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2014/06/09

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十二章 北方の島 蝦夷 9 最初のドレッジ

M350
図―350

M351
図―351

 七月十九日、金曜日。今日最初の曳網をやった。蒸汽艇は、我々を津軽海峡という名の、蝦夷を日本本土から引き離している海峡へ、連れて行く準備をしていた。蒸汽艇が実に小綺麗で清潔だったので、私は曳網をすると、泥や水で恐しくきたならしくなることを説明し、小さな舟を曳いて貰って、その中で曳網をした。図350は、古い日本の税関を、ざっと写したものである。我々はこの建物の右半分を占領しているが、窓が五つ、相接してついているので、光線は実によく入る。屋根には重々しく瓦が葺いてあり、そして私が写生した時には、鷗(かもめ)が数羽、皆同じ方向に頭を向けて、屋梁(やね)にとまっていた。図351は蒸汽艇が和船を曳船している所を示す。この和船の内へ曳網をあげ、内容を出し、その後我々は貝、ひとでその他を、バケツに入れて、汽艇へ持ち込み、其所で保存したいと思う材料を選りわける。これ以上便利で賛沢な手配で、この仕事をしたことは、いまだかつて無い。最初の時は大雨が降って来て、私はズブ濡れになった。採集した材料は、より南方の地域のものとは非常に違っていた。貝は北方の物の形に似ていたが、而もある種の、南方の形式も混入していた。美しい腕足類があったが、その一つのコマホウズキガイは、薄紅色で、生長線がぎっしりとついている。これや、その他は、研究用に生かしておこうと思う。

[やぶちゃん注:矢田部良吉の「北海道旅行日誌」によれば、函館到着の翌日である十七日の条に『午前試驗室ニ至リ』『明朝探底(ドレヂ)ノ用意ヲ爲セリ』とある(「試驗室」は先の運上所(船改所)に急造されたラボラトリーのこと)。その翌十九日の条に『朝八時頃ヨリ小汽船ニテ探底ニ出』とあって、『探底器ハ一小舟ニ載セテ汽船ト共ニ行ケリ』とある。

 

「コマホウズキガイ」原文“Terebratulina”。この“Terebratulina”は冠輪動物上門腕足門嘴殻亜門嘴殻綱(二綱分類では有関節亜綱)穿殻(テレブラツラ)目穿殻亜目カンセロチリス科 Cancellothyrididae に属する仲間でタテスジチョウチンガイ Terebratulina japonica 若しくはその近縁種を指す(本属の日本産現生種は他に八種ほど確認されている)。タテスジチョウチンガイ Terebratulina japonica は、殻が長細い五角形又は紡錘形で、殻色は白又は淡黄褐色を呈し(モースの「薄紅色」はこれにやや一致する)で、殻長は十七ミリメートルほど、表面に細かな放射条が多数あるが、成長線は不鮮明(モースの「生長線がぎっしりとついている」というのとは合致しない)で、殻頂孔は円形。特に背殻内にある触手冠(lophophore:ロフォフォール。動物学用語で総担(ふさかつぎ)・ 触平冠などとも訳す。触手冠動物とも称するコケムシ・シャミセンガイなど微小な概ね固着性の動物の口器周辺にある摂餌用の輪状触手のこと。腕足動物では一対の腕(arm)に多数の細い触手が生える形で形成されてあり、有関節綱の種ではこれが腕骨(brachidium)と呼ばれる極めて複雑な触手冠支持構造物を形成しており、触手冠と腕骨の形が種によって甚だしく異なり、それが同定に役立つ。)を支える腕骨が長く伸び、捻冠(リボン)状になっていることを特徴とする。本邦の各地沿岸の水深一〇~三〇〇メートルに棲息する。但し、私はモースの「薄紅色」「生長線がぎっしりとついている」という叙述は寧ろ、近縁の穿殻(テレブラツラ)目貫殻(テレブラタリア)亜目ラクエウス科ホオズキチョウチン Laqueus rubellus とよく一致するように思われる。ホオズキチョウチン Laqueus rubellus はモースが特に記すにタテスジチョウチンガイ Terebratulina japonica よりも相応しく、殻は卵型で殼長は三センチメートルと倍近く、しかも殼色は黄色みを帯びた、まさに赤又は淡紅色を呈し、表面は平滑ながら成長線がはっきりと見える。殼頂孔は楕円で、日本各地の近海の四〇~五〇〇メートルに棲息し、やはり本属には他に八種が確認されている。当時の腕足綱有関節亜綱の分類がどうなっていたか分からないが、一つの可能性としてはホオズキチョウチン Laqueus rubellus やその仲間がTerebratulina 属に分類されていた可能性は十分にあるように思われる。磯野先生は「モースその日その日 ある御雇教師と近代日本」でやはりタテスジチョウチンガイ Terebratulina japonica に同定されておられるのだが、私としてはどうもこの時にモースが採取したのはホオズキチョウチン Laqueus rubellus ではなかったかと思うのである(以上の記載には保育社平成四(一九九二)年刊西村三郎編著「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」の馬渡峻輔氏の「触手動物門」の記載を主に参考にさせて頂いた。最後にグーグル画像検索のTerebratulina japonicaLaqueus rubellusを示しておく。地味な前者に比して、後者のホオズキチョウチンの方が明らかにモースをして「美しい腕足類」と記させるに相応しいものであることが、また私が頑なに拘る理由もご理解頂けるものと思う)。]

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