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2014/07/29

耳嚢 巻之八 實心盜賊を令感伏事

 實心盜賊を令感伏事

 

 八王子に布屋權三郎迚、有德なる富家(ふけ)あり。此家に若き年より勤(つとめ)たる手代に次兵衞と云(いへ)る有(あり)。生得貞實なる生れにて、厚恩に成りし主人へ是迄さしたる忠儀も不盡(つくさず)、人間一生其功もなさず相果(はて)んも無慙なり、しかれども何も是ぞ主人の爲になる事もなければとて、いか成(なる)所存ありしや、給金の内にて金子二三十兩もたくわへて、其内には如何なる了簡にや、五百疋三百疋の目錄包(づつみ)をこしらへ置(おき)ける。或日夜盜三人忍入(しのびいり)て、まづ次兵衞が上にまたがりて、前後より刀を拔(ぬき)て金子の合力(かふりよく)を乞ひけるにぞ、金の合力も可致(いたすべ)けれど、かくおさへ居(をり)候ては事調はず、しかれども聲をたてゝ汝らを捕へんとするにもあらず、主人は老人又は若年なれば、我だに取計(とりはから)はゞいか樣にも可成(なるべし)、御身たちも、いかなればかゝる業(わざ)をやなせる、某(それがし)殺さるゝとも、また不殺(ころさず)とも、盜惡事(ぬすみあくじ)なさんもの助かるべきいわれなし、近くは某殺さるゝを不厭(いとはず)、大聲をあげ御身と命がけに取合(とりあは)ば、起合(おきあふ)者も有て、おん身を捕へん、是まのあたりの災(わざわひ)なり、主人へ申聞(まうしきき)、多(おほく)の金遣しなばよかるべけれど、左(さ)なさば大勢の人、やわか起出(おきいで)ざる事や有べき、しかれば御身のためならず、某主人より貰ひ請(うけ)候目録、爰元(ここもと)にあり、外に手元に金なし、是を參らする也とて、側にある簞笥の引出しより、五百疋包みを壹つ宛三人へあたへ、くれぐれも、かゝるあやうき渡世はやめ給へと、しみじみ異見なしければ、さすが本心の善もありけるや、彼(かの)盜賊も金を請取立歸(うけとりたちかへ)りぬ。其翌年右盜賊の内、兩人白晝に來りて治兵衞を尋(たづね)、對面して、我々は去年(こぞ)來りて合力を受(うけ)し盜賊なり、さるにても其節御身の異見に感伏して其後は盜(ぬすみ)を止めて、合力の金子を元手として渡世なしぬれど、惡業故や今に貧窮にて日雇などとりて暮しぬ、さるにても御身の異見今に忘れず、貧(まづし)けれど心は安しなど、禮を述(のべ)けるゆゑ、今壹人は如何(いかが)成しやと尋ければ、是も惡業は止(やめ)て、此節上方へ稼(かせぐ)事ありてまかりぬといゝければ、次郎兵衞是を聞て、志あら玉(たま)りぬる上はとて、金三兩宛三包出して相渡し、是にていか樣(さま)にも元手を拵(こしらへ)て良民となれよとあたへけり。厚く禮を述て歸りぬ。是を聞(きく)輩(やから)あり、兩人志をあらためしといへば迚、實事とも思はれず、又々ゆすり取られたるなりと笑ひ嘲けりけるが、其あくる年、三人とも次兵衞を尋(たづね)來りて、兩度にあたへし金子を不殘持參(のこらずもちまゐ)り、其外禮謝の品をももちて次兵衞に對面し厚く禮を述けるとぞ。かの三人も、どこどこに今は宿(やど)をもちて、渡世なしぬと語りしとや。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:誠意から出た言が人心を感動せしめた例で連関。

・「忠儀」底本では右に『(義)』と訂正注を附す。

・「疋」当時の銭を数える単位。二十五文を一疋としたから、「五百疋」は一万二千五百文で凡そ三両相当、「三百疋」だと七千五百文で二両に少し足りない額に相当する。

・「治兵衞」ママ。訳では訂した。

・「次郎兵衞是を聞て」底本では名の部分の右にママ注記。訳では訂した。

・「志あら玉りぬる」底本では「あら玉」の右に『(改まり)』と注する。

・「やわか起出ざる事や有べき」の「やわか」はママ。「やはか」が正しい。副詞(副詞「やわ」+係助詞「か」)で反語の意を表わす。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 誠心が盜賊を感伏せしめたる事

 

 八王子に布屋権三郎とて、有徳なる富家(ふけ)があった。

 この家に若き年より勤めておった手代に、次兵衛と申す者がおる。

 生得、貞実なる生れにして、

「……厚恩を蒙ったるご主人さまへ、これまでさしたる忠義も尽くさず、人間一生、そうした恩義への報恩の一節(ひとふし)さえなすことのぅ相い果てんも、これ、如何にも恥ずかしことじゃ。……しかれども、我ら無才なれば、何もこれといって、ご主人さまのために出来得ること、これ、なければのぅ……」

と、如何なる所存のあったものか、主人から戴く給金の内より少しずつ残しおき、金子これ二、三十両も貯え、またその中(なか)には、これまた如何なる了簡か、五百疋・三百疋に小分け致いて、それを書き記したる目録包みを拵えておいた。

