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« 大和本草卷之十四 水蟲 介類 メクハジヤ | トップページ | LOUISE LABÉ Lyonnaise ソネット集(一五五五年) 堀辰雄訳 »

2015/05/04

堀辰雄 十月  正字正仮名版 附やぶちゃん注(ⅩⅢ) / 了

十月二十七日、琵琶湖にて  

 けさ奈良を立つて、ちよつと京都にたちより、往きあたりばつたりにはひつた或る古本屋で、リルケが「ぽるとがる文(ぶみ)」などと共に愛してゐた十六世紀のリヨンびとルイズ・ラベといふ薄倖の女詩人のかはいらしい詩集を見つけて、飛びあがるやうになつて喜んで、途中、そのなかで、

「ゆふべわが臥床(ふしど)に入りて、いましも甘き睡りに入らんとすれば、わが魂はわが身より君が方にとあくがれ出づ。しかるときは、われはわが胸に君を搔きいだきゐるがごとき心ちす、ひねもす心も切に戀ひわたりゐし君を。ああ、甘き睡りよ、われを欺(たばか)りてなりとも慰めよ。うつつにては君に逢ひがたきわれに、せめて戀ひしき幻をだにひと夜與へよ。」

 といふ哀婉な一章などを拾ひ讀みしたりしつつ、午過ぎ、やつと近江(あふみ)の湖(うみ)にきた。

 ここで、こんどの物語の結末――あの不しあはせな女がこの湖のほとりでむかしの男と再會する最後の場面――を考へてから、あすは東京に歸るつもりだ。

 いま、ちよつと近所の小さな村を二つ三つ歩いてきてみた。どこの人家の垣根にも、茶の花がしろじろと咲いてゐた。これで、晝の月でもほのかに空に浮かんでゐたら滿點だが。――

[やぶちゃん注:辰雄はこの奈良ホテル滞在中、少なくとも三度は京都に出ている。「タツノオトシゴ」の「年譜」を見ると、十月十五日の条に『京都に出かける 円山公園で「いもぼう」を食べる 出町柳の古本屋で掘り出し物』というのが目に留まる。「曠野」に繋がるイメージとして、ラベのリルケ訳を、かの「今昔物語集」の女がはかなくなった琵琶湖湖畔というロケーションの直前に手に入れたことにして、辰雄がここに書簡体小説のコーダとしての抄訳を挟んだもののように私には読める。――本章を以って「十月」の全篇が終わっている。――

「ぽるとがる文」書簡体小説の先駆となった手紙。ポルトガルの尼僧マリアナ・アルコフォラードが一六六五年から一六六七年にかけてポルトガルに駐屯したフランス軍士官シャシリー公爵にあてた五通の恋文で,長らく真実の書簡集と思われていたが,現在ではフランスのギュラーグ伯による創作と推定されている(平凡社「マイペディア」に拠る)。堀辰雄の筆に成る「リルケ年譜」には、『一九一三年 二月遂に西班牙より空しく歸り、六月頃まで巴里に滯在す。「マリアの生涯」(Das Marien-Leben, 詩集)を著す。又、日頃愛讀せる葡萄牙尼僧マリアンナ・アルコフオラドの遺せる五通の戀文「ぽるとがる文」(Portugiesische Briefe)を譯す。』とある(引用は青空文庫所蔵の当該作に拠った)。

「ルイズ・ラベ」フランスの女性詩人ルイーズ・シャルラン・ペラン・ラベ(Louise Charlin Perrin Labé 一五二五年~一五六六年)。モーリス・セーヴ(Maurice Scève 一五〇〇年頃~一五六四年頃)などと並び称せられるルネサンス期のリヨンで活動した代表的な詩人であり、「ラ・ベル・コルディエール」(La Belle Cordière 綱屋小町)と呼ばれた(以上はウィキの「ルイーズ・ラベ」とそのリンク先に拠った)。前と同じく堀辰雄の「リルケ年譜」には、『一九一四年 ミケランジェロの詩を譯す。又、十六世紀中葉のリヨンの閨秀詩人ルイズ・ラベの遺せる二十四篇のソネット(Die vierundzwanzig Sonette der Louïze Labé)を譯す。歐洲大戰勃起し、巴里を立退く。』とある。当時、リルケ三十九歳。因みに、この昭和一六(一九四一)年十月当時、辰雄は満三十六歳であった(彼は明治三七(一九〇四)年十二月二十八日生まれ)。堀辰雄には彼女のリルケのドイツ語訳「ソネット集」から五篇を選んで邦訳したものがある(私は未見)。]

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