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2014/09/26

杉田久女句集 279 花衣 ⅩLⅧ 出雲旅行 四十三句

 出雲旅行 四十三句

 

[やぶちゃん注:角川書店昭和四四(一九六九)年刊「杉田久女句集」によれば、昭和一〇(一九三五)年のことであるが、年譜には載らない。]

 

  一 出雲御本社

 

水手洗の杓の柄靑し初詣

 

雪解の雫ひまなし初詣

 

仰ぎ見る大〆飾出雲さび

 

巨いさや雀の出入る〆飾

 

神前に遊ぶ雀も出雲がほ

 

椿落ちず神代に還る心なし

 

斐伊川のつゝみの蘆芽雪殘る

 

斐伊川のつゝみの蘆芽萌え初めし

 

  二 宍道湖(松江大橋)

 

蘆芽ぐむ古江の橋をわたりけり

 

蘆の芽に上げ潮ぬるみ滿ち來たり

 

上げ潮におさるゝ雜魚蘆の角

 

若蘆にうたかた堰を逆ながれ

 

  三 美保關に向ふ途中

 

目の下に霞み初めたる湖上かな

 

立春の輝く潮に船行けり

 

春潮の上に大山雲をかつぎ

 

若刈干す美保關へと船つけり

 

  四 日の見磯に至る途上風景絶好

 

群岩に上るしぶきも春めけり

 

潮碧しわかめ刈る舟木の葉の如し

 

[やぶちゃん注:「日の見磯」前後の句から考えて、日御碕(ひのみさき)のことと思われる。私は不遜にも出雲に行ったことがないので、ウィキの「日御碕」から引用する。『島根県出雲市大社町日御碕に位置し、島根半島のほぼ西端で日本海に面する岬』で、『大山隠岐国立公園に含まれる』。『流紋岩から構成される山が沈降して海に浸かり、波に侵食された後にわずかに隆起し「海食台」と呼ばれる地形が形成された』。『周辺には柱状節理や洞穴が見られ、海上には小島や岩礁が点在する』。『海底にはサドガセとボングイと呼ばれる岩があり、人工的に彫られた階段や参道、祭祀跡が確認されている。これは沖縄県の南城市にある世界遺産斎場御嶽に似ているといわれ天照大神の神話によく似た神話が斎場御嶽に伝わっている。岬上には』明治三六(一九〇三)年初点灯の『出雲日御碕燈台が立つ』。この灯台は海抜六十三メートルに位置し、光達距離二十一海里(三十八・八九二キロメートル)、灯塔四十三・六五メートルと『石作りの灯台としては日本一の高さを誇り、また白亜の姿が美しい。参観灯台なので見学も可能である』。『日御碕駐車場近くには商店街があり、いか焼き、ソフトクリームなどの飲食店や土産店がある。季節にもよるが、「天日干し」のカレイやノドグロなどの干物も売っている』。『「日御碕の大ソテツ」及び南方に浮かぶ経島の「経島ウミネコ繁殖地」は、国の天然記念物』である。久女が辿ったと思われる島根県道二十九号大社日御碕線についても、『出雲大社(出雲市大社町杵築東)と日御碕を結ぶ海沿いの道。冬は、海が時化る(しける)と「潮被り」の道となり、安全に冬の日本海を体感できるコースとなっている。晴れると、出雲神話の舞台である、稲佐の浜や三瓶山が見渡せる。カーブが非常に多く急峻な場所も目立つ。トンネル等の付け替えにより路線改良は行われているが、現在でも時折、荒天等を原因とする法面等の崩落が起こりやすく、その度に交通規制が発生する場合があるので、走行には十分に注意されたい』とある。]

 

  五 出雲神話をよめる。稻佐の濱

 

群岩に春潮しぶき鰐いかる

 

虛僞の兎神も援けず東風つよし

 

春潮の渚に神の國讓り

 

