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2014/06/09

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十二章 北方の島 蝦夷 12 モース、後生車を描く

M353
図―353

M354

図―354

 先日、新しい路を通って海岸へ行く途中、長さ三フィートばかりで、粗末な切石の礎石にのって並んでいる、石像を写生した。これ等は明瞭に仏陀であるが、それと直角に、それぞれ頭に小さな屋根を持つ四角い木柱が、一列になって並んでいた。これ等の柱には、字が書いてあった。柱には一つ残らず手で廻すことの出来る鉄の車があり、車には、それを廻すとジャラジャラ鳴る鉄の環が、いくつかついていた。これ等は「祈禱柱」と呼ばれ、鉄環の音は、神々の注意を歎願者に向けるのである。これは私の召使いの一人が話したことであるが、私は西蔵(チベット)の仏教徒たちの祈禱輪を思い出した。彼等にとっては車輪の一回転が一つの祈禱なので、その車輪を力まかせに廻すことによってウンとお願いすることが出来る。私はまだこの装置を、日本本土では見たことがない。あるにはあるだろうが――。国353は、石像と柱との写生図であり、図354は車輪と、ジャラジャラ鳴る環とを示している。

[やぶちゃん注:「三フィート」凡そ九一センチメートル。

「これ等は明瞭に仏陀である」図からは六地蔵かと思われる。

「祈禱柱」原文“praying-posts”。これは所謂、「天気輪(てんきりん)」「天気柱(てんきばしら)又は「後生車(ごしょうぐるま)」である。主に東北地方の寺院や墓場の入り口に置かれる、モースの絵のような輪のついた石製又は木製の柱である(輪は近世以降のものでは金属製のものも多い)。輪を回すことによって死者を供養したり、自身の後世(ごぜ)に於ける往生を願ったりする以外にも、種々の吉凶や天気を占ったり、またお百度参りの際の回数の確認に回されたりする。モースが述べた通り、これはチベットのマニ車をルーツとするものである。実はモースは気づいていないようだが、彼は同じものを一年前に浅草で見たばかりか、回して絵まで描いているのである。そう第八章 東京に於る生活 13 浅草界隈逍遙の、あの浅草の寺の巨大な輪堂式のマニ車である。そこではモースは『横手の小さな寺院で、我々は不思議な信仰の対象を見た。それはゴテゴテと彫刻をし、色をぬった高さ十フィートか十五フィート位の巨大な木造の品で、地上の回転軸にのっている。その横から棒が出ていて一寸力を入れてこれを押すと、全体を回転させることが出来る。この箱には、ある有名な仏教の坊さんの漢籍の書庫が納めてあり、信者達がこれを廻しに入って来る。楽にまわれば祈願は達せられ、中々まわらなければ一寸むずかしい。この祈願計にかかっては、ティンダルの議論も歯が立つまい! 図208にある通り、私もやって見た。』(「ティンダルの議論」についてはリンク先に注してあるので参照されたい)と記していて、これがマニ車をルーツとすることは分かっているようではあるが、ここではそのこと自体を忘れてしまっているようである。また、モースの最初の大旅行となった日光にも後生車はあるから目にする機会はあったと思うのだが、来日直後のテンション上がりっぱなしの中にあっては、それどころではなかったとしても納得は出来る。個人的にこの後生車というのが私は好きで好きでたまらぬ。冬の石山寺の参道のそれに私は強く心打たれた。後生車――それは確かにあの世への発車の合図――賢治の銀河鉄道の天気輪の柱――である……

「祈禱輪」原文“the prayingwheels”。マニ車。]

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