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2015/01/09

魔のもの Folk Tale 佐藤春夫 ―― PDFの読めない方のために

魔のもの Folk Tale   佐藤春夫
 
 (昭和七(一九三二)年春陽堂刊「少年文庫」版)
 
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年四月発行の『新小説』に発表され、後に佐藤春夫最初の童話集となった「蝗の大旅行」(改造社昭和元(一九二六)年九月刊)に所収された。国立国会図書館蔵の昭和七(一九三二)年春陽堂刊の「少年文庫 3」版を底本としたが、総ルビであるため、読みが振れると判断した箇所にのみのパラルビで電子化した。本「魔のもの」を載せている国書刊行会一九九二年刊須永朝彦編「日本幻想文学集成」の第十一巻「佐藤春夫」の、編者須永氏の解説によれば(引用部は恣意的に正字化した)、『『退屈讀本』所収の「わが父わが母及びその子われ」に「私は母に抱かれて幾つかの傳統的な怪異な話を覺えてゐる」とあるから左様なものゝ一つかとも推測してみるが、粉本の有無は不詳』とある。なお、この「日本幻想文学集成」は初出に拠っている者と思われ、本テクストと表記の一部や句読点及び改行に異同がある。内容的にそれを逐一記す必要性は感じないが、一箇所だけ、三話目の、「――さう言つて、その若い衆の妹が今でも泣いて話すが、これや愚痴とは言へまい‥‥」という一文の後、「早う汽車がとほるとええなあ、と、そこでわしが言うたことぢや。」が入るが、これは私の底本としたものでは改頁となっているものの、視認する限りでは一行空けがない。しかし、話術の流れから、ここのみ須永編の「日本幻想文学集成」をよしとして一行空けとした。影絵の切り絵の挿絵が入るが、作者不詳であり、著作権を考えて省略した。なお、本テクストは私のブログの六十五万アクセス突破記念として作成した。【二〇一五年一月日 藪野直史】]
 
魔のもの
     Folk Tale
 
 もう八つの刻(こく)だつたらう――
 とぼとぼ、坂路を下りて居ると、ピカリと不意に光つたものがある。――松の梢(こずえ)のてつぺんぢや。ハツと、そこへ(ヽヽヽ)思はずひれ伏してしまつた。
「六根淸淨(ろつこんしやうじやう)々々々々々々々々……」
 手を合はしてから、ちらりと一目拜むと、鳥(とり)のやうな足ぢや。羽根をひろげての――。天狗(てんぐ)さまがござらつしやる。息もつかずに居た。おそるおそる、もう一度、そつと、首をちぢめたままで見上げると、もう、何(なに)も無い、ほーつ(ヽヽヽ)と思つて、もう一度、ゆつくり見上げると本當にもう何もない。
 一もくさん(ヽヽヽヽヽ)に林のなかからかけて下りて、やつとの思ひで村へ出た。
 ――あれやあ、本當の天狗さまぢやらう。
      *     *     *     *
         *     *     *
 六甲越(かふごえ)で丹羽へ出ようと思つとつた。峰一つ越えてしまうて、もう少しのことで人里だつた。
 月が出てゐたがの。
 その長い一本道を、いきなりスーツ(ヽヽヽ)と來て通つた、ゴオーと言つて地鳴りがしたやうにも思つたがのう、荷物も、商賣ものの灰(はひ)もあつたものぢやない、身(からだ)一つで竹藪のなかへすくみ込んだ。
 夜(よる)は魔のものといふが、そりや、えらいものぢや、通つたあとがといふと、お前、あたり一めんの蓮華畑(れんげばたけ)に、一すぢ、幅が三尺(じやく)ほど、そこだけ刈り取りでもしたやうに、帶(おび)になつて、蓮華の花が綺麗に切れてしまつてゐるのだ。
 ――いや、四つ足(あし)ぢやない。さあ? 長(なが)ものでもない。鱗(うろこ)もありやせん。いや、ただもう、三丈もあらうかといふかたまりなのぢや、黑いものぢや、影のかたまりぢや。
 さうさ、幽靈ぢやらうかのう。お化けぢやらうかのう。さあ、何やら知らんが、何(な)にせ、まあ、それがその魔のもので、つまりは今だに正體が知れんのぢや‥‥て。
      *     *     *     *
         *     *     *
 その谷といふのがその、名(な)うての魔所なので、ひとり旅などをするものはもとより、つれのある衆(しう)でも、そこまで來ると、ふいとその谷のなかへ上の道からをどり込んだりするのだ。夕がたなどは論外だが、晝日中(ひるひなか)でもそれだ。――いきなりひき込まれるのはまだたち(ヽヽ)のいい方ぢや。一度などはこんなことがあつた――。
 次の村で話し込んで夕方になつて出かけた若い衆が、その晩になつても、朝になつても、その次の夕方になつても歸らぬ。さあへん(ヽヽ)だといふのでさがして見ると、案のとほり、そこの谷へ墜(お)ち込んでゐる。體(からだ)は、今さらぢやないが目もあてられない。で、一番妙なことはといふと、たかが一里もない手前の緣者のうちで新らしくはかせたわらぢ(ヽヽヽ)が、二十里も歩いて來たやうにぐしやぐしやにはきつぶれてゐた。――そんなに遠道(とほみち)を、どこをどう歩いて來たやらそれがとんとわからない。――さう言つて、その若い衆の妹が今でも泣いて話すが、これや愚痴とは言へまい‥‥
   
