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2015/04/10

志賀理斎「耳嚢副言」附やぶちゃん訳注 (Ⅳ) 鼻糞! 痛快!

一 肥州には、追々(おひおひ)昇身(しやうしん)して粒立(つぶだち)たる御役人にならるゝといへ共(ども)、一向に姿かたちなど取餝(とりかざ)るといふ事なく、行作(ぎやうさ)を取繕(とりつくろ)ふ事をせず、外(ほか)の人のやうに見えなどゝいふ事(こと)更になし。吟味役を勤めしとき、冬の朝はやく出る事ありしが、折しも頭巾の用意なかりしかば、妻女のかぶらるゝお高祖頭巾(こそづきん)をかりて、くるくると頭にまきて駕籠に乘り出て、さて駕籠より出るとき、人の見るもいさゝか構はず其かぶりしまゝにて出しつるに、かの頭巾を取(とり)て袂に入れしとぞ。また或時芙蓉の間御役人同士同道にて登城せしに、下乘橋(げじやうばし)の邊にて鼻糞をほじりて大なるかたまりを掘出(ほりいだ)し、橋の欄干なる葱房子(ぎばうし)えこすり付(つけ)て通りし有樣、傍(かたはら)に人なきが如し。その磊落(らいらく)なる事すべて斯(かく)の如し。

[やぶちゃん注:個人的に下乗橋擬宝珠鼻糞は奇々妙々にして痛快!

・「吟味役を勤めしとき」鎮衛は安永五(一七七六)年十一月一日に御勘定組頭から勘定吟味役へ昇進(当時満三十九歳で十二月十六日には布衣着用)し、満四十七歳で天明四(一七八四)年三月十二日に佐渡奉行に就任するまでの七年三ヶ月強、御勘定吟味役であった。

・「お高祖頭巾」御高祖頭巾(おこそずきん)。江戸中期 (十八世紀初)から明治・大正にかけて、主として若い女性に用いられた防寒用の頭巾。一説にカラムシの茎「おくそ」で作った頭巾に形が似ていることから転訛した名称とされる。また、形が着物の袖に似ているところから袖頭巾、ときには大明(だいみん)頭巾と呼ぶこともある、と「ブリタニカ国際大百科事典」にはある。四角な一枚の布で製した被りもので、これには耳へ掛け顔を表す被り方と、目の周りだけを出して頭部全体を包むものとがあるが、鎮衛のそれは頭部に委細構わずぐるぐる巻きにしたもの(恐らくは寒いわけだから、目だけ出して)で、とんだかぶき被りである。

・「芙蓉の間」江戸城芙蓉之間。表の中央中奥寄りにあって、主に旗本の役職者の伺候席として、大名の監察役である大目付、鎮衛が在任した勘定奉行・寺社奉行・江戸町奉行(鎮衛の最終職)などの奉行職詰所及び奈良奉行・長崎奉行・佐渡奉行(根岸はこれも在任したことがある)などの遠国奉行などの、老中支配の高位役職者(徳川家身内人である旗本でも最高位の連中)が伺候した。

・「下乘橋」二の丸濠を渡る大手三の門にあった西の丸下乗橋であろう。御三家以外は駕籠を降りなければならなかった。現在の皇居正門の二重橋近くに存在した木橋で、しばしば現在の二重橋と同一と記されるが、情報を見る限りではどうも同じ位置ではなく、少し奥にあったらしい。

・「葱房子」擬宝珠(ぎぼし)。本来は「ぎぼうしゅ」。建物の高欄や橋の欄干の柱頭部を飾る宝珠。形は宝珠形の頭部と、それに接続する円筒形の胴部から成り、多くは青銅製で木製の柱の上に被せる(「ブリタニカ国際大百科事典」に拠る)。

・「磊落」心が広く快活で小事に拘らぬさま。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

一 肥前守殿は、まことに順調に昇進なされて、これ殊の外、遂には江戸市中にて名奉行と評判さるるような御役人になられたとは申せ、これ一向に、姿貌(すがたかたち)など、全く以ってとり飾らんとするところ、これなく、その挙措動作一つをとって見ても、これ一切、変にとり繕ろうとされることのない御仁であられ、他人からどう見られるかなんどと申すことに至ってはこれ、さらさら関心のない御方であられた。

