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2015/01/21

耳嚢 巻之九 猫忠死の事 ――真正現代語大阪弁訳版!――

既に僕は「耳嚢 巻之九 猫忠死の事」を疑似的な大阪弁で公開しているのだが、僕自身がネイティヴな大阪弁を知る人間でないことが気になっていた。
本日只今、僕の教え子で、僕の山(山岳部)の女房役であった「むすぶん」君が、僕の貧相な現代語訳を、非常に緻密な検証の下、素晴らしい真正大阪弁訳にインスパイアしてくれた。

以下に、一切の修正を加えず、彼の附記もそのままに、原文を添えて示したい。

これが大阪弁やで!

むすぶん――ありがとう!

 猫忠死の事
 安永天明の頃なる由、大阪農人(のうにん)橋に河内屋(かはちや)惣兵衞と云へる町人ありしが、壹人の娘容儀も宜(よろしく)、父母の寵愛大方ならず。然るに惣兵衞方に年久敷(ひさしく)飼置(かひおけ)る猫あり、ぶち猫の由、彼(かの)娘も寵愛はなしぬれど、右の娘につきまとひ片時も不立離(たちはなれず)、定住座臥、厠(かはや)の行來(ゆきき)等も附(つき)まとふ故、後々は彼娘は猫見入(みいり)けるなりと近邊にも申成(まうしな)し、緣組等世話いたし候ても、猫の見入し娘なりとて斷るも多かりければ、兩親も物憂(ものうき)事に思ひ、暫く放れ候場所へ追放(おひはな)しても間もなく立歸(たちかへ)りけるゆゑ、猫はおそろしきものなり、殊に親代より數年飼置けるものなれど、打殺(うちころ)し捨(すつ)るにしかじと内談極(ないだんきはめ)ければ、彼猫行衞なくなりしゆゑ、さればこそと、皆家祈禱其外魔よけ札(ふだ)等を貰ひいと愼みけるに、或夜惣兵衞の夢に彼猫枕元に來りてうづくまり居(をり)けるゆゑ、爾(なんぢ)はなにゆゑ身を退(しりぞき)、又來りけるやと尋(たづね)ければ、猫のいわく、我等娘子を見入たるとて殺(ころさ)れんと有事(あること)故、身を隱し候、よく考へても見給へ、我等此家先代より養はれて凡(およそ)四拾年程厚恩を蒙りたるに、何ぞ主人の爲(ため)あしき事をなすべきや、我(われ)娘子の側を放れざるは、此家に年を經し妖鼠(ようそ)あり、彼娘子を見入(みいり)て近付(ちかづ)んとする故、我等防(ふせぎ)のために聊(いささか)も不放(はなれず)、附守(つきまも)るなり、勿論鼠を可制(せいすべき)は猫の當前(たうぜん)ながら、中々右鼠、我(われ)壹人の制(せい)に及びがたし、通途(つうと)の猫は二三疋にても制する事なりがたし、爰に一つの法あり、島(しま)の内口(うちぐち)河内屋市兵衞方に虎猫壹疋有(あり)、是を借りて我と倶に制せば事なるべしと申(まうし)て、行方不知(ゆくえしれず)なりぬ。妻なる者も同じ夢見しと夫婦かたり合(あひ)て驚きけれども、夢を強(しい)て可用(もちふべき)にもあらず迚、其日はくれぬるに、其夜又々彼猫來りて、疑ひ給ふ事なかれ、彼猫さへかり給はゞ災(わざはひ)のぞくべしと語ると見しゆゑ、彼(かの)島の内へ至り、料理茶屋躰(てい)の市兵衞方へ立寄(たちより)見しに、庭の邊(へん)椽頰(えんばな)に拔群の虎猫ありけるゆゑ、亭主に逢(あつ)て密(ひそか)に口留(くちどめ)して右の事物語りければ、右猫は年久敷(ひさしく)飼(かひ)しが、一物(いちもつ)なるや其事は不知(しらず)、せちに需(もと)めければ承知にて貸しけるゆゑ、あけの日右猫をとりに遣しけるが、彼れもぶち猫より通じありしや、いなまずして來りければ、色々馳走(ちそう)などなしけるに、かのぶちねこもいづちより歸りて虎猫と寄合(よりあひ)たる樣子、人間の友達咄合(はなしあふ)がごとし。扨その夜、又々亭主夫婦が夢に彼ぶち猫來り申(まうし)けるは、明後日彼鼠を可制(せいすべし)、日暮(くる)れば我等と虎ねこを二階へ上げ給へと約しけるゆゑ、其意に任せ翌々日は兩猫に馳走の食を與へ、扨夜に入(いり)二階へ上置(あげおき)しに、夜四ツ頃にも有之(これある)べくや、二階の騷動すさまじく暫しが間は震動などする如くなりしが、九ツにも至るころ少し靜(しづま)りけるゆゑ、誰彼(たれかれ)れと論じて、亭主先に立ちあがりしに、猫にもまさる大鼠ののどぶへへ、ぶち猫喰ひ付たりしが、鼠に腦をかき破られ、鼠と倶に死しぬ。彼(かの)島の内のとら猫も鼠の脊にまさりけるが、氣力つかれたるや應(まさ)に死に至らんとせしを、色々療治して虎猫は助りけるゆゑ、厚く禮を述(のべ)て市兵衞方に歸しぬ。ぶち猫は其忠心を感じて厚く葬(とむらひ)て、一基(いつき)の主となしぬと、在番中聞しと、大御番勤(おほごばんづとめ)し某(なにがし)物語りぬ。
 
