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2015/02/25

柳田國男 蝸牛考 初版(2) 言語の時代差と地方差 / 四つの事實

        言語の時代差と地方差

 

 國語の成長、即ち古代日本語が現代語にまで改まつて來た順序と、方言の變化即ち單語と用法との地方的異同と、この二つのものゝ間には元來どういふ關係があるのか。それを私は稍明らかにして置きたい爲に、幾つかの最も有りふれたる實例を集めて見た。現在保存せられてある多量の記錄文學は、其著述の時處が知られて居る限り、又其傳寫に誤謬改作が無かつたことが確かめられ得る限り、何れもそれぞれ過去の言語現象の、前後相異なることを語るものではあるが、その飛び飛びの事實の中間の推移に至つては、概ね尚不安安全なる臆測を傭はねばならぬ上に、それが何故に甲から乙丙へ、進み動くべかりしかの原由は説明してくれない。ところが方言は我々の眼前の事實であり、今も一定の法則に據つて繰返されて居る故に、いつでも其觀察者に向つて自分の性質を告げようとして居る。若し比較によつて幸ひに發生の順序を知り得べしとすれば、それが同時に亦我國語の歷史の爲、史料の年久しい缺乏を補ふことになりはしないか。我々の兄弟が旅を好み、田舍の物言ひのをかしさに耳を傾け心を留めたのも、千年以來のことであつた。殊に明治に入つてからは、これを調査する爲に大小種々の機關さへ設けられた。しかもこの大切なる總論於ては、尚將來の冒險者に期待すべき區域が、斯樣に廣々と殘つて居たのである。

 私たち民間傳承の採集者は、實は殆ど皆言語學の素人ばかりであつた。單に文籍以外の史料から、過去の同胞民族の生活痕跡を見出さうとするに當つて、あらゆる殘留の社會諸事相の中でも、特に言語の現象が豐富又確實なることを感じて、豫めこれを分類整頓して、後々の利用に便ならしめんとして居たのである。さうして其方法が未だ明かで無い爲に、本に遡つて幾分か自ら指導するの必要を見たのである。既に專門家の技能を學び得なかつた故に、この自己流は甚だしく迂遠であり、又勞多きものであつた。到底職業ある人々の再び試みるに堪へざるものであつた。從うて其中間の經過を報告することは、一方に同情ある批判者の忠言に由つて、自身今後の研究を有效ならしむると共に、更に他の一方には若干の採擇するに足るものを以て、次に來る人々の準備の煩を省くことになると信ずる。著者の結論若くは現在力支せんとする假定は、一言に要約すれは次の如きものであつた。曰く方言の地方差は、大體に古語退縮の過程を表示して居る。さうして一篇の蝸牛考は即ち其例證の一つである。

[やぶちゃん注:「力支」「りきし」と音読みしているようであるが、聴き馴れない熟語である。強く主張して支持するところの、という意味であろう。]

 

       四つの事實

 

 最初に方言の觀察者として、先づ少なくとも四つの事實が、我々の國語の上に現存することを認めてもらふ必要がある。是が又自分の蝸牛を研究の題目として、わざわざ拾ひ上げた動機をも説明するのである。

 第一には方言量、斯ういふ言葉を新たに設けたいと思ふが、日本の方言は全國を通觀して、その目的とする物又は行爲毎に、非常に顯著なる分量の相異がある。たとへば松は昔からマツノキ、竹は昔からタケであつて、いかなる田舍に行つても日本人ならば呼び方を變へていない。動詞にも形容詞にも是と同じ事實はあるが、説明が煩はしいから主として物の名を擧げる。小さな動物で謂つて見ても、土龍は何れの土地でもムグラモチか、ウゴロモチかイグラモチかであつて、その以外の別名は殆ど聽かない。蜘蛛はクモでなければ、クボかグモかキボかケーボと轉音するのみであり、蟻はアイ・イヤリ・イラレ等に變つている他には、僅かにアリゴ・アリンボ・アリンドまたスアリなどゝなるばかりで、異なつた名詞は一つも無いと言ひ得る。是に反して魚では丁斑魚、これにはメダカ・メンパチの如く眼に注意したものの他に、尚ウルメ・ウキスその他の十數種の地方名があつて、それが又細かく分れており、蟷螂にはイボムシ・ハヒトリ・ヲガメ等の、全く系統のちがつた二十に近い方言が、いつの間にか出來て相應に弘まつて居るのである。蝸牛が又其中の驚くべき一例であることは、讀者は程無く飽きる位それを聽かされるであらう。此等の事實から推して、方言生成の主たる原因が、必ずしも國語の癖であり、又は歴史の偶然であつたとは言はれないこと、即ち地方言語の差異變化を要求する力が、目的物そのものにあつたといふことが、直ちに心づかれるわけである。方言と歌語とを混同した從來の誤り、それから矢鱈に數多く松や櫻の地方名までも集めようとした、前の調査者の無用なる難題も、やがて悔いられる時が來ると思ふ。