 さて、ある日の夜、押し込み強盗が三人、布屋に忍び入り、まずは手代部屋で独り寝ておった次兵衛の上に一人跨り、残る二人が前後よりだんびらを抜いて構え、

「……おぅ!……一つ、金子の合力(こうりょく)を、願いてぇんだがなぁ……」

と押し殺した声で威しつけた。

 と、次兵衛は、

「……金の合力もしてやろうとは思う。……思うがの、このように無体に押さえつけられたのでは、どうにもならん。……しかし、かく申したからといって、別段、隙を見て大声を挙げ人を呼び、お前さんらを捕えてもらおうなんどと思うておるわけではない。……大旦那さまと若旦那さまは、これ、老人と未だ若き者なればこそ、まあ、何なく、如何様(いかよう)にも我らがうまく取り計ろうこと、これ、容易に出来申す。……しかしな。おん身たちも、これ、如何なれば、かかる業(わざ)をばなさるるのじゃ?……儂(わし)が殺さるるとも、また殺されずとも、盜み悪事をばなさんとする者が、これ、何時までも無事に助かるべき謂われは、これ、ない。……今にも、例えば……儂が殺さるるを厭わず、御主人さまのために大声を挙げ、おん身と命懸けで取っ組み合ったとすれば、その物音に起きて来る者もあって、必ずやおん身を捕えるであろう。……これは、実に今、おん身の目前に迫った確かな災いじゃ。……儂がこっそりと大旦那さまへ申し開きを致いて、多分の金子を遣すことは、これ、出来得るならば、やってもよい。……が……そうすると本家は使用人も多ければこそ、変事を聴きつける者、これ、必ず、ある。……どうして大勢の人が起き出して来ぬことがあろうか。……しかればこそ、それはおん身らのためには勧めぬ。……じゃが……ここに、儂がご主人さまより特に請い貰い受け、何かの折りのためにと貯めおきたる五百疋の目録包み、これ、都合丁度、三包み、ある。……外には手元に金はない。一つ、これをそなたらに差し上げようと存ずる。――」

と、側にあった簞笥の引き出しより、五百疋の包みをやおら出だすと、一つ宛(ずつ)三人に与え、

「――くれぐれも、このような危うき渡世は、これにて、おやめになされい。」

と、終始静かにしみじみと三人に異見なした。

 すると、流石に両三人の盗賊、その心底(しんてい)には善へ向いたるところもあったものか、金子を受け取ると、しおらしくいとも速やかに且つ静かに立ち去っていった。

 

 その翌年のことである。

 白昼のこと、かの折りの盜賊のうちの二人が如何にもむさ苦しい賤民の形(なり)で、突然、布屋の店先へとやって参り、丁稚へ次兵衛を訪ね、出て参った次兵衛と店の前の道端にて対面した。

「……お恥ずかしながら、我らは去年、夜分に参りまして合力を受けましたる盜賊でごぜえやす。……それに致しましても、その節はお身のご異見に感伏致しまして……その後(のち)は盜みをきっぱりやめ、合力に戴いた金子を元手として渡世致しましたれど、先(せん)の悪業(あくぎょう)の報いゆえか……今は二人、かくも貧窮となりはて、日雇いなんどをよすがとして暮しておりまする。……何はともあれ、おん身のありがたきご異見、これ、今に忘れずにおりますれば。……貧しけれど、あのお諭しのお蔭にて、心は安うごぜえやす。まっこと、ありがとう存じやした。」

などと、礼を述べた。次兵衛が、

「今、一人おられたが、あのお方は如何なされた?」

と訊ねたところ、

「へえ。あ奴も悪業から足を洗いまして、同じく貧しいながらも、ちょっとした商いを細々と続け、今は上方でその稼ぎごとのこれ、ごせえまして、出でておりやす。」

と応え、二人はそこで深く礼を致いて、踵を返さんとした。

 すると次兵衛、それを押し止め、

「志しの、かくも改まったからには――の――」

とて、そこへ二人を待たせておき、急ぎ手代部屋へ戻ると、簞笥の引き出しの奥の隠しから、例の別の金子を取り出だすと、金三両ずつ三包に包んで、店先へと走り出て、二人にそれを渡し、

「――これにて、いかようにも再度、元手を拵え、良民となられよ!」

と、またしても金子を与えた。

 二人は涙を流して恐縮しつつ、二度までもと、しきりに辞退致いたものの、次兵衛が強いて渡いたれば、厚く礼を述べて帰っていった。

 

 この一部始終を見聞きしておった店内の者がおった。

 満足げに笑顔で戻った次兵衛に、

「……そんなことがあったんですか?……その前の一件というも、これ、如何にも奇特(きとく)なことでは御座いますなあ!?……しかし、なんですな、かの両人、志しを改めたと言うても、これ、とてものこと、まことのこととは思われませんぜ。……まんず、それは、またまた、心お優しいあなたが、ゆすりたかられたんでは御座いませんかねぇ?……へっつへへへ!」

と他の店の連中に、かの元盗賊の貧民のおじけた際の真似までして、面白おかしく語っては、皆して笑い嘲った。

 それでも次兵衛は黙って、かくも相好を崩したままに、逆に一緒になって笑っておった。

 

 そのまた翌年のことである。

 かの元盗賊三人、ともにすっかり町人の粋な姿と相い成って次兵衛を再び訪ね来たり、次兵衛に対面すると、

「――二度に及びましたる御高恩、まっこと、ありがたく、ここに御礼申し上げたく存じまする――」

と口上を述ぶるや、両度与えたる金子千五百疋と九両、これ、耳を揃えて持ち参り、その外にも豪華なる謝礼の品をも持って厚く礼を述た。

 この三人、それぞれまっとうなる仕事につき、どこそこに相応の一家を持って、安穏に暮らしておりますと、次兵衛に礼方々述べたとか、いうことである。

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