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2015/06/17

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第四章 江ノ島巡禮(一)

僕の得体の知れない不吉な塊を暫し忘れるため――カテゴリ「小泉八雲」を創始する。

孤独な私の愛する八雲――

その失われゆく日本の面影を日本人以上に愛おしんだ八雲――

最早、皆、忘れ去った霊の国日本を、誰よりも愛した八雲――のために――

 

底本は国立国会図書館デジタルライブラリーの画像を視認した。まずは同コレクション内の「小泉八雲全集第三巻」のパブリック・ドメインである落合貞三郎訳「知られぬ日本の面影」の「第四章 江ノ島巡禮」から始める。訳文の後に、“Project Gutenberg” “Hearn, Lafcadio, 1850-1904 ¶”から当該箇所の原文(及び、ある場合は原注も)を附した。踊り字「〱」「〲」は正字化し、清音の踊り字「〻」は私が嫌いなので「ゝ」とした(濁音では「ゞ」を用いているので統一したかったからでもある)。傍点「ヽ」は太字とした。明らかな誤字は注せずに訂した。禁欲的に注を附した。 

 

    第四章 江ノ島巡禮

 

     一

  鎌倉。

 樹木の生えた低丘の間に散在せる一つの長い村落。その中を一本の堀が通じてゐる。古い陰氣な、どつちつかずの色をした日本の田舍屋敷その板壁と障子の上には、勾配の急な草葺の屋根がある。屋根の斜面に行渡つて綠色の斑點がある。これは一種の草だ。屋根の頂上の背には屋根菖蒲が繁つて、綺麗な紫色の花が咲いてゐる。生温るい空氣の中に、酒の香、海草の汁の臭ひ、強い國産の大根の臭ひなど、さまざまの日本特有の臭氣が混じてゐる。して、一切のものに勝つて、芳ばしい濃厚な重い抹香のにほひがする。

 晃は私共の巡禮のために、二臺の人力車を雇つた。一片の雲なき蒼空が弓形に張つて、地は欣ばしい日光を浴びて輝いてゐる。しかし、私共が屋根に草の生えた、見すぼらしい家並の間を流れてゐる小川の岸を、車を走せて行くとき、一種の悲哀荒凉の感が私を壓しつけた。といふのは、この一つの廢村が、賴朝の古都、將軍の覇府――忽必烈の使節が貢獻を迫まりに來て、その無禮のために首を斬られた處――の殘つたすべてを代表してゐるから。して、甞て壯麗であつた都會の數へきれぬほどの寺院の中で、高い場所に建てられてゐたのか、或は大きな境内又は森のため、錯綜せる巷衢から離れてゐたので、十五世紀と十六世紀の大火を脱れて殘存するのが、僅かあるのみである。當年の囂々海潮音の如き繁華な部分のどよめきが、蛙の聲に代つた、淋しい田圃に圍まれて、參詣者もなく、收入もない廢頽せる社寺の閑寂裡に、まだ昔の神佛が住んでゐる。

[やぶちゃん注:【2015年7月7日追記】本テキストをブログで公開した後、とても素敵なサイトを発見した。kanageohis1964氏の「地誌のはざまに」で、その『ラフカディオ・ハーン「江の島行脚」を巡って(その1)』では驚きべき緻密さと引用傍証で、私が何となくスルーしてしまっていたハーンの円覚寺までの経路を美事に推定されているのである。彼の円覚寺以降の行程を見る限り、鎌倉駅から円覚寺を目指し、またしてもそこをバックして江の島に向ったとは流石に私も考えてはいなかったのであるが、彼が人力車を雇ったのが私の住まうところの大船停車場であったということに私は何故、思い至らなかったのであろう、と自身の不覚を改めて感じたのである。サイト主のおっしゃるように、この冒頭の「樹木の生えた低丘の間に散在せる一つの長い村落」、「その中を一本の堀が通じてゐる」情景、「勾配の急な草葺の屋根」を持った「古い陰氣な、どつちつかずの色をした日本の田舍屋敷」、「屋根の頂上の背」の「屋根菖蒲」の「綺麗な紫色の花」、そんな「見すぼらしい家並の間を流れてゐる小川の岸を、車を走せて行く」、するとそこに展開する「一つの廢村」の景が彼に「一種の悲哀荒凉の感」を抱かせる。今や「蛙の聲に」包まればかりの「淋しい田圃に圍まれて、參詣者もなく、收入もない廢頽せる社寺の閑寂裡」の鎌倉……これを装置として最も発揮させるのは、まさに離山(はなれやま)からの田圃(私の小学生時代は未だ田圃が随所に残っていたし、三十年前までは使われなくなった水田の用水池かと思しいところが如何にも場末の釣り堀としてまだあった)を抜けて行く小袋谷川沿いの鎌倉街道こそ相応しい。さらに穿って考えるならば、ここでハーンが「無禮のために首を斬られた處」と、妙に個別的で残酷な元使斬首の章句をわざわざ挿入したのは、同行した晃(次注参照)が、その辺りでまさに首を斬られた悲劇の青年木曽義高の話を語ったからではなかったろうか? などとさえ夢想してしまうのである(因みに、リンク先に埋め込まれてある今昔マップ」は、これも不覚にしてこちらで初めて知ったのであるが、これを見て思わず、私は快哉を叫んでしまった。何故なら、この地図を東にずらしてゆくと私の家のすぐ裏手、藤沢市渡内が見られるのであるが、そこには私が少年期に遊んだ幻の渡内の貯水池が確かに示されていたからなのである)。

