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2014/08/14

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十四章 函館及び東京への帰還 19 松島

M458

図―458

 午後になって我々は、その夜仙台に着くことが困難であることを知ったので、有名な松島でとまった。再び塩風に当ったのは気持がよかった。干潮時だったので、海岸は海藻で覆われ、その香は心地よかった。我々は一部樹木にかくされた岬の上にある、奇麗な小旅館でとまった。松島へ入る前、道路は崖について廻るが、この崖には以前の海蝕の跡をとどめた大小の洞穴が、沢山あいていた。この摩滅作用は、非常に不思議である。岩の上層がより低い部分の上にのしかかること、雪の吹寄せのある形式に似ていた。図458はこのような岩が、海陸――仙台湾にはここに書いたような岩が何百となく存在する――を問わず装う形態の、かなり代表的なものである。島のあるものは長さ二十フィートに足らぬが、水面から二十フィートも聳え、そして面積も余程広いものもある。これは最も特殊な事実で、大がかりな侵蝕と、新しい隆起とを示している。

[やぶちゃん注:矢田部日誌によれば、午後十二時十分に鹿又を発ち、午後六時半に松島に着いている。松島の叙述が少ないのは、翌日の出発が朝五時半で、ゆっくりと観光する余裕がなかったからである。モースの北海道からの帰還の旅は既にお分かりの通り、かの芭蕉の「奥の細道」の旅と重なっているだけに、ここでモースにはちょっとゆっくりしてもらいたかったと思うの私だけか。当時の最先端の近代自然科学者の眼が見る「松島の段」はもっともっと豊かなものになっていたに違いないのだ。百三十六年前であるから、このスケッチされた島も小島で如何にも浸食や、かの地震や津波の影響を受けやすいものと見え、現在は形状はかなり変わってしまったものとは思われるが、時間的に船による遊覧をしなかったと考えられるから、このスケッチは松島海岸直近にある島であると考えてよい。松島にお詳しい方、島の同定とその島名がお分かりになったら、是非、お教え戴きたい

「雪の吹寄せ」原文“snowdrifts”。雪の吹き溜まり。但し、モースの言いようとスケッチから言うと、雪庇(せっぴ:英語では“cornice”)の方が私にはピンとくる。

「二十フィート」約六・一メートル。因みに、松島湾で最大の島は福浦島で松島海岸の東に浮かび、面積六ヘクタールほど。現在は全長二五二メートルの朱塗りの橋で陸と繋がる。]

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