 
■やぶちゃんの不十分現代語訳を補正せる「むすぶん」現代大阪弁訳

 猫忠死の事
 
 安永天明の頃やった、とか。
 大坂農人橋に、河内屋惣兵衛ちゅう町人がいはったんやけど、ここの一人娘がえろぅ器量よしやったさかい、お父うおっ母あの可愛がりようは、もう一方ならんかったそうや。
 けど、惣兵衛の家には、こらまた年しゅう飼うてはった猫がおって――ぶち猫やったっちゅうこっちゃ――その娘さんもこの猫をよう可愛がったはってん。
 けど、この猫、度が過ぎとったんや。その娘子につきまとうて、つきまとうて、これがまあ、かた時も離れへんっちゅうこっちゃ。常住座臥……なんやな……そのぉ……へへっ……厠の行き来なんかにも、つきっぱなしのまといっぱなし、ちゅうわけや。
 そんなこんなやったから、のちのちには、
「……河内屋はんとこの、あのごりょうはん、なんや猫に魅入られとるっちゅう、もっぱらの噂やでぇ……」
と、近隣どころか、大坂中、もうえらい知れ渡ってしもた。そうなったら、こらもう、美人やいうて、これ縁談の世話なんか焼いても、
「……そやかて……あのごりょうはん、これ、猫に魅入られたっちゅう、評判の――猫娘――だっしゃろぅ?!」
と、どこもかしこも、けんもほろろに断って参ったによって、流石に、そのふた親も、えろぅ、もの憂いことになったっちゅう訳や。
 時に、しばらくの間、お店から遠く離れた所へ、追っ放してみても、これ、ふふっと気ぃついたら、立ち返って、娘のお膝へ、ちんまり座っとる。
「……猫っちゅうもんは恐ろしいもんや。……とりわけ、親の代より可愛がって、数年この方飼うてる猫やけど。……しゃあないわ。……打ち殺して捨てるしかおまへんやろなぁ……」
と内々に相談しはって、これ、極まったはってんて。
 けど、そう話し合うた翌朝のこと――その猫――どっか行方知れずになってもうて、
「……やっぱそうやったんかい!」
と、家を挙げて、祈禱師を呼んで猫調伏を祈るやら、その他もろもろ、化け猫魔よけのお札なんかぎょうさん貰うてからに、そこらじゅうに、これ、べたべた、べたべた、貼りに貼っては、家内の者、皆して精進潔斎、慎んだはったっちゅうことや。
 ところが、それからほどない、ある夜のことやった。
……惣兵衛の夢に…何と…あの猫が出たんや!……
……枕元に来おって、これがまた、じぃーっとうずくまってな……恨めしそうな眼ぇで……惣兵衛のことを……これまた……じぃーっと……見つめとったそうや……
 それで惣兵衛は、
「……あ、あんたは!……な、なんで、身ぃ隠しとったくせに、……こ、こないにまた……も、戻ってきたんや?……」
って質いたら、…猫が…人の声で…答えたんやて!……
その言うことには、
「……わては……ごりょうはんを魅入ったからいうて……殺されるっちゅうこと……聞き及びましたよって……身ぃ隠しとりましたんや……よう考えてもみなはれ……わては……
この家のご先祖様より養われて……まず……凡そ四十年ほども厚い恩を蒙ってきましたからに……どうして……どうしてご主人様のために……そないな恐ろしいことしますのん?わてがごりょうはんのそばを離れへんかったんは……実に……この家に年取ってる妖鼠がおって……そいつこそが……かのごりょうはんに魅入って……これ……近づこうとしとったからなんですわ。せやからこそ……わては……その防ぎのために……いささかも……ごりょうはんのそばを離れんと……ついて守ろうとしとったんですわ。……勿論……鼠を制するんは……これ……猫にとっては当たり前のことやとはいえ……なかなか……あのけったいな鼠……これ……わて一人の身では……制することはできませんで……そんじょそこらの猫やったら……とてものこと……二匹三匹でも……これ……制すんのは……難しい物の怪……
 せやけど……ここに一つ方法が……ございます。……島の内口に……ご主人さまと同じ屋号の河内屋市兵衛ていう人がいはるんです……そのお方のとこに……虎猫が一匹……おるんです。一つ……これを借り受けて……わてとともに、あのけったいな鼠を制したってなったら……ことは……これ……確かに……成就間違い……ございません……」
と、申したかと思うたら……ふっと……影も形も見えんようになった――と――眼ぇが醒めた。
