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2014/11/24

尾形龜之助「十一月の晴れた十一時頃」  心朽窩主人・矢口七十七中文訳

 

 十一月の晴れた十一時頃

          尾形龜之助

 

じつと
私をみつめた眼を見ました
 
いつか路を曲がらうとしたとき
突きあたりさうになつた少女の
ちよつとだけではあつたが
私の眼をのぞきこんだ眼です
 
私は 今日も眼を求めてゐた
十一月の晴れわたつた十一時頃の
空に

 

 

[心朽窩主人注:本詩の最終行は、初版「色ガラスの街」や思潮社版尾形龜之助全集増補改訂版(一九九九年刊)及び同社現代詩文庫「尾形亀之助詩集」(一九七五年刊)でもすべて、

 

室に

となっている。当初、その通りに、

——

という訳出を行ったのであるが、どうも何かが、おかしい感じがした。訳者二人で議論したところ、この詩中で主人公の「私」が「今日も眼を求めてゐた」のは、「十一月の晴れわたつた十一時頃の」「空」こそが相応しく、「室」というのは何か妙ではないか? という疑義で一致したのであった(但し、尾形の詩の中の詩人は出不精で部屋の中で夢想することは確かに多く、そうした観点からは完全に矛盾した表現(詩想)だと断言は出来ないことは無論である)。考えてみると実は「空」と「室」は、特に古い活字の場合、よく似た字体をしており、誤植・誤読されるケースの多い字なのである。本詩の初出データは未詳であるため初出誌に当たることが出来なかったが、調べてみると、本詩の載る詩集「色ガラスの街」には、「部屋」の意味で「室」と表記した例はこの一篇しか存在しないこと、それに対し、「部屋」という表記が同詩集では二十二箇所も使用されていることが分かった。
 以上の事実から、我々訳者二人は、この「室に」を敢えて「空に」とした上で「原詩」として示し、中国語訳を行うという暴挙に出ることとした。テクスト校合の観点からは全く以って非学術的ではあるが、これは我々二人が、

 

我々の愛するこの尾形の詩は――「室」――では訳せない

 

と感じ、「空」の誤りの可能性があるとすれば、

 

我々の愛するこの尾形の詩は――「空」――こそが正しい用字である

 

という確信犯に至った仕儀なのだと御理解戴きたいのである。大方の御批判や御叱正は覚悟の上である。]

 

 11gatunohareta

 

 十一月份 晴朗的 十一点左右

 

——

发现盯着看我的目光

 

候要在街角拐弯

差点儿撞上的一个女孩子的

虽说只是一瞬

可是从正面窥视我瞳孔深的那目光

 

我 今天也是寻觅着那目光

于十一月份 晴朗的 十一点左右的

天上 ——

  

[矢口七十七附注:集《色ガラスの街》初版,思潮社推出《尾形之助全集》增版(一九九九年刊),思潮社《尾形之助集》(一九七五年刊)上,最后一行都是「室に」,我先翻「房里——」。但得有所不适当,继续检讨,达到了一个结论:寻觅目光的不大可能是在房:「室に」,而可能是在天空中:「空に」。在集《色ガラスの街》初版上人要到房间时一次也没有用「室」一字,而且目的用二十二次「部屋」。并且第二前的日本的字「室」和「空」很像,易被捡错。因此者以「空に」正版翻成中文,多加指正。]

      矢口七十七/
 

[心朽窩主人駄目押し拘り補説:いい加減な思いつきから原詩を弄ったと思われるのは矢口七十七氏ともども非常な心外と心得る。されば、以下に――「室」を「空」に変える――という結論に至ったその経緯を簡単に述べておくこととする。
矢口氏は最初の中国語訳稿を私に示した際、最後に本詩の全体の構成と、そこに感じる、ある時制上の違和感を漏らしている。以下に矢口氏からの来信の当該部分を示す(本人許諾済)。

   * 

最後に、この詩の時間軸についてひとつ完全には腑に落ちないことがあります。冒頭の二行で〈眼を見た〉のは、一体いつのことなのでしょうか。文意から言えば、第二聯の、突き当りそうになったときの少女の眼がすなわち、冒頭のじっと私をみつめる眼である、とも理解はできます。しかし、僕はこう受け取っています。いかがでしょうか。冒頭の二行は、突き当りそうになった時のことを言っているのはないような気がするのです。つまり、事実関係としては…… 

