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2015/05/15

堀辰雄「曠野」原典――「今昔物語集」 卷第三十 中務大輔娘成近江郡司婢語 第四――やぶちゃん現代語訳

■やぶちゃん現代語訳

 

   中務(なかつかさ)の大輔(たいふ)の娘、近江の郡司の婢(はしため)となったる話 第四

 

 今となってはもう……昔のことじゃが……中務大輔(なかつかさのたいふ)であられた何の何某と申さるる御仁の御座った。男の子はのうて、娘子ただ独りだけがおられた。

 

 その頃には既に家内(かない)不如意にて御座られたが、兵衛佐(ひょうえすけ)何の誰彼(たれかれ)と申さるる御方を、その娘に娶(めあ)わせて婿となし、年月(としつき)を過ごしておられた。この間(かん)、貧しき中(うち)にも、これ、なんやかやと遣り繰り致いては、婿殿のお世話をなさっておられたによって、かの婿も、その娘の許を去りがとぅ思うておるうち、中務大輔殿、これ、亡くなられてしもうた。されば後見は御母堂一人ぎりとなって、娘は何かと心細く思うておるうち、その母君もじきに病いにお臥しになられ、永く患いついて御座られたによって、娘はたいそう深ぅ悲しみ歎いておった。ところが結局、その御母堂も亡くなってしもうたによって、娘独り、取り残され、泣き悲しんでおったものの、最早、かくなってはどうにもならなんだ。

 

 すると、次第に家内に仕えておった者どももこれ、皆々、出て行ってしまい、すっかり人気(ひとけ)ものぅなってしもうたによって、娘は夫の兵衛佐に、

「……親のあらしゃいましたうちは、なんとか致いては、あなたさまのお世話をし申し上げて参りましたものの、このように、たよれる生計(たつき)の方もおらずなりましたによって、最早、あなたさまのお身の回りのお世話をさえ叶わずなりましてございまする。……どうして……宮仕えにお見苦しいお姿であらっしゃるなんどということが許されましょう。……これよりは、ただ……あなたさまの――よきように――おとり計らいなさられて下されませ……」

と申したによって、男はこれを聴き、ひどぅ不憫に思うて、

「……どうして! そなたを見棄てるようなことをするものか。」

なんどと答えては、なおも女の屋敷にともに住んではおったものの、じき、出仕の装束(しょうぞく)なんども見苦くなったかと感じたかと思うと、みるみるうちに、みすぼらしゅうなりゆくことの著(しる)ければ、妻は、

「……どこか外の方へ移られなさっても……妾(わらわ)をいとおしゅう思し召された折りなどには、またお訪ね下さいませ。……どうして……どうして、このようなお姿にて宮仕えなさるることのできましょうや。あまりに見苦しゅうございまする……」

と、しきりに勧めたによって、男は遂に屋敷を去って行った。……

 

 さればこそ、女独りとなり、いよいよこの上もなきほどに、悲しく心細き思いをつのらせておった。家もがらんとして、人気も、これ、ない。……ただ独り残っておった幼き女童(めのわらわ)が一人御座ったものの……これもまた、着る物にも、もの食うことにも事欠くありさまとなったなれば……ふと気づいた時には、どこぞへ去(い)んで、姿の見えずなって御座った。……

 

 さてもかの夫はと申せば、これ、初めのうちこそ『如何にも不憫』と、思うて気にはかかっておったものの、じき、他の女の婿になったによって、かの女へ手紙を送ることさえものうなって御座った。女の方も、手紙の来ずなったことへの不満なんどを表立って言い遣ることなど、これもまた、思いの外のことで御座ったれば、結局、出でて行ったきり、二度と、かの女の許を訪ぬることは絶えてしもうたと申す。されば女は、これ、見るもおぞましく壊(こぼ)ったる寝殿の片隅に、ひっそりと独り、住まうておった。……

 

