の月明の夜、月光を登攀(とうはん)せんとこころみて、したたかに腰を打ち、甲羅の三枚を碎いたのである。海拔は一千尺をすこし越える程度であつたが、この南國の山脈には、亭々たる杉林がみごとな配列を成して果てもなくつらなつてゐた。蓊鬱(をううつ)たる杉の梢の間に、點々と星がのぞまれ、月の夜には木の間を洩れて、靑白い光線が地上にいくつもの隈をつくつた。或る霧の夜、その光線は高い杉の梢から地上まで、銀色のいくつもの條(すぢ)になつて、斜にはつきりとあらはれた。それはとらへどころのない光ではなくして、あたかも堅い木の梯子(はしご)をかけたのに似てゐた。かれがいかに暗愚であつたとはいへ、それを攀(よ)ぢ登らうと考へついたことは無謀といふほかはないが、仲間の或る者はかれは醉つてゐたのであらうといつてゐる。或ひはそれが實體のない光線であると知りつつ、あらゆる先覺者と詩人とがさうであつたやうに、創造と發見との異常な感動をもつて、嘗てなにびとも行はなかつた冒險をこころみようとしたのであつたかも知れない。いづれにしろ、ことの眞實はいまは永遠の謎として、誰も解くことはできないのである。ただ、かれがその冒險に成功することができなかつたといふ結果において、仲間から嘲笑され、且つ、その途方もない實驗によつて腰の蝶番がはづれ、大切な甲羅を三枚も割つたといふ滑稽至極さによつて、仲間から輕蔑されることになつた。それでも彼に好意を寄せる者はまだあつて、智慧を借りに淵の底にでかけたのであるが、もはやかれの姿を見ることはできなかつたのである。

[やぶちゃん注:「蓊鬱」草木が盛んに茂るさま。]

 仲間のうちから、これと覺しき者たちが名探偵の訊問(じんもん)を受けた。主張と、鼻孔の大きいので有名なこの探偵は、いつもの癖で、突出した下唇をべろべろとなめながら、細いが鋭い眼で相手をにらみすゑるやうにした。この威嚴のために、いはずともすむことをいふ氣の弱い河童もあつた。さうして、死人に口なく、且つ、ひとは死ぬればさまざまのことが明るみに出されるといふ世間の習慣どほり、一篇の傳記ができあがるほどの實におびただしい事實が語られた。探偵は滿足げに、ときにいらだたしげに、ときに卑しげな笑みをたたへて、それらの陳述をきいた。生前は一つの魅力であつた眞摯で倣岸な樣子も、考へてみれば空ゐばりにすぎなかつたといふものもあれば、かれに智慧を借りに行つたりしたのが、いかに馬鹿げたことであつたかと後悔するものもあり、かれはひとびとのいふほど暗愚ではなく、なかなかよいところもあつた、惜しい男を殺したと眼底をうるませるものもあつた。また、中には、かれの風流な棲所はもと自分の祖先の所有であつたものにちがひないのであるが、いつの日からかかれが棲んで居り、証據もないままに、抗議をすることもできずにゐたけれども、もはやかれが死した以上は自分が接收をする權利があると、口角に泡を飛ばすのもあつた。この慾張りな提言はこの記人の立場をもつとも不利にした。多くの仲間たちが檢(しら)べられたにもかかはらず、名探偵は實は内心當惑しつつあつた。失踪した河童は一種かはつた氣質の者であつたことは事實であるが、他から怨恨を買ふ男でなかつたことがしだいに明確になつて來たからである。名探偵が最初の假説に疑惑をいだきはじめたとき、この河童の申し出はもつれた推理の糸に靈感的な血路をあたへた。すなはち、この河童こそ、祖先傳來の住所を奪還するために、かれを殺害したものに相違ないと、名探偵はやや疲弊をおぼえた心にほつと安堵の息を洩らしたのであつた。他の河童はすべて歸され、その河童のみが殘された。さうして鋭い糺問(きうもん)がつづけられ、時間が經ち、被告は泣きだし、名探偵はさらに疲れた。この愚かしい河童が祖先を持ちだしたのは、日ごろから羨望に耐へなかつた淵の住居をわがものにしたいために、考へだした口實にすぎなかつたとわかつて、十八ほど毆られたうへ放逐されたが、名探偵の落膽はいひやうもなかつた。かくて、事件は迷宮に入るものと思はれたけれども、勇氣に富む名探偵の活躍は、その卓拔なる科學智識と、明暫なる頭腦との驅使によつて、一段と精彩をはなつた。かれは能ふかぎり探究の手をひろげ、足にまかせて踏査し、晝夜をも、歳月をもわかたず、巨軀は苦勞のために瘦せてみちがへるほどになり、その熱情のはげしさの故に、さらに無辜(むこ)なるものに多くの迷惑を及ぼした。

