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2015/02/11

耳嚢 巻之九 流飮幷胸の燒るを留る妙法の事

 流飮胸の燒るを留る妙法の事

 

 赤にしを黑燒になせば鼠色なり、右を粉になして、流飮のつよきには酒にて用ひ、胸の燒(やく)るには湯にて飮むよし。栗山行庵傳授の由、横田臺翁の語りける。予胸の燒る時、右折節施しける故、飮之(これをのむ)に即效を得し故、其法を求(もとめ)ければ、赤にしの黑燒なると語りぬ。右栗山幸庵、長府の醫者のよし。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。民間療法シリーズ。

・「流飮」底本には「流」の右に『(溜)』と訂正注がある。飲食物が胃に滞って、酸性の胃液が咽喉に上がってくる症状を指す。不平・不満・恨みなどの心理的な胸のつかえがなくなって気が晴れるの意の「溜飲が下がる」はこれに基づく比喩。

・「赤にし」腹足綱吸腔目アッキガイ科 Rapana 属アカニシ Rapana venosa ウィキの「アカニシ」によれば、『内湾を中心に比較的浅い海に生息する中型の巻貝。北海道南部から、台湾、中国にかけて』棲息し、最大で十五センチメートルを超える個体もある。名は殻口が赤く染まることに由来する。『肉食性で養殖のアサリやカキを食い荒らす貝として関係者を悩ませることもしばしばある』が、『愛知県の三河地方や瀬戸内海、有明海などでは食材として流通しており、比較的人気も高い。食べ方は生のまま刺身が一番旨く、その調理法は殻ごと割って取り出すのがよく、そのためにまな板の上に叩き付ける。寿司ねたや煮物にもできる。軽く茹でて身を取り出し、串刺しして醤油をまぶし焼いた物もまた格別である』(私も激しくこの意見に共感する。アカニシは美味い)。『産地以外に流通する事は一般的に多くはないが、缶詰やパックで販売されている「サザエのつぼ焼き」の中身はアカニシであることがしばしばある』とある。因みに、アカニシは漢方で腫れ物や切創の効果があるという記載があり、また、その革質の蓋を保香剤として甲香・貝甲香・甲香(Cuddy Shell)として香道で調合剤として用いもする。特に後者は蓋ではあるが、肺が澄むという感じとは頗る相性がある効能のように思われる。

・「栗山行庵」不詳であるが、実は長州藩医学館好生堂の医師で、宝暦九(一七五九)年に萩の大屋刑場で処刑された女囚を我が国で初めて解剖、その精密な極彩色の絵図を残した藩医の名を栗山孝庵という。これ、一字違いで「孝」も「行」「幸」と同音であり、この医師と同一人物ではなかろうかと私は秘かに思っているのだが。識者の御教授を乞うものである。

・「横田臺翁」頻出の根岸昵懇の情報屋「横田袋翁」(既注)と同一人であろう。

・「幸庵」底本には右にママ注記がある。

・「長府」現在の山口県下関市東部、長門国国府の旧地で長州藩支藩の一つである長府藩の城下町。「卷之九」の執筆推定下限文化六(一八〇九)年当時は第十一代藩主毛利元義で四万七千石。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 溜飲并びに胸の焼けるを止める妙法の事

 

 赤螺(あかにし)を黒焼きになせば鼠色となるが、これを粉に成して、溜飲(りゅういん)の激しい折りには、これを酒に和して用い、胃ではなくして胸焼けに起因致す折りには、これを、湯に和して飲むとよい。

 以上は栗山行庵(こうあん)の伝授である由、横田台翁(よこたたいおう)殿の語って御座られた。

 また、

「――いや、実際、拙者が強い胸焼けを覚えたる、その折節、その通りに施術致いて、これを服用致いたところが、即効にて御座って、の! その製法を切(せち)に求めたところが――赤螺の黒焼きであると、これ、白状、致いて御座ったわ! 呵呵呵!……」

と、その当の栗山幸庵殿――これ、長府の医師なる由――が思わず漏らして御座ったことを、かの横田翁、これ、謂い添えられて御座った。

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