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2014/06/29

今日のシンクロニティ「奥の細道」の旅 32 平泉 光堂での棄てられた一句 螢火の晝は消えつゝ柱かな

本日二〇一四年六月二十九日(陰暦では二〇一四年六月三日)

   元禄二年五月 十三日

はグレゴリオ暦では

  一六八九年六月二十九日

である。【その三】実は光堂で創られていながら、恐らく最も知られていない芭蕉の句が次の句である。

 

螢火(ほたるび)の晝は消えつゝ柱かな

 

[やぶちゃん注:曾良本「おくのほそ道」で、先の「五月雨や年々降(ふる)も五百たび」の次に書かれて、見セ消チとなっている句である。この「晝は消えつゝ」の語自体は百人一首で知られる大中臣能宣朝臣の、

 御垣守衞士のたく火の夜は燃え晝は消えつつものをこそ思へ

に基づくが、山本健吉氏の「芭蕉全句」の評釈によれば、この眼目は霜雪に朽ちた金の『柱に昼の蛍を見たのは、芭蕉の幻であろう』『芭蕉の詩心は』実際には頽廃を食い止めた鞘堂を想像の中で『取り払』い、イメージされた『廃屋の中の、七宝の散り失せ』てしまった『朽ちた柱に、一匹の昼の蛍をを止まらせ』たのだとされ、昼の蛍、それは結局、清少納言の言う「冷(すさま)じきもの」に当たり、『火の消えた冷(すさま)じいさまの「昼の蛍」を取り合わせたところに、荒廃した光堂に寄せる芭蕉の感慨があった』。『同じく光堂を詠みながら、彼はその光耀と荒廃と、二様に詠み上げようとしたらしい。少なくとも「五月雨のふり残してや」』(その先行句も含めて)『だけでは、芭蕉の光堂から受けた感動は尽くされなかったのである。ただし句勢が弱いため、芭蕉はこの句を棄ててしまった』と美事に詠み解いておられる。蓋し、名評釈である。]

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