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2014/06/17

橋本多佳子句集「紅絲」 蘇枋の紅 Ⅰ

 蘇枋の紅

 

[やぶちゃん注:「後記」によって以下の作品群は昭和二四(一九四九)年と翌年の春の二度の上京の際の創作であることが分かる(年譜にはしかし昭和二十四年の上京記事はない)。「蘇枋」は「すはう(すおう)」。植物体としては本来はマメ目マメ科ジャケツイバラ亜科ジャケツイバラ属スオウ Caesalpinia sappa を指す(この心材や莢からは赤色の染料ブラジリンが採取され、その色を蘇芳色と呼ぶ。ウィキの「スオウ」に拠る)が、この花は五月~六月頃に咲き、しかも赤くなく黄色い。「蘇枋」の如く「紅」色で、ここの冒頭にあるように桜咲く春に咲くにはジャケツイバラ亜科ハナズオウ Cercis chinensis である。こちらは早春に枝に花芽を多数つけ、三~四月頃に葉に先立って開花、その花は花柄がなく、枝から直接、花が咲く。花は基本的に紅色から赤紫色を呈し、長さ一センチメートルほどの蝶の形をしている。和名は「花蘇芳」で花弁の色がスオウで染めた色に似ているからである(ウィキの「ハナズオウ」に拠る)が、実はしばしば園芸家の間でも「ハナズオウ」は単に「スオウ」と呼ばれることがネットを調べると分かる。以下に出る標題句「蘇枋の紅(べに)昃(ひかげ)る齢(よはひ)同じうす」から見て、この「蘇枋」はスオウ Caesalpinia sappa ではなく、後者のジャケツイバラ亜科ハナズオウ Cercis chinensis である。因みに「蘇芳の紅」色とはこの色である(リンク先は「Color-Sample.com」)。]

 

  上京して

 

夜の雨万朶の花に滲み通る

 

足濡れてゐれば悲しき桜かな

 

過去は切れ切れ桜は房のまゝ落ちて

 

起りたる桜吹雪のとゞまらず

 

  中村汀女さんに初めてお逢ひする

 

蘇枋の紅(べに)昃る齢(よはひ)同じうす

 

[やぶちゃん注:「後記」にはこの「蘇枋の紅」句群は昭和二四(一九四九)年と翌年の春の二度の上京の際の創作であるとするのであるが、年譜には昭和二十四年の上京記事はない。これは多佳子の記憶違いではなかろうか? 年譜から推定すると、昭和二三(一九四八)年四月の『上京、目白の国子』(次女。彼女の婚約者堀内三郎氏は昭和十九年学徒動員で出兵、終戦後の内地帰還の途次に遭難している。この前年の六月に国子は小布施大三郎氏と結婚している)『宅に滞在。東京の俳人たちと会う』とあるのがそれかと思われる。「昃る」は「ひかげる」と読み、恐らくは庭に咲くハナズオウ(前注参照)の紅い花の実景に互いの「ひかげるよはひ」とを掛けたものである。私は初読時、「蘇枋」色の紅(べに)で、黒味を帯びた赤い口紅の色を指し、汀女が「蘇枋の紅」を点(さ)していたものかと思ったりしたが、それでは露骨に如何にも無礼な句となってしまうということに、無粋な男である私は愚かにもなかなか気づかなかったのであった。そもそもがこの前後の句群は花尽くしでもあり……いや、私はそういう迂闊な男だつたのです……。星野立子・橋本多佳子・三橋鷹女とともに「4T」と呼ばれた中村汀女は明治三三(一九〇〇)年生まれで、当時、四十八、多佳子より一つ若い。]

 

いたどりの一節(よ)の紅に旅曇る

 

いそがざるものありや牡丹に雨かゝる

 

木蓮の一枝を折りぬあつは散るとも

 

旅の手の夏みかんむきなほ汚る

 

春空に鞠とゞまるは落つるとき

 

[やぶちゃん注:多佳子の私の偏愛句である。]

 

咽喉疼(いた)き旅寢や燕吻づくる

 

禱りちがふ三色もてすみれ一輪なす

 

