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2014/08/31

飯田蛇笏 山響集 昭和十二(一九三七)年 冬 Ⅲ 季節ある帝都

 季節ある帝都

 

千代田城げに太極の冬日かな

 

[やぶちゃん注:「太極」は「たいきよく(たいきょく)」で、古代中国の宇宙観を指し、万物を構成する陰陽二つの気に分かれる以前の根元の気の謂い。南宋の朱熹は太極は天地万物の根拠の理であると考えた。千代田城跡の虚空に輝く冬日の持つ気配にそのイメージを重ねたものであろう。]

 

   三越食堂

 

餓鬼むれて食曼荼羅に鬩(せめ)ぐ冬

 

[やぶちゃん注:諷喩的で鬼趣も孕んだ蛇笏にしてはアイロニィに富んだ諧謔句である。]

 

   教會に隣接する某喫茶房 二句

 

茶房晝餐祈禱歌冬のこだませり

 

古風なる茶房の爐竈聖燭す

 

[やぶちゃん注:「爐竈」はこれで「かまど」と読ませるか。若しくは蛇笏好みの詰屈聱牙調ならば音読みして「ロサウ(ロソウ)」と読んでいるとしてもよい。]

 

餓鬼盡きず夜を雅敍園のしぐれかな

 

[やぶちゃん注:「餓鬼むれて」と同工異曲。以下も同趣向乍ら、これだけ続くと、そうしたそれこそ「天邪鬼」な作者の批判的な視線に対し、逆に生理的な不快が生ずるように思われる。]

 

   或るレストランにて 二句

 

短日の紙幣をつまむ天邪鬼(あまのじやく)

 

レストラン淫翳爐火にひらめきぬ

   無慚なる閨房

 

絹布團死は熟睡(うまい)よりさめがたき

 

[やぶちゃん注:シークエンスの設定が今一つ不詳である。実景ではなく、江戸城深閨の佳人か将軍の死の床の想像句か? 識者の御教授を乞う。]

 

かにまたの輔弼めでたき朝賀かな

 

[やぶちゃん注:しばしば武士の歩き方は武道の心得から蟹股であると聴くが、それを言ったものであろう。但し、実際の武道家は常に右手を自由にしておき、移動する際には腰を動かさずに摺り足で能のような歩みをし、振り向くのにも首や体を捩じることなく身体ごと向き直ったり、角を曲がる場合も死角を生まぬように大回りすることから生じた誤認である。]

 

曲馬小屋極北の星見えわたる

 

十字街墓窖(はかぐら)ここに冬日影

 

[やぶちゃん注:「十字街」十字路。どこのロケーションであろうか。]

 

北風(ならひ)吹く葬儀社の花白妙に

 

[やぶちゃん注:ルビの「ならひ」(ならい)は冬の寒い風のこと。特に東日本の海沿いの地方での呼称。但し、風向きは地域によって異なる。冬の季語。]

 

百貨鋪の錦繡にまで北風吹く

 

[やぶちゃん注:「錦繡」は「きんしゆう(きんしゅう)」と読み、美しい衣裳の謂い。]

 

掏摸(すり)も出て閉づ百貨鋪に北風吹く

 

[やぶちゃん注:「北風」はやはり「ならひ」と訓じていよう。]

 

朝燒す震災跡の祈禱鐘

 

[やぶちゃん注:これは恐らく現在の東京都墨田区横網の横網町公園内にある大正一二(一九二三)年九月一日に起こった関東大震災の身元不明者の遺骨を納めて死者の霊を祀る東京都慰霊堂での嘱目吟と思われる。ウィキ東京都慰霊堂によれば、この横網町公園は元陸軍被服廠があった場所で、この地にあった被服廠は大正八年に赤羽に移転、その後は公園予定地として更地にされて被服廠跡と呼ばれていたが、『関東大震災が起きると、この場所は多くの罹災者の避難場所になった。多くの家財道具が持ち込まれ、立錐の余地もないほどであったが、周囲からの火災が家財道具に燃え移り、また火災旋風が起こったため、この地だけで(推定)東京市全体の死亡者の半数以上の』三万八千人程度がここで死亡したとされる。『震災後、死亡者を慰霊し、このような災害が二度と起こらないように祈念するための慰霊堂を建てることになり、官民協力のもと、広く浄財を求められた。東京震災記念事業協会によって』昭和五(一九三〇)年九月に「震災記念堂」として創建されて東京市に寄付された。身元不明の遺骨が納骨され、昭和六(一九三一)年には「震災復興記念館」が建てられた。因みに昭和二三(一九四八)年より『東京大空襲の身元不明の遺骨を納め、死亡者の霊を合祀して』、昭和二六(一九五一)年に現在の姿となった。『東京都の施設であるが、仏教各宗により祭祀されている』とある。]

 

青山(あをやま)の落月にほふ塋の冬

 

[やぶちゃん注:「塋」は墓地の意。「はか」とも読めるが、私はここは「エイ」と音読みしたい。]

 

   上野の秋

 

月に濡れて美術の秋は椎がくり

 

秋の繪師ひもじからざる羽織着ぬ

 

美術院石階の秋月盈ちぬ

 

   銀座街

 

玻璃透いて羅紗廛(らしやみせ)の護謨冬眠す

 

[やぶちゃん注:「羅紗廛」毛皮店のことか。「護謨」は「ゴム」であるが、店の両開きのドアの間にある緩衝密閉用のゴムか。定休で店を閉めているさまか。総てが私のトンデモ解釈かも知れぬ。識者の御教授を乞うものである。]

 

銀座裏雪降れる夜の鶴吊れり

 

[やぶちゃん注:鶴は何かの店の看板か。]

 

靑霧の葬花をぬらす銀座裏

 

厨帽と骨牌(かるた)と卓に地階春

 

   淺草風景

 

灯海に天は昏らみて歳の市

 

水洟や喜劇の燈影頰をそむる

 

淺草は地の金泥に寒夜かな

 

[やぶちゃん注:「金泥」は浅草寺の荘厳のそれを指すか。]

 

眼患者シネマの冬燈浴び行けり

 

寒日和シネマの深空見て飽かず

 

冬飢ゑて呪詛の食品はなやぎぬ

 

[やぶちゃん注:「呪詛」はルンペンの意識になりきった謂いか。]

 

猪啖ふ夕餐の餓鬼に湯氣の冬

 

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「猪啖ふ」は「ししくらふ」と読む。前に続くルンペン俳句である。]

 

靑服の娘に極寒の昴(すばる)みゆ

 

淺草や朝けに彌陀の龕燈る

 

[やぶちゃん注:「龕」は「がん」で仏龕。本来は石窟や家屋の壁面に仏像・仏具を納めるために設けられた窪みや仏壇・厨子を指す。ここは浅草寺本堂を指している。]

 

   公園風景

 

寫眞師の生活(たつき)ひそかに花八つ手


[やぶちゃん注:本「季節ある帝都」句群には、甲府の山に隠棲していた蛇笏の、非常に強い都市嫌悪――それはひいては近代文明へのそれにダイレクトに繋がる――が濃厚である。]

 

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