[やぶちゃん注:「稻佐の濱」は「いなさのはま」と読み、島根県出雲市大社町にある砂浜海岸である。ウィキ稲佐の浜によれば、『国譲り神話の舞台でもあり、「伊那佐の小濱」(『古事記』)、「五十田狭の小汀」(『日本書紀』)などの名がみえる。また稲佐の浜から南へ続く島根半島西部の海岸は「薗の長浜(園の長浜)」と呼ばれ、『出雲国風土記』に記載された「国引き神話」においては、島根半島と佐比売山(三瓶山)とをつなぐ綱であるとされている』とあり、ここでは出雲大社の神事である神幸祭(八月十四日)と神迎祭(旧暦十月十日)が行われる、とある。以下、周辺の名跡として弁天島(稲佐の浜の中心にある。かつては弁才天を祀っていたが、現在は豊玉毘古命を祀る)・塩掻島(しおかきしま。 神幸祭に於いてはこの島で塩を汲み、掻いた塩を出雲大社に供える)・屏風岩(大国主神と建御雷神がこの岩陰で国譲りの協議を行ったといわれる)・つぶて岩(国譲りの際、建御名方神と建御雷神が力比べをし、稲佐の浜から投げ合った岩が積み重なったといわれる)を挙げてある。久女が詠んでいる知られた「稲羽の白兎」伝説との関連は書かれておらず、ウィキ因幡の白兎にも稲佐の浜は出ないが、如何にもそれらしい名でもあるので調べてみると、mlsenyou 氏のブログ「橙色の豚~旅と株と共に去りぬ~」の稲佐の浜(稲狭の浜) 国譲りの伝説と古代史に、『ちなみに、稲佐の浜は稲羽(因幡)の白兎の伝説の場所でもある。因幡の白兎の話は、白兎がワニを騙したせいでひどい目にあったというものだが、その後日談として、大国主は白兎を助けている』とある。]

 

  稻佐の濱國讓りの故事――高天原から天孫

  降臨の爲、この濱で出雲族と國讓りの議に

  ついて神々相會し、遂に亂を好まぬ大國主

  命は賢明にも國土を全部獻上。その爲、天

  照大神大いに喜び給ひ、御子を出雲につか

  はし、大國主の宮を造營して仕へせしめ給

  ふとある。

 

椿咲く絶壁の底潮碧く

 

春潮に眞砂ま白し神ぞ逢ふ

 

春潮からし虛僞のむくいに泣く兎

 

潮浴びて泣き出す兎赤裸

 

兎かなし蒲の穗絮の甲斐もなく

 

[やぶちゃん注:「穗絮」は「ほわた」。]

 

春潮に神も怒れり虛僞兎

 

春寒し見離されたる雪兎

 

ゆるゆると登れば成就椿坂

 

[やぶちゃん注:「椿坂」は固有名詞ではないと思われる。]

 

雪兎援けず潮にわがそだつ

 

[やぶちゃん注:この一句、連想の感懐ながら、私は掬すべき佳句と感ずる。]

 

  六 小泉八雲の舊居

 

春寒み八雲舊居は見ずしまひ

 

燈臺のまたたき滋し壺燒屋

 

[やぶちゃん注:島根県松江市北堀町にある。中海・宍道湖・大山圏域観光連携事業推進協議会公式サイト「山陰」の小泉八雲旧居(ヘルン旧居)を参照されたい。「壺燒屋」の「壺燒」は栄螺の壺焼きのことと思われる。ネットを管見すると当地の名物であることが分かる。]

 

  七 出雲御本社寶物

 

春光や塗美しき玉櫛屋

 

  八 八重垣神社

 

處女美(うま)し連理の椿髮に挿頭(かざ)し

 

[やぶちゃん注:島根県松江市佐草町にある神社で、ここには現在も二股の根をした連理玉椿(夫婦椿)がある。大木浩士氏のサイト「ぶらり神社めぐり」の八重垣神社」の写真が二股の根をよく写しておられる。]

 

  九 境内に鏡の池

 

みづら結ふ神代の春の水鏡

 

日表の莟も堅しこの椿

 

椿濃し神代の春の御姿

 

春の旅子らの緣もいそぐまじ

 

[やぶちゃん注:ウィキ八重垣神社」に、『「鏡の池」は稲田姫命が、スサノオノミコトに勧められ、この社でヤマタノオロチから身を隠している間、鏡代わりに姿を映したと伝えられるもので、良縁占い(銭占い)が行われる。社務所で売られている薄い半紙の中央に、小銭を乗せて池に浮かべると、お告げの文字が浮かぶという手法。紙が遠くの方へ流れていけば、遠くの人と縁があり、早く沈めば、早く縁づくといわれ』、『また、紙の上をイモリが横切って泳いでいくと、大変な吉縁に恵まれるという』とあるが、哀しいかな、一九七〇年代頃、『この「鏡の池」に賽銭泥棒が出没して以来、池の底には目の大きめな金網が張られるようになっ』てしまったともある。これ、世の末の鏡ならむや……]

 

  十 出雲八重垣

 

神代より變らぬ道ぞ紅椿

 

節分の丑滿詣降られずに

 

[やぶちゃん注:「節分の丑滿詣」というような仕来りは少なくとも現在は行われていないようである(ネット検索に拠る)。これは後の句に「夜汽車」とあり、出雲の旅の最後で、たまたま深夜の参拝(前の句群は明らかに昼景であるから、出雲出立の最後に再拝したものかと思われる)となったことを言っているものか。識者の御教授を乞う。]

 

東風吹くや八重垣なせる舊家の門(と)

 

煖房に汗ばむ夜汽車神詣

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