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2014/12/10

日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十六章 長崎と鹿児島とへ 平家蟹

M555

図―555

  肥後の海岸を立去る時、一人の漁夫が船側へ来た。彼の舟の中で、私は蟹(かに)や小海老(えび)の間に、奇妙な蟹を百匹ばかり手に入れた。これは後方の二対の脚が、見受けるところ場ちがいに、胸部から上向きにまがつて、ついている。最後に私はその中の一匹が、円形の二枚貝(ヒナガイ)に被われているのを発見した。二つの小さな釣爪(かぎづめ)の役目は、それを背中に支持することなのである(図555)。この蟹の背中は人間の顔に、怪異的にも似ていて、これに関係ある伝説が存在し、それをこの漁夫は私に物語ろうとつとめた【*】。

 

* この蟹はへイケ ガニと呼ばれる。ジョリイの尊ぶ可き著述『日本の芸術に於る伝説』には、平家蟹は小さな蟹で、それには奇妙な、迷信に近い伝説があると書いてある。一般にこれは一一八五年、壇ノ浦の戦でミナモト(源氏)に殺されたへイケの戦士だちの、妖怪的な遺物であるとされる。これ以上の詳細に就ては上述の書の一一五頁を見られ度い。

[やぶちゃん注:これは十脚目短尾下目ヘイケガニ科ヘイケガニ属ヘイケガニ Heikeopsis japonica 或いは近縁種のマルミヘイケガニEthusa sexdentata であろう。サメハダヘイケガニ Paradorippe granulate やキメンガニ Dorippe sinica であれば、特有の背甲のざらつき感や奇体な凹凸をモースが描写しないはずがないと考えるからである。ヘイケガニについては、私の電子テクスト、

・寺島良安「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」の「たけぶんがに/しまむらがに 鬼鱟」条及び私の注

・丘淺次郎「生物學講話」の「第六章 詐欺 四 忍びの術(3)」の本文及び私の注

南方熊楠「平家蟹の話 附やぶちゃん注」

を参照されれば、あなたも私と同じく平家蟹フリークになれること請け合いますぞ!

「円形の二枚貝ヒナガイ」(太字のは原文では傍点「ヽ」)原文は“a circular bivalve shell (Docinia)”。ヘイケガニ類は第四歩脚と第五歩脚(これを第三と第五の歩脚であると主張する説もある)は小さな鉤状になっており、先端に小さな鋏を持っており(第二及び第三歩脚は甲と同じく扁平で、甲幅の二倍以上の長さを持ち、鋏脚は小さいが、♂の鋏脚は右が僅かに大きい)、この二本の短い歩脚で二枚貝の貝殻や棘皮動物のカシパン類、海綿類などを背負って身を隠す習性を持っている(ここまではウィキの「ヘイケガニ」を参考にした)。

「へイケ ガニ」の空欄はママ。原文が“Heike gani”となっている。「ヒナガイ」和名のヒナガイは斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ目マルスダレガイ超科マルスダレガイ科カガミガイ亜科ヒナガイ(雛貝)Dosinia bilunulata を指す。房総半島以南の外洋に面した浅海砂底に棲息。殻高約八五・殻長七五・殻幅三〇ミリメートルほどの円板状を成し、殻頂は前に傾く。殻表には多数の輪脈があって、その前端と後端は尖って棘状を呈し、特にその前端の連続的な縁によって、前部の小月面のほかに広く月状の面を囲む面ができるのが特徴であることから、一見して明らかに同類と区別がつく。殻の表面光沢も強く、殻頂から腹縁に向かって褐色の放射色帯が走っている(ここまでは小学館「ニッポニカ」の奥谷喬司氏の記載に拠った。但し、奥谷氏は Dosinorbis bilunulata”と属名の綴りが異なる)。同定でいつもお世話になっているMachiko YAMADA 氏のサイトの「微小貝類データベース」のこちらが稚貝であるが同種の特徴をつかむのに非常に分かり易い画像である。但し、モースは“Docinia”と記しており、現在、この Docinia はマルスダレガイ科カガミガイ亜科 Dosiniinae の非常に広義なカガミガイ属 Dosinia を指し、ウィキの「カガミガイ亜科を見て戴くと分かるが、カガミガイ亜科は後ろの側歯が主歯に覆い被さるように(外見では隆起して突出して)接近しており、これはカガミガイ亜科にのみ特徴的に見られるものであるから、モースが見たものはカガミガイ亜科 Dosiniinae であることは確かに間違いない。ところが、同ウィキにはカガミガイ亜科を『属を大きく分けた場合、Dosinia の単型となる。Dosinia は大きな属で、いくつかの亜属に分けられる。これらを独立属とする説もある。「カガミガイ属」という和名が使われることもあるが、カガミガイが属する属が一定しないため、その指す属は一定しない』という記載に出くわす(下線やぶちゃん)。以下、同ウィキで日本産の種としてまず掲げられているのは、