 そんな挿話を少し。

 吟味役を勤められておられた折りのこと、冬の朝、いたく早く出でねばならぬことの御座ったが、折しも、頭巾の用意これ、手違いにて用意されておらなんだによって、手直に御座った妻女の被らるるところの御高祖頭巾(おこそづきん)の御座ったによって、これをひょいとお借りになられ、くるくるっと、これ、無造作に頭に巻かれて駕籠に乗り出でられ、さても勘定所に着くや、駕籠より出でらるる際にも、人に見らるるも委細構はず、その奇体なものを被りしままに駕籠を出でらるると、徐ろにその頭巾を取って袂に入れ、悠々と勘定所へ上がられた、とのこと。

 いや、これは序の口。

 またある時には、営中は芙蓉の間の御同役の御方と同道致いて登城なされたが、かの西丸下乗橋(にしのまるげじょうばし)の辺りにて、肥前守殿、これ、鼻糞をほじられつつお渡りになられたが、これがまた、大きなる塊をこれ、お鼻より掘り出だされた。すると、かの橋の欄干にある擬宝珠へ、この大(おお)鼻糞をこれ、ここすりつけられ、平然とお通りになられた。そのありさま、これまさに――傍らに人無きが如し――で御座ったと申す。

 いや、これは決して誹謗にては御座らぬ。その翁の磊落(らいらく)なること、これ――総てかくの如し――という賛辞にて御座る。]

 

一 日の昇るが如く奉行職に立身したるが故に、親類・遠類(ゑんるい)・緣者またはゆかりの者など、おのおの其(その)願へる御場所(おんばしよ)などを物語して、「何卒引立呉(ひきたてくれ)候樣に」としきりに請ひ求(もとむ)れ共(ども)、たゞ「心得たり」との返事のみにて一向吹擧(すゐきよ)せず。肥州つねづね家内えのはなしには、「我等はからずも御惠みによりて莫大(ばくだい)の結構なる身の上となりたりとて、何ぞ親類又緣者迄に及ぶべきや。外外(ほかほか)のものも大切に御奉公精勤して年月を累(かさ)ねたらば、おのづから天の御めぐみはあるべし。我が知る處にあらず」とて、更に身贔屓(みびいき)の世話はせざりしとぞ。是又一己(いつこ)の見識なり。

[■やぶちゃん現代語訳

 

一 日の昇るが如く奉行職まで立身出世なさったがゆえに、近親やら遠き親類、はたまた縁ある者ども、または、なんやかやと所縁(ゆかり)あると申すところ輩(やから)なんどが、これ、それぞれ勝手に所望懇請するところの、なりたき地位や立場、身勝手なる成り行きなんどを物語りなしては、

「……何卒、お引き立て呉れまするよう。……」

と、しきりに乞い求めて参ったが、そうした輩には、これ、ただ、

「――心得て御座った。――」

との返事のみにて、そう口では申されながら、一向、そうした人物を推挙なさるることは全く以って御座らなんだ。

 肥前守殿、常日頃の御家中の者への御教訓に、

「……我ら、はからずも御恵(おんめぐ)みによりて想像をだにせなんだ大層なる結構な身の上とは相い成って御座った。……御座ったが……だからと申し、これ、何ぞ親類、また縁者どもにまで、この御恵(おんめぐ)みの及ぶが当然と申すは、これ、如何なものか?……いやいや……その他の方々もこれ、それぞれ心を込めて御奉公や御精勤をなして年月を重ねたならば、必ずや、自(おの)ずから天の御恵(おんめぐ)み、これ、あるもので御座ろうぞ。……さればこそ――そうした懇請懇願はこれ、我らの感知せるものにては御座ない。――」

とあって、所謂――身贔屓(みびいき)の世話――なんぞはこれ一切、なさらなんだということで御座る。

 これまた、一己(いっこ)の見識として美事なものではないか。]

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