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2015/06/25

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第四章 江ノ島巡禮(一八)

        一八

 

 さて、これから私共は龍の窟を訪ねようとする。晃の説明によれば、この名は辨天の龍神が、その中に住んでゐたからではなく、洞窟の形が龍に似るからである。道は島の向う側の方へ下つて、急に靑白い堅岩へ開鑿せる石段となる。非常に嶮岨で磨滅してゐて、滑り易く危險で、海は脚下に迫つてゐる。低い靑白い岩礁、礁間に碎くる激浪、その中央に立つ石燈籠――すべでが恐ろしい絶壁の崖端から、一幅の鳥瞰圖となつて見える。私は一つの岩には、深い圓い穴をも見た。以前には、この下に茶店があつて、それを支へる柱は、それらの穴へ插してあつたのだ。

 私は用心をしながら降つて行く。草鞋穿きの日本人は滅多に滑らないが、私は案内者の手を藉つて漸つと進む。殆ど一歩毎に私は足を滑らした。屹度、是等の石段がかやうに磨減してゐるのは、たゞ石と蛇を見るために來た參詣者の草鞋のためばかりではあるまい。

 たうとう私共は絶壁に沿ふて岩や深潭の上に渡せる板の棧道へ達した。して、岩の突角を廻ってから神聖なる窟へ入った。進むに隨つて薄暗くなり、浪が暗中を後から追かけて、耳を聾せんばかりに轟き、非常な反響のため、猶音が大きくなる。振返つてみると、洞口は暗黑裡に大きな鋭角の裂目の如く、蒼空の一片を洩らしてゐる。

 私共は祀れる神のない一つの祠に達して、御賽錢を上げた。それからランプに火を點け各自それを取つて、一系の孔道を探險する。非常に暗くて三個の燈火でも初めは何も見えない。しかしやがて、私が寺の墓地で見たやうな、平石の上に彫った浮彫の石像が分った。是等の像は一定の間隔を置いて、岩壁に沿ふて安置されてゐる。案内者は一つ一つの像面に燈光を近づけ、大黑樣、不動樣、觀音樣とその名を呼んだ。像はなく、その代はりに空虛な祠ばかりの事もあって、賽錢箱が、その前に備へてある。祭神が御留守になつた是等の祠には、太神宮、八幡、稻荷樣など神道の神々の名がついてゐる。石像はすべて黑い。または黄色な燈光のため黑く見えるのだ。して、霜がふりかゝつたやうにきらきらしてゐる。私は昔の神々を葬つた地下の墓穴に居る樣な氣がした。行けども行けども盡きないやうに思はれた覆道も、矢張り際限があつて、一つの祠で了はつてゐた。天井の岩が低く垂れて、祠に達するには、手と膝で跪かねばならなかつた。しかしその祠には何も入つてゐなかつた。これが龍の尾である。

 

 私共はすぐには明るい處へ戻らないで、龍の翼なる暗い横穴へ入つた。横領されて了つた黑い佛像、空虛の祠、滿面硝石を結んだ石の顏、俯して漸つと近寄れる賽錢箱、こゝにもまたそんなものがあつた。して、木彫りのも石彫りのも、辨天の像は無かつた。

 

 私は明るい處へ戻つてきて嬉しかつた。こゝで案内者は衣を脱ぎすて裸になつて、不意に礁と礁との間の、黑い深い渦卷く潮流の中へ眞逆さまに跳込んだ。五分間の後、姿を現し攀ぢ上ぼつてきて、生きた蠢いてゐる鰒と大きな海老を私の足許へ列べた。それから彼はまた着物をつけ、私共はまた山へ上つた。

 