 せやけど、眼ぇ醒めてたら、隣の嫁はんも、こらまた、蒼い顔して、起きとった。
 惣兵衛、
「……実は……今……こないなけったいな夢を……見たんや……」
って言うたら、その嫁はんも唇震わせながら
「……わ、わても、そ、それとおんなじ夢を、見ました!……」
と身体をわななかせて言いよったから、夫婦揃うて、ひしと抱きおうたそうや。
 せやけど、
「……たかが、夢を……これ、強いてやるっちゅうことも……何やしのぅ……」
と、何もせんと、その日は暮れたんや。
 ところがや……
その日の夜……またまた……あの猫が……二人の夢に現れたんや!ほんで、
「……疑わんといて下さい……あの猫さえ借りてくれはったら…お主さまの……この災い……きっと……除いて……見せますから!」
って言うたそうや。
 せやから、翌朝になんのを待って、惣兵衛は、あの申し状の通り、島の内へ行って、料理茶屋風の河内屋市兵衛っていう人がやってるお店の方へ立ち寄って、それとなぁ、店内を見てみたら、その内庭のあたり、縁端のとこにこれ、一目見て――これや!――って思う、まあ、実にまるまるとした剛毅な虎猫が、陽だまりにうずくまっとったから、惣兵衛が亭主に声掛けして、直々に逢うて、密かに口止めを申し述べた上、この顛末の仔細、これ物語ったところ、
「……いや……この猫は年久しゅう飼うてはおります。……せやけど、そのように傑物なんかどうか……まんず、よう分かりまへんなぁ。……せやけど、まあ、切にお求めやっちゅうんやったら……」
とて、承知の由、言質を受けたことによって、その場で貸しもろうことを約束して、
別れはった。
 明けの日、下男に、その虎猫を借り受けに遣わしたら、その虎猫も――信じられへんことやけど、あのぶち猫より通じ取ったかのごとく――嫌がる様子ものうて、素直に下男の懐にちんまりと収まって、惣兵衛の家へ参上したんやて。
 そんで、その虎猫にいろいろご馳走とか遣わしとったところ……あの……行方知れずやったぶち猫が……これ……どっからともなく、ひょいと惣兵衛の店へ戻ってきて……この虎猫と寄り添うて、
「……ゴロコロ……ニャア! ゴロ……ゴロ! ニャアニャア……」
って、互いに、しきりに喉を鳴らし合うとる。その様子は、これ、あたかも人間の友だち同士が話し合うてるような塩梅やった。
 そんで、その夜のこと、またまた惣兵衛夫婦の夢に、あのぶち猫がやってきて言うには、
「……明後日……あの鼠を成敗致そうと存じます……日が暮れたら……わてと虎猫殿を……これ……二階へ上げ置いて下さいませ」
と、きっと約束しはったそうや。
 せやったら、その意に任せ、翌々日、二匹の猫に、これ、相応のご馳走の膳を供した上で、そのうち夜になって、お店の二階へ上げといた。
 夜も既に四ツ時かと思う頃のこと、
ドンガラ! ガッシャン! ド! ドッツ! ドッスン!
フンギャア! ヒイイーッツ!
――と!――二階の騒動!――これ、まあ!――すさまじく!――しばらくの間は、お店全体が地震のごとく、ビリビリ顫えとった……
 九ツにも至らんとする頃愛、少し静まってきたから、
「……た、誰か!……」
「……い、いや!……お前が!……」
なんどと家内の皆々が、言い合いになったから、
「……わ……わてが、参りまひょ!……」
と亭主惣兵衛自ら、先に立って二階へと上がってみた。
……と……
……猫にも勝る大鼠の……
……その喉笛へ……
……あのぶち猫……
……食らいついとったけど……
……鼠にその脳みそを掻き破られて……
……大鼠ともに……
……既に事切れとった……
 ほんで、あの島の内の虎猫も、これ、鼠の背ぇにはるかに勝る大猫やったけど、気力も何も、使い尽くしたんか、まさに瀕死の身体になっとったけど、この虎猫の方は、いろいろと治療を尽くして、命を救うことができたそうや。
 せやから、惣兵衛は、虎猫が十分元気になったところで、あの島の内の市兵衛方へ、厚く例を述べて、虎猫殿を返さはったそうや。
 ――ぶち猫は――これ――その河内屋への忠心に感じ――厚く葬いをも成して――一基の墓も建立しはったそうや。
 以上、「在番中に聞いたことでっせ」って、大御番を勤めたはった某殿が、私に直接、物語ってくれはった話や。
 
