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2015/01/15

耳嚢 巻之九 寡女死を免し奇談の事

 寡女死を免し奇談の事

 

 文化六年、相州西ケ原村の百姓女、元勤(つとめ)し屋鋪へ來り咄しける由。此頃奇談あり。西ケ原村に、夫に後(おく)れ子も失ひし老媼(ろうあう)あり。村内に家元の百姓ありて世話をもなしけるが、彼(かの)媼(をうな)無盡(むじん)に當りて金子三十兩程も請取(うけとり)しが、壹人の女性故、家元へ持參し預け置(おき)しが、右の事を聞(きき)し村内のわる者ども六人、顏に墨をぬり又は朱を塗りて右媼が許へ押込(おしこみ)、無盡をとり候沙汰もあれば右金子可出(いだすべし)と申(まうし)けるゆゑ、無盡を取(とり)しも無相違候得(さういなくさふらえ)ども、右金子は本家へ預け候由答へければ、しからば外に金錢あらば出すべしと責(せめ)けれど、外には金子なし、かゝるあばら屋自身(おのづと)さがし見給へと申(まうす)故、所々くまなく搜せど聊(いささか)も貯(たくはへ)なし。食(くふ)にうへたれば、何にしても喰(くは)せ候得(さふらえ)と申けるに、これは我等獨り住(ずみ)なれば、可振廻(ふるまふべき)食事なし、先程本家より牡丹餠(ぼたもち)を貰ひ佛前に備へ置(おき)たり、夫(それ)にても宜敷(よろしく)ば給(たべ)候へと申ければ、夫れにても宜(よろし)とて、彼(かの)牡丹餠十四五もありしを六人にて殘りなく喰ひしが、間もなくしつてんばつとうして、吐くやら倒るるやら苦しみけるゆゑ、媼も驚きて近所へしらせけるにぞ、いづれも立集(たちあつま)り見しに、六人とも毒にあたりしや死に入(いり)ける故、冠(かぶ)りもの又は墨を洗落(あらひおと)しけるに、何れも村内の者なり。さて右牡丹餠を送りしは本家の欲心にて、媼を殺す巧(たくみ)なるや、又は本家の主人は不知(しらず)して、下人か又外にわる者ありて右の手段に及びしや、いづれ公邊(こうへん)へも持出(もちいだ)す沙汰なりと、語りけるとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。事件実録物であるが、さもありなんというリアリティがあるのであるが、実は底本の鈴木氏注に『三村翁曰く、此話も草紙にありし覚えあり、と』あるから、作話の可能性も否定は出来ない。寧ろ、六人の殺人事件であるから南町奉行であった根岸がこの事実を確認することは容易であったはずであるから、寧ろ、正規の記載でない伝聞として書かれたこれは、やはり都市伝説の類いと考えた方が無難であろう。

・「寡女」「やもめ」と読んでいよう。未亡人。

・「しつてんばつとう」底本には右に『(七顚八倒)』と編者注がある。

・「文化六年」一八〇九年。「卷之九」の執筆推定下限は文化六年夏。この巻は、前の方からして有意にすこぶるホットな噂話の記載が多いのを特徴とする。

・「相州西ケ原村」底本の鈴木氏注では、『武州の誤か。いま北区』とし、岩波の長谷川氏注もそれを踏襲する。現在の東京都北区西ヶ原。日光御成道の一里塚が設置されていたというウィキの「西ヶ原の記載からみても、ロケーションのような田舎ではある(東京地下鉄南北線の駒込と王子に挟まれたここの西ヶ原駅は一九九一年の開業以来、東京地下鉄で最も乗降客が少ない駅の記録を日々更新している、とアンサイクロペディアの「西ヶ原」にある)。

・「無盡」無尽講。頼母子講(たのもしこう)のこと。金銭の融通を目的とする相互扶助組織で、講の構成員(組合員)が一定の期日に一定額の掛金を出し合い、後に籤(くじ)や入札によって所定の金額の融通を受けることが出来るシステムで、それが組合員全員に行き渡るまで行って公正を期するもの。鎌倉時代、信仰集団としての講から分派発生した。

・「公邊」おおやけ・公儀、表向き・表沙汰。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 老いたる寡婦(やもめ)の死を免れし奇談の事

 

 文化六年のこと、相州西ヶ原村に住まう百姓女が、以前、勤めて御座ったさる御屋敷へ久し振りにご機嫌伺いに訪ねて参った折り、雑談の中で話したことと申す。

 

……近頃、奇怪(きっかい)なる話の、これありましたんや。儂(わし)らの西ヶ原村に、旦那を亡くして、子も失のうた婆さんがおります。

 村の内には、この婆さん縁戚の実家――これも百姓で――のあって、飢え凍えんほどには婆さんの世話を致しておりやんした。

 ところが、この婆さん、たまたま、入っておった無尽講(むじんこう)の、これ、大籤(おおくじ)を引き当てましての! これが、まあ、何と! 金子三十両ほども受け取ったちゅう話!