[やぶちゃん注:「堅岩」鉱物学や土木工学・地震学等で「ケンガン」と音読みするようである。

「崖端」は「がけばた」。崖(がけ)の端(はし)。
 
「草鞋」老婆心乍ら、「わらぢ(わらじ)」である。
 
「藉つて」は「かつて」と訓じているか。「借(か)る」の「かりて」の促音便である。
 
「突角」は「とつかく(とっかく)」で岩の突き出た角の部分をいう。

「覆道」原文は“corridor”で標準的な和訳である「回廊」と訳した方が私は江の島の岩屋の雰囲気にあっているように思う。

「横領されて了つた黑い佛像」意味不明。落合氏は盗まれてなくなってしまったという意味で訳しておられるようだが、とするとしかし、盗まれたのが「黑い佛像」とはそもそも分からぬはずなれば日本語としておかしい。これは実際に目の前に「黑い佛像」があるのだ。とすれば……原文を見ると“More sable effigies of dispossessed gods”で、“dispossess”には「人から財産(使用権)を奪う」「人を立ち退かせる」「人から財産や使用権を取り上げる」という義とは別に、「追い払う」の意がある。さればこれは――邪気を追い払うための措置が施された黒光りする彫像――で、御幣或いは注連(しめ)飾りを配した石造神仏のことを指しているのではなかろうか? 平井呈一氏の訳は、まさにそうした意味と思われる『お祓(はら)い除けをされた、まっ黒けな神の像』とある。

「硝石」天然の硝酸カリウム(KNO)。チリの砂漠地帯やアメリカ西部などの乾燥地帯に産出し黒色火薬や釉薬(ゆうやく)・食肉保存料などに用いられるが、本邦のようなしかもここのような高度の湿潤環境下では天然では産出しないから、石像に附着した海塩結晶或いは風化した岩質を硝石結晶と誤認して表現したに過ぎない。

「鰒」老婆心乍ら、「あはび(あわび)」と読む。このシーン、やっぱり芥川龍之介のあれを引用せずにはいられない。新編鎌倉の江の島の「魚板石」から私の注ごと引いておく。

   *

魚板石(まないたいし)  龍穴(りうけつ)の前にあり。面(をもて)平(たひら)かにして魚板の如し。遊人或は魚を割サき、鰒を取らしめて見る。此の石上にて四方を眺望すれば、萬里の廻船數百艘、海上にうかめり。豆・駿・上・下總・房州等の諸峯眼前に有。限り無き風景なり。

[やぶちゃん注:芥川龍之介と江の島との関連で余り取り上げられることがないが、芥川龍之介の未完作品「大導寺信輔の半生」の最終章「六 友だち」には、その掉尾に、この魚板石付近を舞台にした印象的なエピソードが語られている。私のテクストから当該部を引用しておく。

      ×

 信輔は才能の多少を問はずに友だちを作ることは出來なかつた。標準は只それだけだつた。しかしやはりこの標準にも全然例外のない訣ではなかつた。それは彼の友だちと彼との間を截斷する社會的階級の差別だつた。信輔は彼と育ちの似寄つた中流階級の靑年には何のこだわりも感じなかつた。が、纔かに彼の知つた上流階級の靑年には、――時には中流上層階級の靑年にも妙に他人らしい憎惡を感じた。彼等の或ものは怠惰だつた。彼等の或ものは臆病だつた。又彼等の或ものは官能主義の奴隸だつた。けれども彼の憎んだのは必しもそれ等の爲ばかりではなかつた。いや、寧ろそれ等よりも何か漠然としたものの爲だつた。尤も彼等の或ものも彼等自身意識せずにこの「何か」を憎んでゐた。その爲に又下流階級に、――彼等の社會的對蹠點に病的な惝怳を感じてゐた。彼は彼等に同情した。しかし彼の同情も畢竟役には立たなかつた。この「何か」は握手する前にいつも針のやうに彼の手を刺した。或風の寒い四月の午後、高等學校の生徒だつた彼は彼等の一人、――或男爵の長男と江の島の崖の上に佇んでゐた。目の下はすぐに荒磯だつた。彼等は「潛り」の少年たちの爲に何枚かの銅貨を投げてやつた。少年たちは銅貨の落ちる度にぽんぽん海の中へ跳りこんだ。しかし一人海女あまだけは崖の下に焚いた芥火の前に笑つて眺めてゐるばかりだつた。

