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2015/04/30

カテゴリ 毛利梅園「梅園介譜」 始動 / 鸚鵡螺

 「花」がないブログにもう一丁ぶちかましたろ介(カイ)! ブログ・カテゴリ「梅園介譜」でどうよ!
 
 「梅園介譜」は毛利梅園(もうりばいえん)の天保一〇(一八三九)年序自筆本一帖で「介類」計二百八十三品を、「水蟲類」(エビ・カニ・カブトガニ・ナマコ類等)五十二品・「龜鼈(きべつ)類」(カメ類)五品・蛤蚌(ごうぼう)類(ほぼ現在の貝類に相当するが頭足類を含む)二百二十六品とを分けて所収している。但し、二枚貝と巻貝及び海産種と淡水産種は混在している(以上は底本とした国立国会図書館デジタルコレクションの「介譜」の書誌情報に載る磯野直秀先生の解題に拠った)。

 毛利梅園(寛政一〇(一七九八)年~嘉永四(一八五一)年)は幕臣旗本で書院番・御小姓組を勤めた本草家。名は元寿(もとひさ)、別号に攅華園(さんかえん)・写生斎など。他に「梅園草木花譜」「梅園介譜」など、鳥類・類・菌類などの正確な写生図譜を残したが、公刊されたものは恐らくなく、すべて稿本のままで終わったと思われる。ありがちな「梅園」という号のために現代に至るまで複数の他者として誤認されてきた(ここは講談社「日本人名大辞典」と一九九四年平凡社刊の「彩色 江戸博物学集成」の中田吉信氏の記載に拠った)。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「梅園譜」を視認し、保護期間満了の画像(自由使用許可)もそこにあるものを使用させて戴いた。ポイント落ちの割注は〔 〕で示したが、基本、キャプションは総て同ポイントで示した。また、和漢文脈の記載を訓点に従って漢字平仮名混じりの書き下し文に直した(適宜、私の判断で送り仮名を附し、句読点や記号も附加し、難読部には歴史的仮名遣で読みを附けた。一部の清音の濁音化も施してある)。但し、比較判読を容易にするため、一行字数は原本通りとしたので、くれぐれも画像と対比されながらお読み戴きたい。

 まずは、灼熱地獄の火焔模様も凛々しいオウムガイ! 殿からご登場願おうぞ!――同行二人一蓮托生! 深海地獄の釜底までも! っと!……これで私の憂鬱は完成するのだ……【二〇一五年四月三十日 藪野直史】
 
 

Oumugai
 

鸚鵡螺〔アフム貝〕

   「格古要論」に曰く、『鸚鵡杯(あうむはい)、即ち、

   海螺盞(かいらせん)、廣東(カントン)に出づ。土人、琢

   磨し、或いは銀を用ひ、或いは金を用ひ、廂定め、

   酒杯に作る。故、名づけて鸚鵡杯と曰ふ』と。

 

    天保九〔戌〕年七月廿日

    倉橋尚勝子所藏 之を乞ひて

    眞寫す

 

[やぶちゃん注:思うにこの書写対象物は、自然の死貝のままのものとは思われない。またキャプションも生態や習性に就いての記載ではなく、酒器としての加工についての中国の書物からの引用のみである。特に殻の内壁部分の描き込みが、通常のオウムガイの死骸の内壁とは異なっていることが分かる。これは実は中国から舶来したオウムガイを杯に加工してしまった「杯」を書写したものであろう。分類上で肝心の螺塔の臍部分が明らかに抉り取られているのでよくわからない。概ねしばしば標本として見かける殻口まで模様があるタイプのものは頭足綱四鰓(オウムガイ)亜綱オウムガイ目オウムガイ科オウムガイ属 Nautilus のオウムガイ Nautilus pompilius であることが多いように思われるが、オウムガイでも若いオウムガイは殻口まで模様があるものの、性成熟が近づくに連れて腹の辺りに白い部分が増えてくるとある(「鳥羽水族館」公式ブログ「飼育日記」のオウムガイの眼参照)から、必ずしもこれに同定するのは無謀か。

「格古要論(かっこようろん)」は明の曹昭が撰述した美術工芸品の評論書。一三八七年に全三巻が刊行された後、六十九年後の一四五六年に王佐によって、またその三年後には黄正位によって増補されて、全十三巻となった。古今の楽器・墨跡・漆器・銅器・陶器・染織などの名宝について論評したもので中国美術工芸史の研究上貴重な文献である(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。検索すると、Wiki「諸子百家 Chinese Text Projectの「格古要論」で、

   *

鸚鵡杯

即海螺出廣南土人雕磨類鸚鵡或用銀相足作酒杯故謂之鸚鵡杯鸕鶿杓亦海螺俱不甚直錢

   *

とある。別なページでは、同じ「格古要論」からとして、

   *

鸚鵡杯即海螺盞、出廣海、土人琢磨、或用銀或用金鑲足。

   *

という引用があり、この「鑲」は象嵌するの意、「足」は加えるという意であろう(文が異なるのは前にあるように複数の改訂版があることによるものであろう)。

「海螺盞」「盞」は杯(さかずき)の意で巻貝を加工した盃或いは、その加工用に用いる広範な巻貝の意が、オウムガイに固有名詞として特したものであろう。。

「廂定め」「廂」には知られた「ひさし」以外のピンと来る意はない。「定め」というのもよく分からぬ。ところが前に引いた「格古要論」の前の方の文字列を見ていると、これは例えば、梅園が引いた書が写本で「相足」(相ひ足(た)し)の書写を「廂定」(牽強付会するならば、螺の形を「廂」と言い、「定め」はそれを杯となるように成形するの意と採ったか)と誤っていたのではないかと思わせる。

「鸚鵡杯」中文サイト「中華酒文化」の「隋唐酒器:鸚鵡杯」で、明らかにオウムガイを用いた唐代の酒器「鸚鵡杯」の写真が見られる。また、同じく中文サイト「中國華文教育網」の「古代酒文化:關羽斬華雄為何要温酒?」の一番最初に掲げられてある南京博物館蔵の「鸚鵡螺杯」というのも明らかにオウムガイの殻を用いている。必見!

「天保九〔戌〕年」天保九年は戊戌(つちのえいぬ)で、西暦一八三八年。

「倉橋尚勝」不詳。]

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