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2014/11/23

偽書「芭蕉臨終記 花屋日記」(Ⅶ) ――芭蕉の末期の病床にシンクロして 芭蕉逝去――

 十日 初時雨せり。師、夜の明がたより度數しれず、ひとしほ腦みたまへり。折ふしに語一言ありて、とりしめなきこと多し。木節此日芍藥湯をもる。諸子打より、食事をすゝめまゐらせけれど、すゝみたまはず。梨實をのぞみたまふ。木節かたく制しけれど、頻りに望みたまふゆゑ、やむことを得ずすゝめければ、一片味ひてやみ給ふ。木節云、脾胃うくる處なし、死期ちかきにありと云。申の刻にいたつて人ごゝちつきたまふ。今日は一人も食したるものなし。(惟然記)

 

 十一日 朝またまた時雨す。おもひがけなく、東武の其角きたる。是は東武の誰彼同伴にて參宮の序、和州・紀州を打めぐり、泉州より浪華に打入りしが、はからずも師の勞りおはすと聞つけ、そこ此處とたづねまはり、漸にかけつけたり。直に病床にまゐりて、皮骨連立し給ひたる體を見まゐらせて、且愁ひ且よろこぶ。師も見やりたまひたるまでにて、唯々泪ぐみたまふ。其角も言句なく、さしうつむきゐたりしを、丈草・去來支考其外の衆、次の間に招き、御病性の始終を物がたる。此夜、夜すがら伽して、おもひよりし事ども物がたり居たりしに、亥のときごろより、師、夢のさめたるごとく、粥を望みたまふ。人々嬉しさかぎりなく、次郎兵衞取計ひて、疾く焚あげてすゝめまゐらす。中かさ椀にて、快くめされけり。朔日より已來の食事なり。土鍋に殘りたるを、去來椀にうつし入ておしいたゞき

    病中のあまりすゝりて冬ごもり  去來

 去來曰、趣向を他にもとめず、有あふことを口ずさみて、師を慰めまゐらせん。深く案じいら□と頓に句作りたまへ[やぶちゃん字注:「□」の部分は底本では『一字不明』と注する。国会図書館版では「案じいらすと」と活字化している。]。惟然は前夜正秀と二人にて、一ツの蒲團をひつぱりて被りしに、かなたへひき、こなたへひきて、終夜寢いらざりければ、はてはしらじらと夜明けるにぞ、其事を互に笑ひあひて

    ひつぱりて蒲團に寒きわらひ哉  惟然

    おもひよる夜伽もしたし冬籠   正秀

 一座是をき上し、いづれもどつと笑ひければ、師も笑ひたまへり。人々嬉しさかぎりなく、十日已來の興にぞ有ける。初しぐれなりければ【初しぐれといふより四行 十一日の晝うちのことゝ見るべし。】、空とく晴て日影さしいりたるに、蠅のおほく日南に群りゐたるに、人々黐もて蠅をさし取に、上手下手あるを見給ひて、暫く興にいりたまひけれど、大病中のことなれば忽倦たまひ、直に寢所に入たまふ。支考は、師の發句を減後に一集せん心願あれど、此ごろの病苦に腦みたまふに見あはせゐたりしが、今日機嫌よきに案じて

申出侍らんと、去來に申たりければ、去來はかねて師の心中を知りたりしゆゑ大にいかり、小ざかしき事を申さるゝもの哉、師は平生名聞らしきこと好み給はず。今日漸快き體を見請はべりて、諸人嬉しとおもふ中に、御氣に逆ふこと聞せ申ては、御心を勞しめ申事、奇怪なり。此後御病床ちかくより給ふな、早く其座を立たまへと、聲あらゝかに次の間に追立けり。支考もはからずものいひ出して、諸子の聞前面目をうしなひしが、行々惟然に打むかひ、我に句あり、そこ書給へといひて

    しかられて次の間にたつ寒かな  支考

さすが支考なりければ、師もほの聞給ひて、おかしがり給ひけり。

    鬮とりて菜飯□□□□□□□□  木節

    皆子なり□□□□□□□□□□  乙州

【この二行腐て見えず。枯尾花集に 鬮とりて菜めしたゝかす夜伽哉  みな子也みの蟲寒くなきつくすとあり。[やぶちゃん注:国会図書館版では「鬮とりて菜飯たゝかす夜伽哉」「皆子なりみの虫寒くなきつくす」とある。]】