 ほんでも、一人住まいの女性(にょしょう)なれば、その実家の方へと持参の上、預けおいたんやそうで。

 ところが、あんた、この、婆さんが大籤引き当てたちゅう話を耳にした、村内(むらうち)の不良の餓鬼どもが六人、これ、顏にどろっどろの黒炭を塗ったり、おどろおどろしい朱(しゅ)をさしたりしましての、この婆さんとこへ、夜中に荒々しく押し込み、

「――ヤイ!――婆アッ!――無尽で大枚(たいまい)獲ったちゅう噂、これ、聴いたでエ!――アン?――ここに! その金子、耳を揃えて出してくんなイ!!」

と脅しました。すると、婆さん、

「……無尽をとったは、これ、間違いなきことにてはございますが、の……その金子は、これ、全部(ぜぇんぶ)、本家へ預けてしもうて……ここにゃ、一銭も、ありゃしません……」

と答えました。ほしたら、

「――なにいイ?!――ほ、ほんなら……他の金があろうガッ! それを、出さんカイ!」

と婆さんの頸根っこを摑んで締め上げ、なおも脅しましたん。

 けんど、婆さんは、

「……ほ、他には金子なんぞありゃせんが!……よう見さっしゃれ! かくも、ばっばたの小(ち)さきあばら屋じゃ! あんた! 自分で、隅から隅まで! 捜して、ごらんな!」

と啖呵を切ったん。

 そう言われた悪餓鬼どもは、そこたらじゅう隈なく捜して見たん。

 じゃけんど、婆さんの言う通り、ビタ一文、これ、貯えもあらなんだそうや。

 ほしたら、悪童の一人が、もう、苛立ってしもうて、

「……おらあ!……ああっ!……もう、食うに飢えた! 腹減ったんじゃ!――ワレ! 婆ア! 何でんええわ! 何か、喰わしてくんな!……」

と言うた。

 婆さん、

「……ここは儂(わし)の独り住(ず)みじゃての、おまえさんらに振る舞うような食事なんぞ、これありゃせんがね。……あ……じゃけんど、先っき、本家より無尽の当たりの幸いを御先祖へ告げなあかん、ついてはそのお供えじゃ云(ゆ)うて、仰山の牡丹餅(ぼたもち)を送って呉れたん。それが、これ、あるわ。……そこの、仏前に備えておいたって、それでよかったら、まあ、お食いな。……」

と教えたんや。

「……そ、そりゃ! ええな!……金はええわ! 牡丹餅! そんで、如何にもよろしいでえ!」

と、仏壇の前に車座となって、その牡丹餅――これがあんた、十四、五もあったんです――を六人で、これ、一つ残らず、おこぼれもなく、喰(くら)い尽くしたんや。

……ところが……間ものぅ……この六人が皆

――七転八倒(しってんばっとう)や!

――げぇろげろ! 吐くやら!

――ぶぅくぶく! 泡吹いて倒るるやら!

……その苦しんだるさまは、これ、見えぬ地獄の責め苦に遇(お)うてでもおるようじゃったと――これは、後の婆さんの話――。

 婆さんも、これには驚いての、深夜なれど、近所へと走って知らせに回ったん。

 近隣の者ら皆、寄り集(つど)うて――さて、婆さんの家内(いえうち)を覗いてみたところが、……これ……六人とも皆――毒にでも当たったんか――息絶えて冷とうなっておったん。

 そこで、この者らの、顔を隠しておった、おかしな被り物を剥ぎ取ったり、顔を塗ったくった墨やら朱やらを洗い落としてみたところが……あんた、これ……六人が六人とも皆――村内(むらうち)の悪たれども――じゃったん。

 さても、最後は、その贈られたっちゅう牡丹餠んことで!

 これは、それを送った本意は……何でも……

……本家百姓の獣(けもの)のごとき欲心の――婆さんを亡きものとせんとする――企みやった、とか……

……はたまた……

……本家の主人は一向、知らぬことであって……その本家の下人か或いは外に関係する悪者(わるもの)の、これあって――かの、おぞましき毒牡丹餅、ちゅう――卑劣な手段に及んだものか……

とか、これ、いろいろと噂致いておりますんや。

 まんず、孰れ、近いうちには、ご公議へも訴え出でて、表沙汰になるは、これ、決まってます…………

 

 と、語っておったとのことで御座る。

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