 さて、その寝殿のまた片端に、これ何時の頃よりか、一人の年老いたる尼の住みつくようになって御座ったが、この尼、かの女の境涯を気の毒に思うて、時に、果物やら食い物やらの余れるもののあれば、それをもち来たっては恵んでおった。されば、ひとえにその恩恵を唯一つの糧となして、女は年月暮らしておったのであった。ところがそのうち、この尼の許へ、近江国(おうみのくに)より長宿直(ながとのい)と申す役に当たったとして、とある郡司(ぐんじ)の子なる、一人の若き男が上京致いて参り、宿をとった。さてもこの若者、とある日のこと、その尼に向いて、

「――体(からだ)を持て余しておる女童(めのわらわ)でも一人、これ、世話して下さらぬかのぅ?」

と申した。尼は、

「……我れらは年老いて外歩きなんどもようせねば、何処に女童のおるかというようなことも知らぬ。……じゃが……そうじゃ!……このお屋敷にこそ、たいそう見目麗しくあらっしゃいます、姫君の、たった独り、いかにも現(うつつ)にあらんこともなきように……あらっしゃいますがのぅ……」

と応じたによって、男はそれを聴くや、

「――そ、その女、我らに会わせて下さっしゃれ!……さてもさても!……そのようにお心細くてお過しになさるるよりは――事実、ほんに、お美しいお方ならばこそ――一つ、国へ連れ下って、我らが妻にもしようとぞ思う!!」

と大乗り気に言うたれば、尼は、

「ならば、近々、その旨、伝えてみましょうぞ。」

と請けがった。

 

 この男、こう言い出してよりそのかた、尼に――先の話は通して下さったか?――何?――まだ?――何故、まだお話下さらぬのじゃ?!――早う早う!……と、頻りにせっついては責め立て参ったによって、尼は仕方なく、かの女の許に、いつものように果物などもて行きたるついでに、

「……このように……このままこうして……いつまでもお独りにて身過ぎなさっておらるるわけにも、これ、参りますまいに……」

などと水を向けた後(のち)、

「……さても……実はここに、近江より然るべき御身分の御方の御子(おんこ)の、上京しておられまするが、この度、このお屋敷の御主(ごしゅ)であらるる、あなたさまのことをお話申し上げましたところが、『そのように不如意のままに御座(おわ)しまさるるよりも、自分の国へとともにお連れ申し上げたいものじゃ』と、これがまあ、すこぶる熱心に申しておられますのじゃが……一つ、そのようにさせなさいまし。……このように……何もなさることものぅ、お淋しきままに、お暮らしなさいまするよりは……」

と慫慂致いたところが、女は、

「……ど、どうして……どうしてそのようなること、これ、出来ましょう。」

ときっぱり否んだによって、尼はその場は引き下がって帰った。……

 

 この男は、尼より事の不首尾を聴くや、いやさかに女への思いを切(せち)に募らせ、その日の夜になるや、弓なんどを携え、その女の対(たい)の屋のほとりへと参った。されば、辺りにおった野良犬のこれを嗅ぎつけ、大きに吠えたてたによって、女は普段にもまして、もの怖しゅう感じ、もの凄き思いに怯えて御座った。夜(よ)の明けて後、かの尼、また何食わぬ顔をして、女の許へと訪れたところが、かの女の曰く、

「……昨夜は、もう……まっこと……どうにも……もの怖ろしゅうて……なりませなんだ……」

と訴えた。されば、尼、すかさず、

「だから申し上げたので御座いまする!――かのように申す者に、うち具してお下りなさいませ――と。……かく身過ぎなされておられたのでは……これ、やりきれぬことばかりしか、起きは致しませぬのでは、御座いますまいか?……」

と、上手くまたしても水を向け得たによって、女も『まことに一体どうしたらよかろうか』と思うままに、如何にも逡巡する気色を見せて御座った。さればこそ尼はこれを察し、その夜(よ)――こっそりと――かの男を女の対の屋へと導き入れたので御座った。……

