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2014/06/09

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十二章 北方の島 蝦夷 13 函館点描 

 昨夜当町の別の区域で、ある種の祭礼が行われたので、私は群衆に混ってブラブラ出かけた。寺院へ通じる往来の両側は、四分の一マイルにわたって、二列の燈籠で照らされていた。その中の一列は、両側とも、多くは、滑稽な絵を措いた燈籠で、絵は皆違っていた。私は画家の変化性と技巧とに、感心せざるを得なかったが、而もそれ等の絵は、大急ぎでなすりつけたものであることが、明かに見られた。寺院の前は人の黒山で、廊下にある大きな箱に銅貨を投げ込み、手をたたき、熱心に祈っていた。僧侶達は、見受ける所、大法会をやり、そして天運を授与しているらしい。すくなくとも彼等は、戸の上に張りつけて悪霊の侵入をふせぐ、小さな紙片を売っていた。町の乞食――恐らく十人ぐらいいたであろう――は路の片側に一列に並び、手に持った鐘を、のろい単調な調子をとりながら、たたいていた。

[やぶちゃん注:「寺院」不詳。祭(法会)を含め、識者の御教授を乞うものである。

「四分の一マイル」四百メートル強。]

 

 それは不思議な光景であり、また私にとっては、かかる気のいい、ニコニコした人々の群の中を、「肘でかきわけ」て行くことが不思議に思えた。「肘でかきわける」というのは、日本では通じない言葉である。どんなにぎつしり立て込んでいても、周囲の人々に触れることはなく、「ゴメンナサイ」といいさえすれば、群衆は路をあける。加うるに、私は完全に家にいるような気がして、最初見た時には記録するのに多忙を極めた、多くの事物や出来ごとが、今や、更に私の注意を引かない。これによっても、日誌を書く人が、第一印象を即座に書きつけることが、如何に大切であるかがわかる。

[やぶちゃん注:やや分かり難い。前の段の賤民である乞食が列を成して参詣客に言葉をかけることなく、「肘でかきわけ」て進んで行くので、それが「不思議な光景」と言っているようであるが、上述がそこから一般論に転じて祭礼のシーンに戻っていないため、何だか半可通な印象を与えている。]

M355

図―355 

 図355は、私のいる所から筋かいの向こうに見える、古い家屋である。これは屢々見受ける所の、典型的なもので、防火建築の周囲に、家に似た建造物を建てたものである。火事が起こると、品物を片端から防火の部分にかつぎ込み、窓を泥土で目塗りする。

[やぶちゃん注:これは所謂、図355のように土蔵様の納戸が中央にデンと構えて突き出た家屋構造、古えの塗籠(ぬりごめ)のような構造のことを言っているように私は読んだ。

 以下、有意な一行空けがある。]

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