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2014/12/10

甲子夜話卷之一 26 田沼氏御役屋敷を引拂のとき小吏分別の事

26 田沼氏御役屋敷を引拂のとき小吏分別の事

先年田沼氏老職にて、御不興の御沙汰もて、免職の即日御役屋敷を引拂ことなりしに、俄なることにて、數多き家器持運とて騷動一方ならず。器什は車に載せ、夜に入、蠣殼町の下屋敷へ幾車ともなく運行しに、其中に宰料として行ける一人あり。此男は田沼氏小身より稍貴くなる頃に召抱たる者なりしが、才幹もありとて目をかけ氣にも入り使はれしより、委任して此事に用ぬ。然に財寶を山の如く車に積て率行く塗にて、思めぐらすには、此許多の財みな一時權威に由て、諸方より賄賂として集りし物なり。今此極に至る。我も亦譜代の人にあらず、始め其權威を賴て、所得もあらんとて奉公せしなれば、主人と倶に零落せんも本意なしとて、其家財を奪ひ中塗より遁去る。此如きの時なれば、田沼氏より搜索すべきやうもなく、その儘にてありしとぞ。貸悖而入者又悖而出とは信に此事なるべし。

■やぶちゃんの呟き

「田沼氏」田沼意次。

「御不興の御沙汰もて、免職の即日御役屋敷を引拂ことなりし」ウィキの「田沼意次」によれば、徹底した重商主義政策を採用して田沼時代と呼ばれる権勢を誇った意次は、次第に保守的な幕閣の反発を買い、たまたま天明四(一七八四)年に息子で若年寄の田沼意知が江戸城内で佐野政言に暗殺され不祥事を契機として権勢が衰え始め、天明六(一七八六)年八月二十五日、将軍家治が死去したが、死の直前から「家治の勘気を被った」として周辺から遠ざけられていた意次は、将軍の死が秘せられている間に失脚した(この動きには反田沼派や一橋家(徳川治済)の策謀があったともされる)。八月二十七日には老中を急遽辞任させられて雁間詰(かりのまづめ)に降格、同年閏十月五日には家治時代の加増分の二万石を没収された上、大坂にある蔵屋敷の財産没収と江戸屋敷明け渡しも命ぜられている。以上がこの背景とロケーションである。

「宰料」宰領。荷物運搬などの作業をする者の監督・取締を行う者。

「塗」「みち」。途。

「許多」「あまた」。

「譜代」代々同じ主家に仕えていること。その臣下の家系。

「貸悖而入者又悖而出」原文には片仮名の送り仮名が附されてある。参考にしつつ書き下すと、

 貨(か)、悖(もと)つて入る者は、又、悖つて出ず。

で、これは「大学」の、

   *

是故君子先愼乎德。有德此有人。有人此有土。有土此有財。有財此有用。德者本也。財者末也。外本内末、爭民施奪。是故財聚則民散、財散則民聚。是故言悖而出者、亦悖而入。貨悖而入者、亦悖而出。

   *

の末尾を引用したものである。全体を書き下すと、

   *

是の故に、君子、先ず德を愼む。德有れば、此れ、人、有り。人有れば、此れ、土(ど)あり。土あれば、此れ、財あり。財、有れば、此れ、用あり。德は本なり。財は末なり。本を外(ほか)に、末を内にすれば、民を爭はせ奪ふを施す。この故に、財、聚(あつ)まれば、則ち、民、散じ、財、散ずれば、則ち、民、聚まる。この故に、言(こと)、悖(もと)つて出ずる者は、亦、悖つて入る。貨(か)、悖つて入る者は、亦、悖つて出ず。

   *

で、訳すなら――「德を愼」(徳を恒常的に保つように慎む)めば「人」民が柔順に服する。そうすれば土地や財貨(この場合は領地から得られる租税)も増え、それを有用に使い回すことが出来る。「德」こそが根幹なのであって、「財」はその末節に生ずる結果に過ぎない。根「本」である徳を「外に」して軽んじ、枝葉末節たる「財」を「内」なる重宝と見做してしまうと、結果、人民を争わせて奪い合いを起こさせる結果となる。されば、苛斂誅求して権力者に財が集中すれば、人民は逃散してしまい、税を軽くし、君子の蓄財が少なければ少ないほど、人民は君子の下へ集まって来る。されば、「悖る」=物事の筋道に合わない言動をとる者は、必ずや、理に悖ること状況へと陥ることとなるのである。同様に、財貨を理に悖る手段に依って得た者は、結局、理に悖る事態の出来(しゅったい)に依って、その財もまた、出て行って雲散霧消してしまうのである――といった意味であろう。

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