[やぶちゃん注:この句、私にはなかなか難しい。以下のように、まずは詠んだ。

 春(プリマヴェーラ)の女神の花であるスミレ目スミレ科スミレ属 Viola のスミレ類は、「慈愛」のシンボルとしてのバラ及び「清純」のユリとともに「控えめさ」と「誠実」を象徴する聖母マリアの花ともされる。ここはそのキリスト教の聖母への「禱り」(いのり)を指していると読めなくはないが、どうも「ちがふ」という語彙から考えると、文字通り、違う意味であろう。そこでビオラ・トリコロール、「三色すみれ」を調べる。スミレ属サンシキスミレ Viola tricolor ウィキに「サンシキスミレ」によれば(一部の記号を改変した)、『サンシキスミレ、又はサンショクスミレ(三色菫)は、一年生もしくは短命な多年生の野草。園芸種であるパンジーの原種の一つで、それゆえ数多くある英名の一つにワイルドパンジーの別名があり、その名で呼ばれることもある。園芸種が今日のように洗練され広く植栽される以前は、パンジーと云う語は当種を指した』とあり、『ヨーロッパに広く分布する。北米にも移入されて広まり、ジョニー・ジャンプ・アップ johnny jump up の名で親しまれているが、黄花を咲かせる近縁種もこの名で呼ばれることがある。日本には移入されておらず,野外逸出もしていないが、かつて園芸種のパンジーの和名にこの名が用いられたので,年配者はパンジーをこの名で呼ぶことがある。なお現在ではパンジーと本種は別種に扱われている』とあり、「人間との関係」の項に『数ある英名の一つである heartsease の名にちなみ、長らく失恋 heart break の特効薬であるといわれ続けた歴史を有する』と出る。“ease”は「楽」「気楽」「安心」「安楽」「悩みなき安楽なる生活」をいう。また「文学での扱い」の項には『園芸種のパンジーが市場に出回る以前、またの名をパンジーとされた本種は、しばしばその花言葉(フランス語のパンセ “pensee”物思い)と関連付けられた。ゆえにウィリアム・シェイクスピアのハムレットに登場するオフィーリアが口にする台詞 “There's pansies, that's for thoughts”(これはパンジー、物思いの徴)のパンジーについて、シェイクスピアの念頭には園芸種ではなく本種があった。シェイクスピアは、戯曲夏の夜の夢の作中にて、さらに重要な役割をサンシキスミレに担わせている。妖精の王オベロンは、乙女らが“love-in-idleness”「徒なる恋」と呼ぶ「西方に咲く小さな花」を手下の妖精パックに集めるために遣わす。「西の玉座に君臨する美しき処女(おそらくはエリザベス1世のこと)」を狙い、キューピッドの弓から放たれた矢はオベロンの計略によりそらされ「それまでは乳白色だったが、矢から受けた恋の傷で今では深紫に変わってしまった花」を持つ植物に落された。「帝権に魅入られし婦人」は、「恋を知らぬまま」、決して恋に陥ることのない運命を定められる一方で,「恋煩いの花」の絞り汁は、いまやオベロンの意図のまま「眠りについた者のまぶたに塗られたら、目覚めて初めて見たそれが、男であれ女であれ、激しく溺愛する」媚薬と化す。この魔力を備えたオベロンとパックは、シェイクスピア劇にはつきものの派手さと滑稽さの演出を引き立たせ、劇中に登場する様々な人物の運命を動かす』とある。

 さて、これらからこの句の難局である「禱りちがふ」という語を見つめなおしてみると――恋に纏わる秘かな「禱り」というものは、祈るその一個の女人(と私は採る)の心中にあっても、「ちがふ」、「たがふ」、本来ならば同時にあり得ない相反するような複雑に食い違った錯綜した「禱り」として「在る」、しかもそれが一個の女人の願いなのだ――と多佳子はいいたいのではあるまいか? と感じさせるのであるが、如何? 大方の御批判を俟つものではある。]

 

花栗に寄りしばかりに香にまみる

 

[やぶちゃん注:多佳子のこの句より二年後の昭和二十七(一九五二)年鈴木しづ子に、

 

 わが十指花栗の香にまみれけり

 

がある(リンク先は私のブログでの選句)。そこでも注したが、栗の花の匂いには、男性の前立腺から分泌するスペルミンC10H26N4というポリアミンが含まれている。栗の花はしばしば精液の匂いと同じだとされる。私に高校生の時、このことをちょっとはにかんだ笑顔で教えてくれたのは――理科の先生でも、ませた友人でも、なかった――私の母であった。]

 

敷かれたるハンカチ心素直に坐す

 

驟雨の中歩幅あはされゐたりけり

 

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