 早う汽車がとほるとええなあ、と、そこでわしが言うたことぢや。
      *     *     *
         *     *     *
 村中の人が雪の上で焚火(たきび)をして、手に手に得(え)ものを持つてゐるところだつた。聞くと、今夜こそは是非(ぜひ)とも一つあれ(ヽヽ)をどうかしてくれようと言つてゐる‥‥
 その晩はえらい騷動ぢやつたて。たうとう丑滿(うしみつ)すぎになつてわな(ヽヽ)に落ちた。つかまへて見ると、それは二尺あるなしの四つ足なのだ、見たところは山犬に似てゐるが、ぢやが山犬でもない。てん(ヽヽ)でもない。白い毛のふさふさしたものぢや。捉(つか)まつても割合に神妙にして居(を)つた。ちよつとその邊では見なれないものぢやと言つた。わしも見たことのないものぢやつた。もう夜中でもあつたしそれにめづらしい奴(やつ)ぢやといふので、村の衆はそれをともかくも生(い)けて置くことにした。それで、どこから持ち出したのか、こんな太い丸太を組み合(あは)した。さうして、その隙間(すきま)といつたら、それこそ指二本とはそろへて這入(はい)らぬ檻(をり)のなかへ、そいつを投(はふ)り込みをつた。それから獵につかふ犬を皆(みんな)そこへ張番(はりばん)させて置いた――これや、私(わたし)もちやんと見たのぢや。
 ――ところが、やつぱり魔のものぢやつたのぢや。明(あめ)の日になつて見ると、もう影も形もあるものぢやない。――その檻はちやんとそつくり頑丈(ぐわんじやう)にのこつてゐるのぢやげにな。なにさま、やつぱり魔のものぢやつたのぢやらう‥‥
      *     *     *     *
         *     *     *
 この村に、むかしから魔の住んどる家(うち)が三軒(げん)あるのぢや。一軒(けん)はそれ、あの高いくぬぎの下(した)の家(うち)ぢや。もう一軒は、馬方(うまかた)の馬屋(うまや)のねき(ヽヽ)にあるあの空(あ)き家(や)ぢや。――あれが一ばん惡(わる)いて、それからもう一軒はな、――さうさ、ええ、もう言うてしまヘ――お前のうちぢやがな‥‥
[やぶちゃん注:「六根淸淨(ろつこんしやうじやう)」以下の「々」の記号部分には底本では六回分の踊り字「〱」が入っている。これは「ろつこん」と「しやうじやう」を分割した繰り返し表記と思われ、朗読される際には、最低でも三回以上(リーダがある)は必ず、お願いしたい。
「ねき」根際(ねき)。側。傍ら。]

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