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2015/05/26

萩原朔太郎 日本の詩人――現質的ロマンチスト

 日本の詩人

       現質的ロマンチスト

 

 原則的に言つて、佛蘭西には ADVENTURE の詩人が多く、独逸には SENTIMENT の詩人が多い。そこで傳説的にも、佛蘭西の詩人は主知派に屬し、獨逸の詩人は感傷派に屬すると言はれるのである。(しかし感傷的ロマンチストの典型人は、何と言つてもトルストイ等の露西亞小説家であるだらう。)

 所で一體、日本の詩人はどつちだらうか。日本の昔の詩歌人たちは、「物のあはれ」のぺーソスを主題として歌つて來た。それは一種のセンチメンタリズムであるかも知れない。しかしこの日本的文學感は、明白に獨逸的センチメンタリズムとちがつて居る。日本文學のぺーソスは、情緒的であるよりも趣味的であり、觀念的であるよりも感覺的である。即ちこの點に於て、それはむしろ佛蘭西の詩精神に近いのである。日本人の「物のあはれ」は、獨逸語や露西亞語の感傷でなく、もつと佛蘭西語のアンニュイやサンチマンに似てゐるかも知れないのである。

 日本人といふ人間は、民族性の血液から見て、最も佛蘭西人に似て居る所が多いのである。日本人はパッショネートの感激性を持つてるけれども、決して西洋風の意味でのSENTIMENTALIST ではない。SENTIMENTALISTであるべく、日本人はあまりにレアリスチックで、常識的實際家にすぎるのである。すべての感覺的のものは物質的である。そして佛蘭西人が感覺的である如く、日本人もまた感覺的であり、それ故に物質的、實證主義的の國民である。獨逸ロマン主義の文學は、過去の日本に於て生育しなかつた如く、現代に於ても發育の見込みがない。日本に昔あつた詩文學は、佛教的ぺーソスによつて匂ひ籠められたところの、驚くべくレアリスチックの抒情詩だつた。日本の俳句の如く、モラルやロマン性を持たない反感傷主義の現實的ポエヂイは世界にない。

 日本の詩人は、西洋風の意味に於ての主知主義者ではない。だが同時にまた、西洋風の意味に於ての感傷主義者でもない。これは全く特殊な別世界の存在である。もしロマン的現實人間(現實的ロマンチスト)といふ言葉があるとすれば、日本の詩人は正しくそれに當るのである。過去の歌人や俳人もさうであつたし、現時のいはゆる新しい詩人たちもさうである。

 そこで僕等の意志することは、かうした傳統の詩人であるところの、あまりに現實的にすぎるプラグマチック・ロマン人間の一種屬を、現代の日本文化から抛棄することに存してゐる。それは不可能の夢かも知れない。なぜなら僕等自身が、あまりに多く傳統の日本人でありすぎるから。

 しかしながら尚、それを理念するだけでも好いのである。

 

[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年九月号『文学界』に発表され、後に第一書房昭和十二年三月刊の「詩人の使命」に所収された。異同はない。]

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