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2014/09/26

耳嚢 巻之九 潛龍上天の事

 潛龍上天の事

 

 文化五年六月十七日、淺草觀音の堂上、幷(ならびに)山門の屋根上に黑雲集り、其内燃(もゆ)る火のごときものたち登り強雨しきりなるを、人の語りしが、山崎宗篤が許へ來る髮結も顯然見し由咄しぬれば、虛談にもあらずやと、宗篤子の語りぬ。何れの御代や右樣の事有りしが、火の災ありしと申傳(まうしつたふ)る旨、土地の者恐れけるが、是を以(もつて)愼(つつしま)ば一德成(なる)べし。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。但し、昇龍譚は先行する「卷之八」の最後から七、八番目に載り、見た目の強い連関性が窺える。但し、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では本「卷之九」がほぼそっくり「卷之十」となっており、逆に本書の「卷之十」が「卷之九」のないようとなっていることは、頗る重要な相違点であるので、特にここで指摘しておくことにする。なお、この順序の齟齬はバークレー校版の書写者によるもの推測され(巻九と十の稿本の作成経緯に危急性があって巻号が記されず、跋文位置からこの順に判断されたものかという仮説が岩波版の長谷川強氏の解説にある)、記事内容の編年性から見て、底本の順序が正しいと考えられる。

 なお、底本の鈴木氏注に『此事、武江年表に記さず。(三村翁)』とあり、所謂、流言飛語で留まったところの怪しげな低レベル都市伝説の類いであることが分かる。根岸もそのようなものとして捉えながらも、最後に味な、しかももっともな台詞で結んでいる。流石は名町奉行! 鎭(ちん)さん! いいね!

・「文化五年六月十七日」本「卷之九」の執筆推定下限は鈴木氏によって文化六(一八〇九)年夏とされているから、ホットなアーバン・レジェンドではある。なお本話では、この超常現象と実際の火災発生の連関性に対し、人々が強く恐懼していることが分かるが、これには訳がある。実にこの年より二年前の文化三年三月四日(西暦一八〇六年四月二十二日)に明暦の大火・明和の大火とともに江戸三大大火の一つとされる文化の大火(丙寅(ひのえとら)の大火・車町火事・牛町火事)の記憶が生々しく残っていたからである。参照したウィキの「文化の大火」によれば、出火元は芝・車町(現在の港区高輪二丁目)の材木座付近。午前十時頃に発生した火は、『薩摩藩上屋敷(現在の芝公園)・増上寺五重塔を全焼。折しも西南の強風にあおられて木挽町・数寄屋橋に飛び火し、そこから京橋・日本橋の殆どを焼失。更に火勢は止むことなく、神田、浅草方面まで燃え広がった』。翌五日の降雨によって鎮火したものの、延焼面積は下町を中心に五百三十町に及び、焼失家屋は十二万六千戸、死者は千二百人を超えたと言われる。このため町奉行所では、被災者のために江戸八か所に御救小屋を建て炊き出しを始め、十一万人以上の被災者に御救米銭(支援金)を与えているとある。

・「山崎宗篤」不詳。「むねあつ/そうとく」と読むか。何となく医者っぽい名ではある。次の類話にも登場。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 潜みたる龍が昇天するという事

 

 文化五年六月十七日のこと、浅草観音堂の堂上及び、仁王門の屋根上に、これ、妖しき黒雲(くろくも)が生じ、それが夥しく蝟集致いたかと思うと、そのうち、そのおぞましき黒雲の中より、妖しき燃ゆる火の如きものが、真上の空に向こうて、しきりに飛び立ち昇ったるやいなや、どっと雨の降りしきって参った――とのこと、知れる人の語って御座ったが、知人山崎宗篤(そうとく)の所に来たる髪結いも、

「――へえ!――確かに『はっきりと明らかに見た』と、知れる者の申しておりやしたから、これ、嘘っぱちでも、ごぜえますめえ。」

と、宗篤殿御自身が語って御座った。

 『何時頃の御代で御座ったか、全く同じようなことのあったが、こうしたことが起こるは、これ、火の災いの前兆じゃと言い伝えておる』なんどと申し、浅草辺の民草はしきりに恐懼しておるとも伝えるが――

 私は、こうした出来事や流言飛語のあったを以って、人々が火の元にも、よう注意を致すようになるのであってみればこそ、これもまた一つの利得と言えようと思うておるので御座る。

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