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2015/07/18

陰萎人の詩句Ⅰ 村山槐多 ――附 第一の遺書――

 

  陰萎人の詩句Ⅰ

 

XSに、

ああ、あなた、美しい眼のひと

薔薇の根から見た靑空の樣に美しい眼の持主、

それはほんとですか、

あなたが、この美しいうらわかい女が

生身から引はがした孔雀の皮の樣に美しい人が、

滴る血の樣に生々したあなたの樣なお孃さんが

まつたくなのですか

ほんとですか、ほんとですか

ああ、あなたのとろめく眼ざし、死なぬ螢、

ああ、あなたの輝く唇、熱あるルビー石、

ああ、しなやかな全身につたの樣にからまつた、

あなたの若さと、やさしさと戀とたましひ、

ああまつたくほんとですか

あなたが、あなたが、あなたが、

ああ、あなたが

あの恐ろしい聲 Rai-byo だと云ふ話は、

 

そんなことは大した事ではないが

ほんとですか、お孃さん、

うそでせう、

 

×鏡の中の自分に、

 

ほんとかね、おい、おい、おい、

この立派な靑年が

この美しい豐年のりんごが

ルネツサンスに居さうな智と健康とに輝いたこの男が、この美少年が、

この力士が、この少尉が、

ほんとかね、ほんまかね、

おい、おい、ほんとかね、

お前がたしかに、

Rai-byo で陰萎だと云ふ話は

 

うそだらう、           ――十二、二、

 

 

[やぶちゃん注:「陰萎人の詩句Ⅰ」この詩題を『芸術新潮』一九九七年三月号の「特集 村山槐多の詩」で、早稲田大学教授丹尾安典(たんおやすのり)氏は「陰萎人になるまえに、出会え、槐多!」という磊落な素敵な文章で「まらなえびと」と訓じておられ、私は読んだ当時、思わず、快哉を叫んだものである。

  •  

×鏡の中の自分に、」はそのままを電子化してある。改造文庫版では、この一行は三字下げで(前後を出した)、

   *

 

そんなことは大した事ではないが

ほんとですか、お孃さん、

うそでせう、

 

   ×鏡の中の自分に、

 

ほんとかね、おい、おい、おい、

この立派な靑年が[やぶちゃん注:以下略。]

 

   *

となっている。しかし、これは如何にも変な感じである。このような変則行は、他の詩篇には全く見られないものだからである。また「全集」では、「×」がなく、一字下げで(前後を出した)、

   ※

 

そんなことは大した事ではないが

ほんとですか、お孃さん、

うそでせう、

 

 鏡の中の自分に、

 

ほんとかね、おい、おい、おい、

この立派な靑年が[やぶちゃん注:以下略。]

 

   ※

となっている。これは「×」を誤植と考える見方であろう。

 なお私は実は、今一つの別な可能性も考えている。即ち、この「×」が底本で頻繁に用いられる詩の区切りに用いられる記号と全く同じであるという点からで(前後を出した)、

   ◆

 

そんなことは大した事ではないが

ほんとですか、お孃さん、

うそでせう、

 

    ×

鏡の中の自分に、

 

ほんとかね、おい、おい、おい、

この立派な靑年が[やぶちゃん注:以下略。]

 

   ◆

の誤植の可能性である。参考までの申し添えておく。

  •       

「XSに、」改造文庫は同じであるが、「全集」は「X」を除去し単に「Sに、」となっている。不審である。この「XS」なる人物は恐らく「さわちゃん」という娘のことと思われる。「全集」の山本太郎氏の年譜の翌大正八(一九一九)年の冒頭部に、『「さわちゃん」という癩病の村娘の美しさに心を奪われたり、例の茶目ぶりを発揮して娘たちをからかったりしていた』とあるからである。ただ、この後に続いて実は山本氏は以下のように本詩篇の表題を掲げて記してもいる。

   《引用開始》

 この頃の塊多はしきりに人に酒をすすめた。自分はサイダーをのみながら「これからは人の酔うのをみて酔う」というような事をしきりにいったりした。甲州街道のカフェーの女給「さよちゃん」の淋しい美しさを讃えたのも、この頃である(陰萎人の詩句1)。淋しい美に槐多は鋭敏になっていた。

   《引用終了》

この叙述では、本詩篇の「XS」はこちらの「さよちゃん」(確かにイニシャルはSであるが)ということになる訳だが、如何なものか? これは私は山本氏の全くの誤認としか思われない。