 

 それより後(のち)、男はすっかり女に夢中になった。――田舎の侍なれば、こうした京のやんごとなき娘のそれは、初めての味わいにて御座ったによって、もう一夜(ひとよ)にして離れがたく思うて、長宿直(ながとのい)の明くるや、早々に近江へと連れ下って御座った。女も『かくなっては最早、致し方のないこと』と思うて、ともに下ったのであった。ところが、近江に着いて見れば、この男、前々より国元に既に妻を持って御座ったことの知れた。女は取り敢えず、父郡司が家に住むこととなったものの、その本妻たる者、じきにこの女のあるを聴き知り、ひどく妬み、男を激しく罵ったによって、男は結局、この京から連れ帰った女の許へは一向、寄りもつかずなってしもうたのじゃった。されば、この京の人、親の郡司に使われて、身過ぎ致すことと相い成って御座った。すると、そのうち、その国に新しき国守の決まって、お下りになられるということになったによって、これはもう、国を挙げての大騒ぎと相い成って御座った。

 

 そうこうするうち、

――早や、守殿(こうのとの)が国府へお着きになられた!

という報知のあれば、女が仕えておった郡司の家内も大騒ぎとなって、果物やら食べ物などの饗応の品々を立派に調え揃え、国司の館(やかた)へと運ぶ込むこととい相成った。――その頃、この京の人のことを父郡司の家では〈京の〉と名づけて、郡司のお気に入りとして永年、婢(はしため)として使っていたのであったが――館へその物品々を運ぶに際し、多くの男女(なんにょ)が要ったがため、この〈京の〉にも、物を持せて館へと向かわせたのであった。

 

 さても、守(かみ)は館にあって、多くの下々の者どもが、これ数多(あまた)の品々を持ち運び来たるを眺めて御座った。すると、その中に、他の下人らとは異なり、これ、なんとも言えずそそらるる面持ちをしたる「京の」が、守に目に留まった。されば、守は御自身の小舎人童(こどねりわらわ)を召し出だして、こっそりと、

「あの女は如何なる者であるか? それを訊ねて――今宵――我らが方へ連れて参れ。」

と命じられた。小舎人童が仕切を致いておる下役人に訊ねたところが、しかじかの郡司の婢(はしため)なることが知れた。されば小舎人童はその場に参上して立ち会って御座った郡司に、

「……かくの如く、守殿(こうのとの)の、女をご覧じなられて……かく仰せられておりまする。……」

と耳打ち致いた。郡司は大きに驚きて、家にとって返すや、ともに連れ帰った〈京の〉に湯浴みをさせるやら、髪を洗わせるやら、大働きの世話をなし、頭の天辺から足先に至るまで、これ、念入りに磨き立ててやった。その装いの成ったるを、郡司、いちいち点検致いた末、己れの妻に向って、

「これ見よ! 〈京の〉の着飾ったるこの見目の、なんとまあ! 麗しさを!」

と感嘆致いたと申す。さても、その夜、衣(きぬ)などをも羽織らせ、守のおらるる国守の館へと、この〈京の〉をさし出だいたのであった。


 ――ところが! さてもまあ、なんと! この新任の近江守(おうみのかみ)と申さるる御方はこれ、かの〈京の〉の本の夫、兵衛佐(ひょうえのすけ)であられた御仁の、大成なされたお姿で御座ったんじゃ!――……さても守は、この〈京の〉を近くへお召し寄せになられ、とくと見ようとしたところが、如何にも不思議なことに、いつかどこかで見たことがあるようにお感じなられたによって、この〈京の〉を抱(いだ)いて添い臥したところ……なにか……まっこと……親し気で懐かしい感じが……身体(からだ)から伝わって来るのであった。されば、