・カガミガイ Dosinia (Phacosoma) japonica

で、これは北海道南西部から九州・朝鮮半島・中国大陸沿岸に分布する(『その他にも日本周辺には Phacosoma に分類される相互によく似た貝が十種以上分布するが、より深い海底に生息するため一般人の目に触れることはそれほど多くはない』と注する)。

また、このカガミガイと同大の、

・マルヒナガイ Dosinia (Phacosoma) troscheli

がおり、これは北海道南西部から九州・中国南岸に分布、殻表面に不明瞭な褐色の放射帯が見られ、小月面(殻頂に隣接して前背縁に形成されるハート型の小区画)が褐色になるとある。

同様に褐色帯が現れるもので、

・ヤタノカガミ Dosinia (Phacosoma) nipponicum

があるがこれは小月面が淡色で、本州中部に棲息。

干潟でも見られるものとしては、やや小型で膨らみが強い、

・アツカガミ Dosinia (Phacosoma) roemeri

(本州~九州)や別亜属の、

・ウラカガミ Dosinia (Dosinella) angulosa

(本州~九州)などがあるが、日本では二種ともに各地で激減或いは絶滅状態にある、とする。不審なのは、奥谷氏の挙げた、ヒナガイDosinia bilunulata が挙がっていないことであるが、ここでは問題にしない)。

 ともかくもモースが見たそれは、ヒナガイDosinia bilunulataではなくカガミガイ Dosinia (Phacosoma) japonica 若しくは上記の各種のそれであった可能性が有意にあるように私には思われる。さればここは「ヒナガイ」と断定する訳は出来ず、寧ろ、「カガミガイ(亜科)の仲間」と訳すのが正しいと思われる。

「ジョリイの尊ぶ可き著述『日本の芸術に於る伝説』」これは、

Henri L. JOLYLEGEND IN JAPANESE ART, a Description of Historical Episodes Legendary Characters, Folklore Myths, Religious Symbolism.”(London, Bodley Head,1908,xliii 453p., 29cm, 110 plates.

のことと思われる(これ自体はネット上で発見した書誌データ)。本作の原文でも御厄介になっているInternet Archivists”のこちらで原文が読め、全文のダウンロードも出来る。PDF版で視認すると、刀の鍔や根付を中心に「東海道五十三對」と題した彩色浮世絵画像や各種の面の図などを豊富に配して、すこぶる興味深い。「日本の」と名打っているものの、どうも項羽や郭子儀などの中国の伝承も多く混じっている。モースの指摘する箇所(原書の115ページ)を発見したので以下に原文を示す(漢字で示した「車蟹」は実際にそこにその漢字で書かれているものである)。

   *

292.  HEIKE GANI ,or Heike crabs of Akamagaseki (Shimonoseki), are tiny crabs to which attaches a curious legend, verging on superstition : they are popularly credited with being the ghostly remains of the Heike warriors killed at the battle of Dan no Ura, in 1185, by the Minamoto (Genji). See Hearn.

   They are also called TAISHOGANI (Chieftain's crabs) and Tatsugashira, or dragon's helmet, and people see in the ridges of their shell the roughly delineated shape of a warrior's helmet.  In representations of Benkei's fight with the ghosts (q.v.) it is not uncommon to see the crabs surrounding the boat of Yoshitsune, or the drowning warriors of the Taira army, specially Tomomori. According to legend the ghosts nightly bail the bottom of the sea with bottomless ladles. For a similar legend, see SHIMAMURA DANJō TAKANORI. See also HOTARU.

   *

(q.v.)”はラテン語“quod vide”の略で、「〜を参照せよ」の意。“ladles”は柄杓で、舟幽霊が「柄杓貸せ」というのを、それでもって海底から救い出してもらおうとすると解釈しているものか?

 著者ヘンリー・L・ジョリーは民俗学者のようだが、ネットで検索してもよく分からない。識者の御教授を乞うものである。

「上述の書」底本では直下に石川氏による『〔Legends in Japanese Art by Joly〕』という割注が入る。原文は“For additional details see above work,p.115”。]

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