 ここに一つの不思議は、いづくをさがすとも、屍體の見あたらぬことである。河童が生を經つたときには、靑苔に似たどろどろの液體となつて溶けるのであるが、その痕跡はどこにもなかつた。嘗て、多くの河童たちが仲間われのためにたたかひ、戰死者たちの屍煙の液汁が農作物を害したために、人間の山伏の法力にかかつて、その土地の河童のことごとくが地中に封じこめられるといふ不慮の災厄にあふ事件がおこつた。それは河童たちを警(いま)しめる教訓となってゐるので、河童は死期が來ると、さういふ災ひにあはぬ工夫と場所をえらぶのが常であつたが、さういふ場所のあらゆる心あたりを探査しても、失踪した河童の行方は知られなかつた。

 名探偵のあらゆる智能の傾倒にもかかはらず、遂に一つの祕密のみは世に知られずに經つた。前に、かの河童のために心から歎き悲しんだものがないわけではなかつたと書いたが、ここにひとりの心やさしい女の河童があつて、日夜、深い悲歎に暮れてゐた。かの女はかれと契つたといふ仲でもなく、まして夫婦でも戀人でもなかつたにかかはらず、かねて、かれの孤獨な姿に心を惹かれ、その胸のなかの思ひは耐へがたいほどになつてゐた。いつか打ちあける日のあることを考へてゐたときに、思ふひとはこの世から去つてしまつた。かの女はなにかのことで、淵の棲所に智慧を借りに行つたことがあり、そののち五六囘會つて話したことがあるきりであつた。しかしながら、愛情のみが奇蹟をあらはすといふ古典的な傳承を、かの女は正確にうけついだ。名探偵があらゆる精緻な努力を傾けて、なほ未だに解明し得ざることを、かの女はその深い愛情と悲しみとによつて、直感的に理解してゐた。もとより失踪した河童は殺されたわけではなく、まつたくこの世から消えてしまつたのである。霧と月の夜、杉林のなかでかれがおこなつた冒險は、醉餘のはてでもなんでもなかつた。仲間たらから嘲笑され、輕蔑きれるにいたつたその行爲は、かれの全生命への登攀(とうはん)であり、冒險であつた。あのひとは、常人の理解することのできないものを持つてゐた、とかの女は考へる。月光を攀(よ)ぢんとしたとき、かれにはその結果も批判も念頭にはなかつた。光線をのぼるといふやうな魔術が河童などにできるわけがない。しからば、それはまさしく無謀であつたであらうか。かの女はその現場にゐたわけではかつたけれども、情熱をこめた瞳を光らし、はげしい精神の頂點にあつて一切を忘却してゐる戀びとが、地と杉の梢とをむすぶ銀の光線の中間に立つてゐる姿が、かの女の腦裡にはありありと見えた。かれはすでに半(なかば)をのぼり、いま少しといふところで、地上に轉落したのだ。はじめから光線を攀ぢることができなかつたのであれば、光線の起點たる地上からすでにのぼることができず、したがつて、地上において腰をくだき、甲羅を破るといふやうなことがおこる筈がない。かれはその意慾の強烈さをもつて、不可能を半(なかば)可能にした。光線を半のぼつた。さうして、なにかの精神の弛緩(ちくわん)のために、そこから墜落した。かれがいますこしの努力をもつて杉林の梢に到達してゐたなれば、いつたいどういふことになつたであらうか。嘲笑され輕蔑されるかはりに、仲間うちから英雄として祭りあげられ、その名聲は津々浦々に喧傳されるであらう。さうして、日ごろからかれを暗愚であるの、鈍重であるのといつて譏(そし)つてゐた連中までも、かれの膝下に伺候することを光榮であると思ふにいたるであらう。このやうな成果はしかしかの女にとつて、喜ぶべきことであるかどうかはわからなかつた。