「……お前は一体……如何なる素性の者じゃ?……何とも不思議なことに……いつかどこかで逢ったことのあるように、これ、思えてならぬのじゃが。……」

と女の耳元に口を寄せて囁いたが、女はしかし――この男がまさかかつての夫兵衛佐であろうなどとは思いもよらざれば――、

「……妾(わらわ)はこの国の者にては御座いませぬ……かつては……確かに京におりました者にては御座いまする……」

と言葉少なに答えるばかりであった。守は、『……京の者が田舎へと落ちて参り、郡司の館に使われておるに過ぎぬということなのだろう……』と勝手に想像したりして御座ったが、この女の麗しさが如何にも希有のものに感ぜられたによって、それより毎夜召し出だいては夜伽させた。すると、なおも、身も心も摩訶不思議に異様な懐かしさの貫くを覚え、どうもやはり、一度逢ったことのある女のように思われてならなかった。されば、守は女に向い、

「――さても、京にては如何なる身分の者で御座った? さるべき前世より結ばれし因縁に依るものにてもあろうか、実はなんとも、しみじみと、いとおしく思わるればこそ、こうして問うておる。一つ、隠さずに言うてみよ。」

と質(ただ)いたによって、女、もはや隠すことの出来ずなって、

「……実は、まことは……しかじかの者にてございまする……もしや……あなたさまは……妾(わらわ)の古き殿方であられたお方の……その所縁(ゆかり)のお方などにても、あらっしゃるかとも存じましてございましたによって……このお召しを受けてよりこのかた、それを口に致すことを、これ、憚ってございましたが……そのように強いてお訊ねになられましたれば……お答え申し上げましてございまする…………」

と、ありのままに語って、そのまま、泣き伏してしまった。守は、

『……さればこそ! 不思議に懐かしく思われておったも道理!……こ、この女は、やはり! わ、私の――昔の妻――であったのだっ!!……』

と思うにつけても、何とも言えず胸の詰まって、ともすると涙が零れ出でんとするを、女に気取られぬよう、さり気なく振る舞(も)うて御座った。するとその時、琵琶湖の湖水の浪の音(おと)が聴こえてきたのだった。女は、これを耳にすると、

「……こ、この……音は……何の音なのかしら?……ああっ! 怖しいこと!……」

としきりに怯えて御座ったによって、守はそこで、かく和歌を詠んだ。


  これぞこのつひにあふみをいとひつつ

     世にはふれどもいけるかひなみ


そうしてすぐに、

「――我れは――まっこと! そなたの夫ではないか!」

と小さく叫んで、涙を流した。すると女は、

『……ああっ!……さてはやはり……この人は私の元の夫その人であったのだ!……』

と心づいたものか、そうしてその途端に、心の内に言いようのない哀しみと恥ずかしさが怒涛の如く襲い来たって、遂にはそれに耐えられずなったものか――ふっと――ものも言わずなって――守が咄嗟に抱き寄せた、その身は――意識もすでになく――手足も痙攣して硬直致いて……そのまま……ただただ、冷えに冷え入ってゆくばかりであった。守は、

「……こ、これは! いったい! どういうことかッツ!!……」

と喚き騒いでいるうち、女は儚(はかな)くなっていた。…………


   ――――――


 筆者の思うに、この主人公の女、これ、まことに哀れな存在である。女は『……ああっ!……さてはやはり……この人は私の元の夫その人であったのだ!……』と心づくや、己(おの)れが前世より業(ごう)として背負うてきた因縁の思いやられて、その哀しさと恥かしさに耐えきれずに遂には死に至ったのである。守(かみ)なる男には、最も大切な、傷心の女への思いやりの心が決定的に欠けていたのである。その事実――自分が元の夫であるという事実――を明らかにせず、ただただ、この幸薄かった女を引きとり、よく世話をなしてやればよかったものを、と思うのである。

 なお、この事件については、女が死して後(のち)、この男がどうしたかについては、これ、よく分からないと、かく、語り伝えているとかいうことである。


 

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