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2015/05/07

柳田國男 蝸牛考 初版(8) マイマイ領域

 

       マイマイ領域

 

 自分は今日の標準形のマイマイツブロがカタツブリも同樣に、古く二種の方言の接境地に於て、複合したものだといふことを説きたいのであるが、其以前に先づ此系統に屬する一單語が、かつてどれだけ弘い版圖を持つて居たものかを、考へておく必要があるやうに思ふ。現在の所では、マイマイが一續きの領土を占めて居る區域は、デエロ・デエデエに比べると遙かに小さい、關東八州は前にも言ふ如く、既に著しい混淆雜揉がある上に、北の山地に屬する約四分の一は、もうダイロその他の方言に支配せられて居る。相模にも一小部分の他領があるといふが、それはどの邊であるか三浦郡以外はまだ確かめて居ない。箱根以西の東海道は伊豆の一角を除き、先づ大體に愛知縣の中央、即ち尾張と三河との境までが、其區域であつたと言ひ得る。是から言ふと今日の標準語なるものは、言はゞ新しい帝都の榮ゆる土地が、偶然にこのマイマイ區域の内であり、しかもその邊境現象の起るべき東部の一隅であつた結果、次第に其複合型たるマイマイツブロに、歸一することになつたのである。記鐘文籍を極端に崇敬した時代に、カタツブリが優越の地位を占めた事情も、或は又是とよく似たものであつたかも知れぬ。

[やぶちゃん注:「自分は今日の標準形のマイマイツブロがカタツブリも同樣に、古く二種の方言の接境地に於て、複合したものだといふことを説きたい」この冒頭箇所は改訂版では『自分は今日の標準形のマイマイツブロが、いわゆる雅語正語のカタツブリも同樣に古く二種の方言の接境地に於て、複合したものだといふことを説きたい』と書き換えられてある。

「關東八州」関八州。江戸時代の関東八ヶ国の総称。相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・上野・下野。

「混淆雜揉」「こんかうざつじう(こんこうざつじゅう)」言語学で言う「contamination」の訳語か。意味・形態の似た二つの語句又は文が、「雜揉」、混ぜ合わされて、新しい語句や文ができること。混成(語/文)。各辞書の例によると、“breakfast”と“lunch”から“brunch”が、「とらえる」と「つかまえる」とから「とらまえる」が、「便利だ」と「都合がいい」とから「便利がいい」が出来る類いとある。]

 

 但しマイマイといふ方言の領分が、以前も今の如く狹い小さなものであつたといふことは、推斷し難いといふよりも、寧ろ反對の證據がある。關東以北に於ては、陸前の遠田郡にメンメン、若しくはメンメンダバゴロといふやうな注意すべき一つの異例がある外は、奧南部に幽かなる痕跡が殘つて居るだけであるが、其他の方面殊に京都以西の諸縣では、中間はデデムシ系統の方言によつて隔てられつゝ、飛地が斷續して九州の北半にまで及んで居る。その分布の實狀はまだ詳かにし得ないが、次に列記する土地と土地との間にも、尚幾つかの「失われたる鏈」が、後には發見せられることだけは想像してよからう。

   マイマイカタツボ    伊勢相可

   マイマイ、デゴナ    同宇治山田市

   マイマイグヅグヅ    同度會郡一部

   マイマイ        志摩磯部

   ママデ         紀州熊野阿多和村

   マイマイ        丹波船井郡和知

   マイマイ        美作苫田郡

   ツノミャアミャア    同勝田郡北和氣村

   ミャアミャアキンゴ   同眞庭郡富原村

   ミャアミャア      備中吉備郡日美村

   ミャアミャアコ     同小田郡金浦町

   マイマイ        備後沼隈郡

   マイマイコツブリ    筑前戸畑

   マイマイ        同宗像郡

   マイマイ、ゼンマイ   同博多邊

   メエメエツングラメ   肥前佐賀市

   マメツングリ      筑後三瀦郡

   マイマイ        同吉井邊(兒語)

   メエメエツブロ     豐後日田郡(下流)

[やぶちゃん注:「陸前の遠田郡」宮城県に涌谷町(わくやちょう)・美里町(みさとまち)を含む遠田郡(松島湾近くの東北内陸地域)として現存するが、当時の郡域はこの二町の他に大崎市の一部も含んだ。

「奥南部」現在この謂い方は、旧南部藩(主に岩手県)の内で現在は青森県に属する三戸・五戸・七戸・八戸一帯及び下北半島を含む地域を指す。

「失はれたる鏈」「鏈」は「くさり」(鎖)と読んで、所謂、“Missing-link”。

「相可」「あうか(おうか)」と読む。三重県多気郡多気町の地名で、伊勢神宮や斎宮の神領地として栄えた。

「度會」「わたらひ(わたらい)」と読む。現存する三重県の郡であるが、当時は現在の伊勢市等を含んだ広域であった。

「志摩磯部」的矢湾湾奧に位置する現在の三重県志摩市磯部町。

「阿多和」現在の三重県南牟婁郡御浜町大字阿田和(あたわ)のことであろう。

「和知」現在の京都府中部の船井郡京丹波町和知(わち)。

「美作苫田郡」「みまさかとまたぐん」と読む。岡山県中央部に位置する苫田郡として現存する。人形峠が北にあり、東で津山市に接する。

「勝田郡北和氣村」「きたわけ」と読む。岡山県勝田郡にあった村で、現在の久米郡美咲町の一部に相当する。津山市の南に隣接する。

「眞庭郡富原村」現在の真庭(まには)市の一部。津山市と東で接する。

「日美村」「ひよし」と読む。岡山県中南部にあった村。現在は総社(そうじゃ)市昭和地区内。

「小田郡金浦町」「かなうら」と読む(筑摩版では「かねのうら」とルビを振る)。岡山県笠岡市に大字名として残る。

「備後沼隈郡」尾道の東方に突き出る沼隈(ぬまくま)半島(概ね広島県福山市内)付近にあった郡。

「筑前戸畑」洞海湾を望む現在の福岡県北九州市戸畑区。

「メエメエツングラメ」は改訂版では『メェメェツングラメ』。

「筑後三瀦郡」「みずま」と読む。福岡県三瀦郡として現存。有明海湾奧の筑後川河口近くの右岸内陸。

「メエメエツブロ」は改訂版では『メエメエツブロ』。

 