 「今度はあいつも飛びこませてやる。」

 彼の友だちは一枚の銅貨を卷煙草の箱の銀紙に包んだ。それから體を反らせたと思うと、精一ぱい銅貨を投げ飛ばした。銅貨はきらきら光りながら、風の高い浪の向うへ落ちた。するともう海女はその時にはまつ先に海へ飛びこんでゐた。信輔は未だにありありと口もとに殘酷な微笑を浮べた彼の友だちを覺えてゐる。彼の友だちは人並み以上に語學の才能を具へてゐた。しかし又確かに人並み以上に鋭い犬齒をも具へてゐた。…………

      ×

本文中に「或風の寒い四月の午後、高等學校の生徒だつた彼は彼等の一人」とあるが、龍之介の一高卒業は大正二(一九一三)年七月であるから、これは明治四十四(一九一一)年か翌年の四月、若しくは卒業年の大正二(一九一三)年四月の間の出来事となる。私は龍之介の謂いから、このシチュエーションは正に明治の最後の江の島を活写していると読む。「遊人或は魚を割き、鰒を取らしめて見る」という二百年以上も前の記述が、ここに現前しているだけではない。それを龍之介は、美事な時代精神の批判のメスで剔抉しているのである。

 

   *]

 

Sec. 18

Now we are going to visit the Dragon cavern, not so called, Akira says, because the Dragon of Benten ever dwelt therein, but because the shape of the cavern is the shape of a dragon. The path descends toward the opposite side of the island, and suddenly breaks into a flight of steps cut out of the pale hard rock—exceedingly steep, and worn, and slippery, and perilous—overlooking the sea. A vision of low pale rocks, and surf bursting among them, and a toro or votive stone lamp in the centre of them—all seen as in a bird's-eye view, over the verge of an awful precipice. I see also deep, round holes in one of the rocks. There used to be a tea-house below; and the wooden pillars supporting it were fitted into those holes. I descend with caution; the Japanese seldom slip in their straw sandals, but I can only proceed with the aid of the guide. At almost every step I slip. Surely these steps could never have been thus worn away by the straw sandals of pilgrims who came to see only stones and serpents!

At last we reach a plank gallery carried along the face of the cliff above the rocks and pools, and following it round a projection of the cliff enter the sacred cave. The light dims as we advance; and the sea-waves, running after us into the gloom, make a stupefying roar, multiplied by the extraordinary echo. Looking back, I see the mouth of the cavern like a prodigious sharply angled rent in blackness, showing a fragment of azure sky.

We reach a shrine with no deity in it, pay a fee; and lamps being lighted and given to each of us, we proceed to explore a series of underground passages. So black they are that even with the light of three lamps, I can at first see nothing. In a while, however, I can distinguish stone figures in relief—chiselled on slabs like those I saw in the Buddhist graveyard. These are placed at regular intervals along the rock walls. The guide approaches his light to the face of each one, and utters a name, 'Daikoku-Sama,' 'Fudo-Sama,' 'Kwannon-Sama.' Sometimes in lieu of a statue there is an empty shrine only, with a money-box before it; and these void shrines have names of Shinto gods, 'Daijingu,' 'Hachiman,' 'Inari-Sama.' All the statues are black, or seem black in the yellow lamplight, and sparkle as if frosted. I feel as if I were in some mortuary pit, some subterranean burial-place of dead gods. Interminable the corridor appears; yet there is at last an end—an end with a shrine in it—where the rocky ceiling descends so low that to reach the shrine one must go down on hands and knees. And there is nothing in the shrine. This is the Tail of the Dragon.

We do not return to the light at once, but enter into other lateral black corridors—the Wings of the Dragon. More sable effigies of dispossessed gods; more empty shrines; more stone faces covered with saltpetre; and more money-boxes, possible only to reach by stooping, where more offerings should be made. And there is no Benten, either of wood or stone.

I am glad to return to the light. Here our guide strips naked, and suddenly leaps head foremost into a black deep swirling current between rocks. Five minutes later he reappears, and clambering out lays at my feet a living, squirming sea-snail and an enormous shrimp. Then he resumes his robe, and we re-ascend the mountain.

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