 
 
<むすぶん注> 
①.大阪弁だと、「捨てる」の意で「ほかす」という言葉も使いますが、「ほかす」は主に物やごみに対して使うため、ここではあえて「捨てる」という表現のままにしています。
②.「けったい」は、「不思議なさま、奇妙なさま」を示す関西の方言です。ただし、「よう分からん、得体が知れない」というニュアンスを含んでいるため、ネガティブな意味で使われることがほとんどです。
 
<解釈>
1.いろいろ迷いながらも、原作の雰囲気を極力壊さない程度に口語訳にしました。
2.語り手から聞き手への敬意に関しては、「ございます」といった敬意表現を抜いて、語り手から聞き手に読み聞かせるようなものにしてあります。
3.語り手から猫に対しては、動物に対して言及しているので敬語表現を抜いてあります。
4.今回のお話は町人が主人公のお話なので、町人である惣兵衛や市兵衛に対する敬語表現は、「はる」言葉を多用しています。
(例:「行かはる」「見たはる」「したはる」「言うたはる」など)
 私自身、「はる」言葉は、「標準語の敬語を使うほどではないが、全く敬語がないのもどこか落ち着かない」という場合に使うことが多いです。そうした絶妙な敬意を表現するのに便利なので、主に気心が知れた先輩や同級生・近所の人・著名人や後輩など、あらゆる人に対して「はる」言葉を使っています。先生や上司といった目上の人のときも、当人がいない場で話題に出す場合は「はる」言葉を使っています。
 今回の例でいうと、惣兵衛の娘さんに対しては、別に敬語を使わなくてもいいところですが、「はる」言葉を使うことで、娘さんに対しても少しばかりの敬意を込めることができ、また表現も柔らかくなる効果があります。
 ただし、関西人どうしの会話ですと、お偉いさんに対しても「はる」言葉を使うこともあるようです。
<参考文献>
旺文社編 国語辞典 第八版
<参考URL>
大阪弁完全マスター講座



これで、僕の「耳嚢」は素晴らしくブラッシュ・アップされたのであった――

だいじなことは……なんやな……わてのひねこびてもうた、この、ひこばえを……わての若い教え子が……ただしてくれることやったんやなぁ……

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