「日田郡」「ひた」と読む。現在、大分県日田市。北九州の中央部に位置する。「下流」というのは筑後川のことであろう。]

 

 中國の西部、ことに山口縣内の言語現象は、今日まだ甚だしく不明であるが、此地方にも全然斯ういふ土地がないものとは思はれない。また現に確かにあると言つた人もある。此等の實例は數に於て決して豐富では無いけれども、兎に角に四鄰の全く異なつた方言の中に圍まれて、是だけ分散して居るといふことは、平凡なる事實では無いと思ふ。この説明は恐らく一つしか有り得まい。即ち曾て一樣にマイマイの語の行はれて居たところへ、後に今一層有力なる語が入つて來て、その大部分を侵食したものと、見るより他は無いのである。

 しかも其マイマイが行はれて居た期間も、相應に久しいものであつたといふことが想像せられるのは、當初の命名動機が全く忘れられて、語音は幾段にも轉靴して行かうとした形跡が見えるからである。獨り下總常陸のメエボロのごとく、略明白に其歷史の辿らるゝもののみでは無く、例へば山陰道の一側面に於ては、早くも次のやうな變化が出現して、單に各個の例によるときは、是をマイマイの同類と認めることが、果して正しいか否かを疑ふまでになつて居る。

   マアコ        因幡各郡

   マアメ        伯耆東伯郡北谷

   メエダゼ       同 境港附近

   モオロモロ、モンモロ 出雲の一部

   モオモリ       同 今市邊

   モイモイ、モオイ   石見銀山附近

[やぶちゃん注:まず、呼名であるが改訂版では、それぞれが、

   マァコ

   マァメ

   メェダゼ

   モォロモロ

   モォモリ

   モォイ

とそれぞれ拗音化されてある。

「伯耆東伯郡北谷」現在は当時の北谷村は合併して鳥取県倉吉市内の南西にある北谷地区。

「今市」現在は出雲駅直近の島根県出雲市今市町。]

 

 併し此等の方言は何れも皆、現に「角出せ」式の童言葉から出て居るのであつて、從うて成人ばかりの切り口上の用語よりは、早く崩れたり變つたりしたのであつた。

 遙か懸け離れた甲州北都留郡の山村にも、蝸牛をモモウズといふ方言があつた。勿論兩者の間に直接の連絡があるとは見られないが、マイマイの歌言葉は往々にして、斯うも變つて行く傾向は有つて居たのである。北陸道各地の音異同である。能登や越中には一方にはまだマイマイに近い語も殘つて居るに拘らず、村によつては早之をミョウに近い音に換へて居る。是も幼ない老の仕業であらうとは思ふが、虹のミヨウジに就いても我々が心付いた如く、全體に此方面はヨーといふ音の豐かな地方であつた。

   マエマエ        越中氷見郡神代村

   メンミンガラモ     能登鹿島郡一部

   ミョミョツノ      同郡能登島

   メンメンカエブツ    越中高岡市邊

   メンメンカエボ     同中新川郡大岩村

   ミョミョツノダセ    同東礪波郡出町邊

   ミョウミョウ      加賀の一部

   ミョウゴ        同能美郡

   オッシャビョウビョウ  越前の一部

   ニョウニョウ      越後新發田附近

 これ等も皆その周圍の地とは獨立して、今に此樣な異彩を放つて居るので、變化は寧ろ相互の提携が斷ち切られて、各自異種の間に孤存しなけれはならなかつた結果とも見る べきものである。

[やぶちゃん注:「北陸道各地の音異同である」には改訂版では、『その例證として援用し得るのは、北陸道各地の音異同である』と附加されてある。

「早之」「はやこれ」と読む。

「虹のミヨウジ」改訂版は『虹のミョウジ』である。この地方で「虹」を「ミョウジ」と呼称する例は柳田の同時期の「西は何方」の中の「虹の語音変化」の「三」の中に確認出来る。

「神代村」「こうじろ」と読む。高岡市伏木の二上山(ふたがみさん)の西四・五キロメートルに位置し、現在は神代温泉として知られる。以下、私は伏木に青春を送った。従って地名の位置を概ね認識出来る。私は自分が認識出来る土地に屋上屋の注をするほどおめでたい人間ではない。分からない方は御自身で私のようにお調べあれ。

「能登鹿島郡」現在の羽咋市と七尾市の間にある能登半島の南位置の内陸部の現存する郡名。

「新川郡大岩村」現在の富山県東部の中新川郡上市町の内。

「東礪波郡出町」現在の富山県砺波市出町と思われる。砺波駅直近の砺波市の中心地。

「能美郡」「のみ」と読む。石川県南部に位置する能美市。

「新發田」「しばた」と読む。現在の越後平野の北部に位置する新潟県北部の新潟寄りの中核都市である新発田市。]

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