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2014/07/16

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十三章 アイヌ 23 室蘭から噴火湾を森へ(Ⅰ)

M418
図―418

M419

図―419

 

 日曜日の朝、船が四時に出帆するというので、我我は二時半に起きて朝飯を食い、荷ごしらえをした。船は六時迄、埠頭を離れなかったが、我々は日出前に乗込み、山にふち取られた岸を持つ湾の、この上もなく美しい景色を見た。我々の通る路は、高い崖に沿うていたが、見下す谷の深い闇の中には、鉄工所の火が赤々と燃えていた。太陽は雲のすぐ後にあり、水は穏かで、絵画的な日本人の一群が我々と同じ路を歩いて行った。附近唯一の外国人であることは楽しかったが、事実札幌と、途中で逢ったドイツのお医者様とを除いて、外国人には一人も逢わなかった。図418は船から急いで室蘭を写生したものである。我々が乗った小さな蒸汽船は、日本人で一杯だった。見ていて興味の深い彼等の気持のいい礼譲は、岬を廻って噴火湾へ出れば消えて了うと思っていたが、果して一時間も立たぬ内に、船が激しく揺れ出し、彼等はすべて、ひどく船に酔った。図419は室蘭港から出て来た所にある、岬の輪郭図である。この写生図で、岩が水平線のところで切り込まれていることに気がつくであろう。これは土地が隆起した証跡である。全島火山性で、不安定である。私は汽船から、二、三枚の写生をしたが、私自身の状態が、他の船客のそれに近くなって来たことに気がついたので、ちょっと休むために船室へ下りた。我々の上陸地点、森へ近づいた時、機関の火路が一本破裂して、殆ど火を消しかけた為、しばらくの間、我々は風と波との意のままに、ブラブラした。若し暴風雨が起ったら、我々はどうにもこうにもならなかったであろう。風は強く、雨は降り、そして、こんなに陸地に近くいながら、岸へ着けぬというのは、誠に腹立たしかった。最後に我我は動き出し、正午、森へ上陸した。

[やぶちゃん注:前に注した通り、矢田部日誌の八月四日の条には、『五時前稻川丸ト云フ小汽船ニ乘込ム』『十一時森着。午後一時過モールス、佐々木、高嶺ハ函館ニ出發セリ。余並ニ富次郎』『駒ヶ岳ニ登ル』と記す。

「室蘭港から出て来た所にある、岬」絵鞆(えとも)岬か。]

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