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2014/06/16

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十二章 北方の島 蝦夷 18 小樽のラボ

 私は当地の日本人と、中央日本にいる日本人との間の、著しい相違に気がついた。ここの人々は、顔の色つやがよく、婦人は南にいる婦人にくらべて、遙に背が高い。日本の北方の国から、津軽海峡を越して来て、夏の間海岸に沿うて住み、魚類を取引して町々を売って歩く、一種奇妙な魚売女がある。彼等は背が低く、ずんぐりしていて、非常にみっともよくない。赤く爛(ただ)れた眼をした、年はすくなくとも七十と見えるが、その実五十にはなっていまいと思われる、小さな老婆が、肩に天秤棒をかけて、往来をやって来た。その両端に下げた大きな籠には、巨大な帆立貝が入っていて、彼女はこれを行商しているのであった。私は彼女を呼び入れ、貝をいくつか買った後に、彼女がやったようにして荷物を上げて見ようとしたが、一方の籠を地面から離すこと丈しか出来なかった。私の日本人の伴侶も、かわるがわる試みたが、彼等にはあまりに重すぎた。老婆は非常に面白がったらしく、我々が一方の籠を持ち上ることすら断念した時、まるでうそみたいな話だが、静かにこの重荷を持ち上げ、丁寧に「サヨナラ」というと共に、元気よく庭を出て、絶対的な速度で往来を去って行った。この小さな、萎びた婆さんは、すでにこの荷物を、一マイルか、あるいはそれ以上も運搬したにかかわらず、続けさまに商品の名を呼ぶ程、息がつづくのであった。

[やぶちゃん注:「赤く爛れた眼をした」モースの眼を惹くほどに炎症が激しいというのはトラコーマ(Trachoma 真正細菌クラミジア門クラミジア綱クラミジア目クラミジア科クラミジア属クラミジア・トラコマチス Chlamydia trachomatis による伝染性の急性又は慢性角結膜炎。)かも知れない。

「一マイル」一・六一キロメートル。]

 

 茶店に落ついた我々は、実験の設備をさがした。役人が一人、我々と共にさがしに行ってくれ、やっとのことで、海岸に近い、以前は旅籠(はたご)屋だったあばら家に、一部屋発見することが出来た。看板にした古い柱は、まだ立っている。実にきたない所で、古い乾魚が筵の包や巻物になって一杯にあり、おまけにいろいろな徴候からして、ここはまた茶店としても使用されたことが知られた。だが、短時間の間に人夫二人が、どうにかこうにか掃除をした。そこで卓一脚、椅子数脚をはこび込み、我々は曳網、壺、酒精(アルコール)その他を入れた箱二個の荷を解いた。

[やぶちゃん注:矢田部日誌の七月二十七日の条に『早朝ヨリ船改所ノ宮峯喜代太氏ニ掛合ヒ一屋ヲ借受、当港滞在中ノ試験室卜爲セリ。』とある。]

M362

図―362

 

 図362はその建物を示す。我々の部屋は戸と、それからそれを通じて、何人かが夢中になって覗いている、入口とによって指示される。彼等の舌がガチャガチャいうことによって判断すると、我々の動作の一つ一つも、我々が取り出す瓶の一つ一つも、会話の題材となるらしい。彼等は従来動物採集者の群、おまけに「外国の蛮人」が加っているのなんぞは、見たことが無いのである。

M363364

図―363[やぶちゃん注:上の図。]

図―364[やぶちゃん注:下の図。]

 

 最後に、彼等の不断の凝視がうるさくなって来た私は、図々しく彼等を写生することによって、追い払おうと努めた。然しながら、これは目的を達しなかった。でも、私は写生図を一枚得た。図363がそれである。我々の仕事部屋、図364で示してある。

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