「晃」真鍋晃。「第一章 私の極東に於ける第一日」に登場する、横浜で初めて訪れた寺で出逢った若い修学僧で学生。これ以降、彼はハーンの奇特な通訳兼案内役として鎌倉・江ノ島を巡ることとなった。ウィキの「日本の面影」によれば、山田太一脚本の「日本の面影」のドラマでは、『「西欧文化を学びたい」という理由でハーンの通約兼世話係となり、松江まで付き添うが、日本の伝統文化に関心を寄せるハーンと意識がすれ違い、半年で横浜に帰った。のちに海軍中尉となり、帝大講師となっていたハーンと東京で偶然再会』したという設定になっている(但し、これが事実かどうかは私は検証していない)。第三章の「地藏」の「二」の冒頭でハーンは彼のことを、『愉快な靑年である。鬚のない滑かな顏、淸らかな靑銅色の皮膚、それに紺色の蓬髪は、目元まで額に垂れてゐるので、濶袖の長い衣を著てゐると、殆ど日本の若い娘の姿に見える』とその美少年振りが描かれている(「濶袖」は「ひろそで」と読み、和服の袖口を縫わずに全部開けてあるもの。どてらの袖のようなタイプ)。そうした配役で、あなたの映像の中に登場して戴くように、敢えてここでは少し詳細に注した。

「忽必烈」原文を見て戴けば分かる通り、「クビライ」と読む。文永の役(文永一一(一二七四)年)の翌建治元年に元から降伏勧告の使者として来日した杜世忠ら五人の元使が執権北条時宗の命によって江の島龍ノ口の刑場で斬首されたことを指す。彼らの遺骸を埋めそれを弔ったのが「誰姿森(たがすのもり)」で、現在は藤沢市片瀬の常立寺(じょうりゅうじ)に元使塚としてある。

「巷衢」「かうく(こうく)」と読む。八街(やちまた)。ちまた。巷間。

「囂々」「がうがう(ごうごう)」と読む。喧しいさま。騒がしいさま。] 

 

Chapter  Four   A Pilgrimage to Enoshima

 

Sec. 1

 

KAMAKURA.

A long, straggling country village, between low wooded hills, with a canal passing through it. Old Japanese cottages, dingy, neutral-tinted, with roofs of thatch, 
very steeply sloping, above their wooden walls and paper shoji. Green patches on all the roof-slopes, some sort of grass; and on the very summits, on the ridges, luxurious growths of yaneshobu, [1] the roof-plant, bearing pretty purple flowers. In the lukewarm air a mingling of Japanese odours, smells of 
sake, smells of seaweed soup, smells of daikon, the strong native radish; and dominating all, a sweet, thick, heavy scent of incense,—incense from the shrines of gods.

Akira has hired two jinricksha for our pilgrimage; a speckless azure sky arches the world; and the land lies glorified in a joy of sunshine. And yet a sense of 
melancholy, of desolation unspeakable, weighs upon me as we roll along the bank of the tiny stream, between the mouldering lines of wretched little homes with grass growing on their roofs. For this mouldering hamlet represents all that remains of the million-peopled streets of Yoritomo's capital, the mighty city 
of the Shogunate, the ancient seat of feudal power, whither came the envoys of Kublai Khan demanding tribute, to lose their heads for their temerity. And only 
some of the unnumbered temples of the once magnificent city now remain, saved from the conflagrations of the fifteenth and sixteenth centuries, doubtless 
because built in high places, or because isolated from the maze of burning streets by vast courts and groves. Here still dwell the ancient gods in the great silence of their decaying temples, without worshippers, without revenues, surrounded by desolations of rice-fields, where the chanting of frogs replaces the sea-like murmur of the city that was and is not.
 

 

1 Yane, 'roof'; shobu, 'sweet-flag' (Acorus calamus).

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