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2014/10/03

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 歌舞伎見物

 先日我々は、弁当持ちで昼の十二時劇場へ行き、夜の十一時半までそこを去らなかった。俳優、舞台面、音楽、観客が、絶えず注意を引きつけ、十分か十五分かの休憩時間に、二畳敷きの区画に納った人人は家族の集合をたのしみ、劇場外の茶店の召使いは美味そうに見える弁当をはこび込む。隠蔽された合奏隊には、非常に高度の違う太鼓が二つあった。その一つは普通の太鼓に似ている所があったが、他の一つは、突然息がつまった人のような音を立てた。

[やぶちゃん注:歌舞伎見物。以下の舞台と、明治十二年年初の上演演目(国立劇場にデータベースとしてあるはず。文楽はある)と突き合わせれば、かなり簡単に外題を同定出来るように思われるが、私は歌舞伎に興味がないので、どなたか歌舞伎好きの方が調べて下さるのを気長に待とうと存ずる。

「非常に高度の違う太鼓が二つあった。その一つは普通の太鼓に似ている所があったが、他の一つは、突然息がつまった人のような音を立てた」歌舞伎の囃子方が下手黒御簾の中で演奏するのに用いるのは、能で四拍子と呼ばれる楽器、大鼓・小鼓・笛(能管)そして太鼓であるが、モースが音が高いと言っているのは小鼓であろうか。しかし、既にモースは小鼓を実見実聴しているはずで、やや不審。見えないことから小鼓とは思わなかったものか。いや、寧ろ、見えないことから「太鼓」と「大鼓・小鼓」の音の、後者を区別せず、特異な中高音を叩き出す一つの楽器と勘違いものかも知れない。「非常に高度の違う太鼓が二つあった」と述べていることからも、それが疑われるようにも思われる。]

M496

図―496

 

 舞台上の距離の幻想は、建物や舞台の側面を、誇張した遠近法に於るが如く、背後に向って狭くすることに依って、巧に成就してあった。舞台の奥行は五十フィート以下であるが、この方法によって十倍もあるように見えた。ある場面では一人のローニンが、残念そうに悲しい言葉をいい、手をふりながら、彼の屋敷の門を離れつつある。突然門が遠くの方にあるように見え、更にまた遠のくらしく思われる。まるで彼が速に門から離れて行くような気がするが、これは大きな門を描いた薄い板が前に倒れて、それと全く同じに描いた、より小さい門を現し、これがまた倒れて、もっと小さい門を現すことに依て起るのである。日本の古典劇は、人に宮廷衣装の観念と、或は僅かであるかも知れぬが、宮廷に於る礼義と式典との観念を与える。図496は俳優の一人の各種の態度を、急いで写生したもので、古い習慣を説明するものとして興味がある。両刀を帯した高官が、歩くにつれて足の下をズルズル引きずる、四フィート長すぎる下着を着て舞台を歩く所は、中中風変りである。

[やぶちゃん注:「五十フィート」一五・二四メートル。

「ローニン」原文“a ronin”。因みに直後の「彼の屋敷」も“his yasiki”である。前年の初来日以来、東京大学の宿舎域をモースは日本語通り、“Kaga Yashiki”と呼び親しんでいたから違和感はない。

「四フィート」約一・二二メートル。

「長すぎる下着」底本では「下」と「着」の間に石川氏による『〔垂直的に〕』という絶妙の位置に割注が入っている。裃の穿く部分で、しかも鄭重な礼装とされた長裃(なががみしも)を指している。裃の袴の丈を通常のものの一・五倍程度に伸ばしたもので、裾を引きながら穿くようにしてある。参照したウィキの「裃」には、『なお、歌舞伎などの衣装に用いられる際は、見栄えの問題からふつうの袴の二倍ほどもあるものが使われる』とある。成程! 眼から鱗!]

 

 

 幕が下ると、美しいよそおいをした子供達が観客席を離れて舞台へかけつけ、幕の両側から入り込んで、道具方が新しい場面を建てつつあるのを見つめることは、興味が深かった。幕を上げる合図として、拍子木が叩き合わされると、子供達は群り出て、観客席中の各自の場所へといそぐ。日本の男の子や女の子が、一般的に行儀のいいことを示す、これ以上の実証があろうか。勿論米国の舞台へ、子供達がこのように侵入することは、一秒間でも許されはしない。だが、同時に、若し我国の可愛らしい子供に、幕の後へ入ることを許したら、即座に釘をこぼし、ペンキをひっくり返し、その他ありとあらゆる悪事を働くにきまっている。日本では、子供達はどこへでも行き、何でも見ることを許されている。その権利を決して悪用しないらしく見えるからである【*】。

 

* これ等の子供達が、台湾、支那、ロシアに対する戦争に於て、勇敢な兵士になったことは、礼譲、やさしさ、行儀のよさが、戦場に於る完全なる勇気や耐久力と無関係ではないことを示している。

 

[やぶちゃん注:モースのここの児童観には贔屓目が濃厚である。実際、「権利を」「悪用し」た残虐な少年犯罪は明治期にも多数起っている(寧ろ、現代よりも実件数は多いはずである。年少者による猟奇殺人がセンセーショナルに取り上げられる昨今、そうしたものが著しく増加したように見えるのは錯覚である)。特に補注部分には私は地政優生学の臭いがし、珍しくモースの見解に不快を感じている。]

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