 なお、槐多は草野心平「村山槐多」から先に引いたように、この大正七(一九一八)年『十一月末、奨学金により、東京府豊多摩郡代々幡町大字代々木千首十八番地の一軒家を借りる(代々木練兵場や駒場農科大学へは近くであったが、東京の電車路へは遠く、新宿に通じていた京王電車へ出るには十五、六町の距離があった。六畳・四畳の二間に台所の付いた家で、「鐘下山房」と自ら名付ける)』て、まさにこの詩が書かれた十二月には『新居「鐘下山房」で制作に熱中する。代々木に集まった仲間達、山崎省三、杉村鼎介、山本二郎らと自分達のグループを〝代々木ユートビア〟と愛称し生活を共にする』という、まさに槐多の最後の最後の燃焼期に突入していた。「全集」年譜でも翌年の冒頭部分に、『代々木の家はあばら屋だったが、六畳四畳二間に、台所がついていた。槐多は樋の底の破片に油絵具を塗り半月形の表札をつくった。家のすぐ横に村(代々木村)の半鐘があったので「鐘下山房」と名づけていた。家賃の通帳や庚やのごようききのくる生活を税多は新世帯のようだと楽しんでいた。近くに山崎氏などの友人も下宿し、当時小丘にかこまれた代々木の田園は、槐多の健康を次第に恢復させていった』とあるのだが、同時に『この頃、第一の遺書を』(草野年譜)も書いている事実を見逃してはならない(私はずっと昔に槐多の「遺書」を「全集」底本の恣意的正字化で電子化しているが、今回ここでは、遺書の初出である本底本の続編である「槐多の歌へる其後及び槐多の話」を国立国会図書館近代デジタルライブラリーの画像を視認して新たに示すことにした。これが私の村山槐多の電子テクストの第一の「遺書」の定本決定版と考えて戴いてよろしい。但し、字間空けやポイント違いは無視した。底本では最後の署名は三字空きの下インデントである)。

   *

 

   遺書

 自分は、自分の心と、肉體との傾向が著しくデカダンスの色を帶びて居る事を十五、六歳から感付いて居ました。

 私は落ちゆく事がその命でありました。

 是れは恐ろしい血統の宿命です。

 肺病は最後の段階です。

 宿命的に、下へ下へと行く者を、引き上げやう、引き上げやうとして下すつた小杉さん、鼎さん其の他の知人友人に私は感謝します。

 たとへ此の生が、小生の罪でないにしろ、私は地獄へ陷ちるでしやう。最底の地獄にまで。さらば。

     一九一八年末       村山槐多

 

   *

二箇所の「やう」と「でしやう」はママである。「鼎さん」は洋画家山本鼎(妻家子は北原白秋妹)。槐多の従兄で、彌生書房版「村山槐多全集」の編者山本太郎氏の父。なお、槐多の友人としてしばしば登場する「槐多の歌へる其後及び槐多の話」の「山本路郎」(草野心平によればペンネーム)こと山本二郎という人物はこの槐多の血族の山本家とは関係がないので注意されたい。

  •  

「Rai-byo」癩病。現在はハンセン病と呼称せねばならない。抗酸菌(マイコバクテリウム属 Mycobacterium に属する細菌の総称。他に結核菌・非結核性抗酸菌が属す)の一種であるらい菌(Mycobacterium leprae)の末梢神経細胞内寄生によって惹起される感染症。感染力は低いが、その外見上の組織病変が激しいことから、洋の東西を問わず、「業病」「天刑病」という誤った認識・偏見の中で、今現在まで不当な患者差別が行われてきている(一九九六年に悪法らい予防法が廃止されてもそれは終わっていない)。歴史的に差別感を強く示す「癩病」という呼称の使用は解消されるべきと私は考えるが、何故か菌名の方は「らい菌」のままである。おかしなことだ。ハンセン菌でよい(但し私がいろいろな場面で再三申し上げてきたように言葉狩りをしても意識の変革なしに差別はなくならない)。但し、槐多はこの詩篇では「鏡の中の自分に」と呼びかけて自らをその「Rai-byo」の病者であるという前半の美少女(これは先に示した通り、鐘下山房の近村の村娘「さわちゃん」であろう)のパートと鏡像関係にしてあり、少なくとも詩篇の後半では「Rai-byo」という語をまさに具体なハンセン病ではなく、宗教的な「業病」「天刑病」という意味に還元して自身に使用しいているように読めることには気づく。無論、それによって彼のハンセン病への差別意識が許されるわけではないことは言を俟たぬから、ハンセン病への正しい理解を以って本詩篇を批判的に読まれることを望むことは言うまでもない。

――十二、二、」底本では下インデント五ミリメートル上げのポイント落ちで配されてあり、「全集」では「うそだらう。」の次行下インデントポイント落ちで、しかも「――十二月二日」と書き換えられてある。]

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