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2015/02/25

「いとめ」の生活と月齢との関係――附・「いとめ」精虫及び卵、并びに人類の精虫電気実験に就きて――   新田清三郎 (Ⅸ)

[やぶちゃん注:次の九頁及び十頁に以下の図。画像は国立国会図書館の「近代デジタルライブラリ―」のものを用いたが、九頁の画像は暗く細部がよく分からないので補正を加えて明るくしてある。キャプションはそれぞれ、右から左に電子化した。]

 

   A 「いとめ」の精液(擴大)

   B 「いとめ」の卵(擴大)

   C 受精せる卵(擴大)

   D 精 蟲(擴大)

 

Itome3_3

 

   バチの人工受胎模型圖

 

(A)受胎第一日

卵の周圍に一面に精蟲附着すれども卵の中に入ること能はざるもの無數にあるを見る。亦卵に近づくこと能はざるもの卵の間に群をなして活動す。卵は何れも既に受胎せるものなり。

室温平均十五度

氣壓七六五粍

 

(C)十日後の幼蟲

 

(B)受胎後第六日目檢鏡

人工孵化幼蟲、透明色なり。

 

Itome4

 

       四 食鹽水及び淡水による「いとめ」の精蟲及び卵の實驗

 バチの精蟲を4%の食鹽水に入れて檢鏡したるに頭部及び尾部は明かに認められ、3%迄は盛んに活動するが、4%以上の食鹽水に在つては精蟲は活動を停止する。

 卵は0.3%乃至1%の食鹽水中に在つては生理的に破壞されないが、蒸溜水に卵を混図れば十分乃至一時間にして生理的に全部破壞せられる。

 大正十一年十一月十八日深川木場に於ける著者の研究室の實檢に徴するに、隨分の濃度によつて「いとめ」の精蟲の活動に著るしき強弱の差を生ずる。實檢は當日午後六時より九時三十分に渉り、温度三・九度氣壓七六八粍、雨天であつた。實驗に用ひた食鹽水の濃度は

  0.1       0.2%    0.3

  0.4       0.5%    0.6

  0.7       0.8%    0.9

  1         1.5%    2

    3

等であつたが、精蟲は其中

  0.7       0.8         0.9

  1         1.5         2

の各溶液に於て最も盛んに卵に向つて飛び附き、4%の食鹽水中に於ては運動を中止した。又0.8の食鹽水中に在つては百二十時間を經過するも尚ほ盛んに運動を續けてゐた。即ちバチの生殖物に鹽物の必要なることが解る。「いとめ」の生殖群游に潮水の流動を必要とすることは明かである。泥中に於ては性交すること能はざるが故に浮游することは無論であるが、若し潮水の流動が全然不必要であるならば、比較的河底に近き所に於て性交するも差支ない筈である。然るに流動の最も強き表面に浮び出るのは明かに潮水の流動を必要とし、之によって生殖運動を盛んならしむる鹽分中にあつて卵と精蟲との接觸する機會を多からしめる爲である。

 泥中に生存する時は、たとひ干潮時に當りて海水を混ぜざる淡水が流れ來るとも、泥中に或程度までの鹽分を含有するが故に生存に支障を生じない。けれども一度後體部をちぎつて浮び出で、性交受胎し且つ孵化して水中を游ぎ廻りつゝある時に於ては、若し其棲息する河水の干潮時に淡水が一時に流れ來らんには精蟲の運動は不可能となり卵は生理的に破壞せられざるべからず。斯る不利益なる條件の備はる場所に居る時は一時に全滅に歸せざるべからざることは先きに述べたる實驗に徴して明かである。恰も戰時の密集部隊に毒瓦斯を散じたるが如き惨憺たる狀態に陷らざるを得ない。さればバチは干潮時に於ても尚海水の存在する場所まで流れゆかなければならない。これバチが漲潮時に浮ばずして落潮時に群游する所以である。

[やぶちゃん注:「大正十一年十一月十八日」西暦一九二二年のこの日は土曜日。この月十一月の月齢は五日が望で、実験の翌日の十九日が朔であった。前の記載に『朔若しくは望の翌日に群游することが多かつた』とあることから、新鮮な精子と卵子を実験用に得たとすれば、実験用の検体は実験の十二前の十一月六日(月)以降の約十一日間の間で入手されたものかと推測される。

「恰も戰時の密集部隊に毒瓦斯を散じたるが如き惨憺たる狀態に陷らざるを得ない」……木場の赤ひげ先生のこの悲惨な論文らしからぬ比喩、その確信犯に何か私は感ずるものがあるのである。……]

 アルカリ液中に於ては0.1%より0.8%に至る濃度に於てバチの精蟲は尚運動をなせども暫時にして之を休止し、0.8%アルカリ液中に在りては約一分時にして運動を中止する。

 酸の實驗に於ては、弱き溶液中在りてもバチの精蟲は直ちに運動を中止するを見る。

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