    うづくまる藥のもとの寒さかな  丈草

    吹井より鶴をまねかむ初しぐれ  其角

 一々惟然吟聲しけれは、師、丈草が句を今一度とのぞみ給ひて、丈草出かされたり。いつ聞てもさびしをり調たり。面白し面白しと、しはがれしこゑもて譽給ひにけり。いつにかはりし機嫌の麗しきをよろこびけるに、木節一人愁をいだける體に見えければ、其角其故をとふ。木節云、病に除中の證といへるあり。大病中絶食なるに俄に食のすゝむことあるは、惡症なり。死期遠きにあらずといへり。さはしらず各さゞめきゐたるに、夜半ごろより又寒熱往來ありて、夜明ごろより顏色土のごとく見えたまひ、暫くは悶亂し人も見しりたまはざりしが、やゝあつて又實證になりたまひ、左右に舍羅・呑舟、うしろよりは次郎兵衞いだきまゐらせて介抱し、程なく夜明ければ十二日なり。兼ては閉籠り給ひしが、へだての障子も襖もとりはなさせ、其角・去來・丈草を是へとて向に見給ひ、穢をはゞかれば咫尺したまふなとことわり、行水を望みたまふ。木節頻りに制しけれど、しきりにのぞみ給ふゆゑ、やむことを得ず、湯をひかせまゐらせけり。座をしづかにあらため、木節が醫術を盡されし事などつとくに謝し給ひ、扨三人の衆を近くめされ、乙州・正秀を左右にし、支考・惟然に筆をとらせ、なきあとの事こまごまと遺言したまふ。病苦すこしも見えたまはず。人々奇異のおもひをなしけり。伊賀の遺書は手づから認めたまひ、外に京・江戸・美濃・尾張もれざる樣に遺言しをはりたまふに、始終は門人中にて筆記す。次第に聲細り、痰喘にて□□ひければ、次郎兵衞素湯にて口を潤しまゐらせけり[やぶちゃん字注:国会図書館版は判読不明字を三字とする。]。やゝ有て去來にむかひたまひ、先頃實永阿闍梨より路通が事を仰有。其後汝が丈草・乙州等に送りし消息、露霜とは聞捨ず。併少しいみはゞかること有て、雲井の餘所にはなし侍りぬ。彼が數年の薪水の勞、努々わすれおかず。我なき跡には、およそに見捨たまはず、風流交り給へ。此事たのみ置はべる。諸國にもつたへ給はれかしと、言終りたまひて餘言なし。合掌たゞしく觀音經ときこえて、かすかに聞え、息のかよひも遠くなり、申の刻過て、埋火のあたゝまりのさむるがごとく、次郎兵衞が抱きまゐらせたるに、よりかゝりて寐入給ひぬとおもふ程に、正念にして終に屬曠につき給ひけり。時に元祿七甲戌十月十二日申の中刻、御年五十一歳なり。

 即刻不淨を淸め、白木の長櫃に納まゐらせ、其夜直に川舟にて伏見まで御供し奉る。其人々には、其角・去來・丈草・乙州・正秀・木節・惟然・支考・之道・呑舟・次郎兵衞・以上十一人。花屋仁左衞門が京へ荷物を送る體にて、長櫃の前後左右をとりまき、念佛誦經おもひおもひに供養し奉る。八幡を過る頃、夜もしらしらと明はなれけるに、僧李由の下りたまへる舟に行逢ければ、いざとて乘移り、相ともにはかなき物がたりして、程なく京橋につく。夫より狼だに通りにかゝり、急ぎにいそぎしほどに、十三日巳の時過には、大津の乙州が宅に入れたてまつりけり。乙州は伏見より先立ていそぎて歸り、座敷を掃除しきよめ、沐浴の用意す。御沐浴は之道・呑舟・次郎兵衞也。御髮の延びさせたまへば、月代には丈草法師まゐられけり。御法衣・淨衣等は、智月と乙州が妻縫奉る。淨衣、白衣にて召させ參らすべき筈なるを、翁はいかなる事にや、兼て茶色の衣裝こそよけれと、すべて茶色を召れければ、智月尼のはからひとして、淨衣も茶色の服にこそせられける。さて送葬は十四日と定り、彼是日沒になりにけり。

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