[やぶちゃん注:「丁斑魚」通常はこれで「めだか」と読むが、ここでは「ていはんぎよ」と音読みしているか。他に番代魚・撮千魚・姿魚などとも漢字表記する。無論、「目高」が一般的。]

 第二には方言領域、この術語も是から大いに用ゐられる必要がある。個々の事物に對する個々の單語は、やはり各自の支配力を持つて居て、たゞ同種の事物に於て對抗して居る。別な言ひ方をすると、蟷螂丁斑魚の方言を共同にして居る土地でも、蝸牛なり土筆なり梟なり、其他の多くの語は別々のものを用ゐて居て、あらゆる方言を取揃へて、甲乙異なる組といふものは無いといふことである。尤も大數の上から見て九州と奧羽、又は中央部と國の端とは、差異が多いといふことはあり得るが、それにも例外は甚だ多く、豫め命名法の一つの傾向の如きものを測定することは出來ぬ。個々の方言はそれぞれの領分を、何れも自分の力を以て拓き又保持して居て、しかも方言毎に其地域には著しい大小がある。是も二三の實例はいと容易に立證するが、それを重ね取り寫眞の如く積み重ねて見た上でないと、近年唱導せられる「方言區域」の説、即ち東國方言とか上方言葉とかの名目は、訛り即ち音韻の變化以外には、まだ中々安心して之を採用し得ないのである。

 第三には方言境堺、即ち二以上の方言領域の接觸面には、他では見られない特殊の現象が發生することも認められなければならぬ。その特殊相といふのは、(イ)には數語併存であり、(ロ)には即ち複合である。一つの土地の一つの物體には、一つしか方言は無いだらうという今までの想像は、これによつて恐らくは覆へされるであらう。方言の蒐集者にとつては、この境堺線上の言語現象は、可なり印象の深いものである。將來の方言區域説は、專ら此方面からの考察によつて、更定せらるべきであらうが、大體に同じやうな錯綜の起り易い土地といふものがあるから、將來は獨り方言の分布を知る爲のみならず、尚交通と移住との歴史に對しても、或は若干の光を投げることにならうも知れぬ。是も後に詳説するつもりであるが、加賀能登越中は特に蝸牛の方言に於て、最も數多き小領主を簇立せしめて居る土地であつて、同時に又蟷螂と雀とに付ても、澤山の方言をもつて居る。他の一方關東の利根川下流と、其兩岸十數里の平地は、やはり雀と蝸牛との二種の方言に富んで居るのである。雀の如き變化の少ない名詞が、特に此二地方に於て、蝸牛と同樣の境堺性現象を示して居るといふことは、何か共同の區域説に便利なやうであるが、斯ういふ一致はまだ他の動植物に付いては見出されて居ない。たゞ幾分か遠方の旅客の來往が繁かつたらしき地域に於て、殊にこの錯綜の傾向が著しいといふのみである。東國でいふと山梨縣、それから三河の碧海郡なども此例に引くことが出來る。九州の島では大分縣が、少なくとも蝸牛だけに付いては、可なり紛亂した境堺線を持つて居る。自分だけの假定としては、此現象は方言の輸送、即ち人は變らずとも新たに隣境の用語を採つて、我が持つ以前のものを廢止する事實が、度々あつたことを意味するかと思つて居る。若しさうだとすると是は交通の問題であつて、方言區域の説を爲す人の心中の前提、即ち九州人だから九州方言を、保留して居たと見る理由としては、頗る不十分なものになつて來るわけである。