A、昔、どこかで少女と突き当りそうになり、眼をのぞきこまれた。

B、特定の時間の流れとは別の世界で、自分をみつめる眼に気づいた(それは、生まれる前かもしれないくらい、とっくの昔に)。

C、十一月のある晴れた十一時頃である今も、詩人はBの眼を追い求める。そしてBはAと同じものだと感じている。 

時間軸で捉えると、A→C、同時に全てを蔽うように→B→です。

   *

これを受けて、私は私の幾分異なった構成解釈について彼に述べようと思いつつ、原詩を改めて眺めたのであった。――ところが――である。以下、私の矢口氏への返信の一部を――やや動揺と混乱の気味が文面に表われているが――多少の整序を加えたが、ほぼそのままで示す。

   *

……中文訳への変更をもたらすとは思われませんが、私の解釈は少し異なるなあと思いつつ……そうして……そうして原詩を見直し……貴方の訳を眺めながら……

……ふと僕は気がついたのです

……最後の行が「空」じゃないんだ……「室」なんだって……

この最後の行の「室」は実は「空」の誤植なのではないか?!

そもそも「晴れた十一時頃の室(へや)」という謂いは尾形らしいといえるだろうか?

――らしくない――とは言えない。

この詩人は外よりも部屋の中にあって夢想する傾向が強いから――

しかし……「室」?……へや?……部屋?……

尾形はこんな用字をしたっけか?……

調べて見ると、「色ガラスの街」では部屋という意味で「室」を使った詩はこれ一篇しかない。

それに対し、「部屋」は実に22箇所で使用されている。

矢口君――これはもしかすると「空」ではないかしら?!

僕なら最後に「室」(=部屋)で〈それ〉を求めなんかしないのだ。――

「十一月の晴れわたつた十一時頃の」「空」に求めると思ったのだ!――


アプリオリでメタ・フィジカルな観念上の体験記憶。それはあなたの言う「どこか」ですが、しかしそれはどこでもない「どこか」なのです。この最初の提示はそういう意味に於いて全く抽象的な審美的存在と言ってもよい。

A´
ここは「B」ではなく、純粋抽象の「A」を読者に具象化するための「A」の換喩なのです。私の意識ではここで初めてその「少女」は姿を現わします。それは過去の記憶に基づくものであってもよい。しかしそれは何千回何万回とフラッシュ・バックする「懐かしい記憶」であると同時に、永遠に再現され更新され続ける「新しい記憶」です。但し、それは希求するものであって、現実のそれではないところの、ある意味では疑似的な記憶、とも言えるものです。


マグリットの絵のような、静止していながら彼方へ抜けるような虚空の――幻の「十一月の十一時頃の靑空」――に詩人は自ら漂い〈それ〉を求めるのです。

……そうして……ここが問題なのですが……

――その詩人は――晴れた「靑」「空」の中にいる――のであって――「室」(へや)から「空」を見ているのではない――のです……

私自身、今驚いているのですが、私の解釈では最後のそれは――「室」(=部屋)――では毛頭ないように私には思えてしまうのです。[以下、略。]

   *

この後、何度も矢口氏とやり取りを重ねた中で、最初の注に示した通り、敢えて

「室」を「空」に変える

という結論で一致を見たのであった。

再度言うが、アカデミックな立ち位置から考えれば、これはとんでもない暴挙である。

しかし乍ら、矢口氏も私もアカデミズムの人間ではない。

そもそもが私たち二人の「尾形龜之助中文訳」は、私たち二人きりの/たかが/風狂世界での逍遙遊なのである。しかし同時にそれは/されど/である。尾形龜之助の羽毛のような口語の夢幻的な現代詩を中国語に訳すことが、実はどれほど難しいことかということもどこかで御理解戴きたいとは思っているのである。「室」は「空」が分かりがいいや、なんどという甘っちょろい意識ではなく、それなりの「覚悟」を以って矢口氏と私は尾形に対峙している。

さればこそ――かく注を附した上での我らのこの暴虎馮河――何より――詩人尾形龜之助自身が許して呉れるであろう――そんな思いの中で成した「確信犯」であると心得て戴きたいのである。] 

 

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