かの女は戀びとが英雄となり、遠くなることをむしろ悲しいとさへ思ふであらう。戀びとは失敗し、英雄とならなかつた。さうして、嘲笑の冷やかな眼をのがれて、跛(びつこ)をひきひき、悲しげな樣子で、淵の底へ歸つたかれを、かの女はさらに愛(いと)ほしく思つた。また、かれが自分の行爲を一切辯解しようとしなかつた忍耐を立派であると考へた。惚れてしまへば、どんなことでもよく見えるものである。かの女は胡桃(くるみ)と山蕗の實とを土産に、淵の底に見舞に行つた。かれは膝を抱いて、水のしたたる岩壁にもたれてゐたが、かの女がはいっても見むきもせず、かの女がなにをいっても不機嫌さうに生返事をするばかりであつた。かの女はいつものかれとちがつて、なんとなく細くなつてゐるやうな賴りなげの様子を見て、胸がふさがつた。かれの顏は悲しみと羞恥と、また憤りに似たいらだたしいものに滿たされてゐて、かの女の賞揚となぐさめの藁はその澁面を深めるばかりと思はれた。かの女は濡れた睫毛(まつげ)をこすりながら、ふと不思議なものに眼をとめた。かれの左胸のあたりを一匹の蜥蜴(とかげ)が通りすぎた。かの女は眼をこらした。それは胸のうへでもなく、中でもなく、背でもなかつた。うしろの巖壁のうへを走つたのが身體を透(すか)して見えたのであつた。かれが煩ささうにしてゐるので、山蕗と胡桃の實とを足もとに置き、かの女は重い心を抱いて淵を出た。かれの失踪が傳へられたとき、かの女は卒倒せんばかりであつた。硝子のやうに身體を透して見えた一匹の蜥蜴が不吉な影像となつて、腦裡にうかんだ。あのひとは消えてしまつた。この世からまつたくゐなくなつてしまつた。自分の行爲の失敗、その羞恥のために耐へきれず、この世を去つてしまつた。もうすこし強い心を持つ者ならば、さらに勇猛心をふるひおこすところであらうが、怠惰なかれはただ自己批判と自己嫌悪とに退却するばかりであつた。もうあのひとは歸つて來ない。かの女は悲歎に暮れて、淵の底へ行つた。山蕗と胡桃の實とがあのときのままに置かれ、靑苔の寄生した巖壁には、この山脈の肌の内部をながれてゐる淨(きよ)らかな淸水が、なめらかに光りながら間斷なくしたたつてゐた。この壁にあの人はもたれてゐたと、胸のつぶれるやうな切なさにうたれながら、かの女ももたれてみたが、騷がしい物音や聲がして來たので、あわてて岩かげへかくれた。名探偵が證人たちを引き具して、ものものしげに入つて來た。

 事件が迷宮にはいると、今度は探偵に對する冷笑がおこつた。嘲笑は露骨となり、ときには惡罵となつた。全力をつくしたにもかかはらず、なにごとも解決されなかつた。いまは昔の面影もなく瘦せ衰へた名探偵は、憔悴した面持をたたへて、淵のかたはらに彳(たたず)んだ。淵のうへには落葉が堆積し、さらに強い晩秋の風によつて吹きおとされる木の葉が、そのうへに積もり、また散つた。自分の頭腦と方法に自信をもつことによつて、倣岸不羈(き)であつた探偵は、いまは懷疑にとざされ、その重々しい憂愁のこころの底には、はげしい自己嫌悪がおこり、かぎりない羞恥のこころが兆(きざ)してゐた。落葉は雪のごとく、木枯(こがらし)はさらに強く、背の甲羅も剝(は)がさんばかりであつた。名探偵の羞恥の息注いつそう深くなつていつたが、いつか、その淵のほとりから、その姿が消え、落葉のはげしさのなかに、山の黄昏がおとづれてゐた。

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