[やぶちゃん注:[やぶちゃん注:『將來の方言區域説は、專ら此方面からの考察によつて、更定せらるべきであらうが、大體に同じやうな錯綜の起り易い土地といふものがあるから、將來は獨り方言の分布を知る爲のみならず、尚交通と移住との歷史に對しても、或は若干の光を投げることにならうも知れぬ。』は改訂版では、『將來の方言區域説は、專ら此方面からの考察によつて決定せらるべきであらうが、大體に同じやうな錯綜の起り易い土地といふものがあるから、將來は獨り方言の分布を知る爲のみならず、尚交通と移住との歷史を明らかにする爲にも、もつと深い注意をこの方言の邊境現象に拂はなければならぬことになるかと思ふ。』と書き直している。

「簇立」「ぞくりつ」と読む。群がり集まって立つこと。そうした蝸牛についての系統をダイレクトに同じくするソリッドな小方言群或は小方言地域を持って独立しているということ。]

 第四には方言複合の現象は、あまり長たらしいから玆では略して置く。一方數語の併存といふことは、やはり文化の交通と關係があることで、人は或は之を採集地域の限定に基づくものとし、たとへば一縣の方言としてならば、富山石川の如く蝸牛に數十種の名稱があることになつても、之を郡又は村大字として見るならば、やはり土地には一つしか方言はないのだと思ふかも知らぬが事實は必ずしもさうでは無い。即ち個々の話者を單位として、一人が知つて居る語も亦幾つかあるのである。是は結局定義の問題に歸着するかも知れぬが、耳の方言即ち人が言ふのを聽いて、即座に會得するものも亦其土地の語であるのみならず、それと純乎たる口の方言、即ち平生自然に口へ出る語との中間にも、實はまだ幾つかの階段があるので、常には使はぬが稀には使ふ、若くは少し聽耳を立てさせようと思ふときに、改めて使ふといふ方言もあるのである。もし方言の領域が非常に小さくなつて、たとえば常陸南部の蝸牛などのやうに、次の部落に行くともう別の名があるという迄になれば、それが緣組によつて更に交錯し、小兒は母の使ふ語に附くといふこともいと容易で、後には家々で選擇を異にするといふ場合さへ現れて來るわけである。しかも此樣な事實は、決して廣大なる一つの方言領域の、中央部においては起るべきものでなかつた。距離と交通方法の便不便とが、私の言はんとする個々の方言量、及び其領域の大小と、深い關係を持つて居たことは、疑ふことが出來ないのである。しかしながら是ばかりでは説明し難いことは、如何にして最初同一の事物に付いて、二つ以上の單語が分立し、また割據するやうになつたかといふことである。幾つかある同種方言の中で、或者は曾て廣大なる領分をかゝへ、又他のものは狹い區域に引籠つて居たかといふと、其選擇なり流行なりの根本に、既に一種新語作成の技術、即ち前から名のあるものに、もう一つ好い名を附與しようとする企てと、それを批判し鑑賞し又採用する態度とがあつたこと、別の言ひ方をすれば、言語も亦廣い意味の文藝の所産なりしことを、想像せぬわけには行かぬのである。それが今日までの方言變化の上に、果してどの程度まで一貫して居るか。又所謂標準語の確認に向つて、どれだけの支援を與へて居るか。現在用ゐられて居る日本語の語數は、恐らく千年前に比して數倍の增加を見て居る。しかも只其一小部分のみが、新たなる文物と伴なうて、國の外から輸入せられたのである。さうすると其殘りの部分の增加は、何の力に由つて之を促したのであるか。誰か文化の上層を占むといふ者で、意識して之を試みたものが一度でもあつたらうか。いつも彼等が「匡正」に努力した、方言の亂雜といふことが、假に無かつたとしたならば、果して同じ結果を得られたであらうかどうか。斯ういふ問題も一應は考へ置くべきものであつた。

[やぶちゃん注:「純乎」は「じゆんこ(じゅんこ)」で、全く混じり気のないさま。醇乎。純粋。

『誰か文化の上層を占むといふ者で、意識して之を試みたものが一度でもあつたらうか。いつも彼等が「匡正」に努力した、方言の亂雜といふことが、假に無かつたとしたならば、果して同じ結果を得られたであらうかどうか』「匡正」は「きやうせい(きょうせい)」で正しい状態にすること、正すことの意。ここを今読むと、私は戦前戦中の日本が沖繩に対して行った「皇民化」政策に於ける沖繩方言を用いた者への罰札、ひいては朝鮮や台湾や満州・南洋諸島などの占領地区での日本語教育による現地語の掃討などが頭を過ぎる。]

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