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2015/08/29

小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第六章 盆踊 (三)

 

        三

 

 さて、すべての稻田に奇異な形のものが見え出した。私は到る處に、白羽の矢の如きものが熟しかけ稻の穗の上に突出ででゐるのを見た。祈禱の矢!私は一本を引拔いて調べて見た。莖は薄い竹で、その長さの三分の一ほど下まで割つてある。その裂け目の間へ、一枚の文字を害いた、強い白紙――御符――を插んで、それから、裂けた部分を合はせ、上の方で結んである。少し遠くから眺めると、全體恰も長く、輕い、しつかり羽根を附けた矢の觀を呈する。初めに調べたのには、『湯淺神社講全村中安全』と書いてあつた。次には『美保神社諸願成就御祈禱修行』とあつた。進んで行く處、どこにも綠の田の上にちらちらする白い祈禱の矢が見えて、段々數が增してきた。眼の達する限り、それが散布してゐるので、靑々たる一面の野に、白い花が點々たるやうであつた。

 また時としては、小さな田の周圍に、竹竿を連ねた一種の魔法的な棚があつた。竿と竿は長い繩を支へて、繩からは一定の間隔を置いて、總(ふさ)の如き長い藁と、御幣が垂れてゐる。これは神道の神聖な象徴の注連繩である。これを繞らした尊い地域内へは、いかなる害蟲も入らない。いかに焦がすやうな日も若芽を凋らせない。して、白い矢が光つてゐる處では蝗が繁殖しないし、餓ゑた鳥も害をしない。

 が、今や佛像は、探しても見當らなくなつた。大きな寺、釋迦、阿彌陀、大日如來は最早ない!菩薩さへ後方に殘されてしまつた。觀音とその神聖な縁戚も見なくなつた。道路の神なる庚申はまだ私共の傍にゐた。しかし、それは名が變つて神道の神となつてゐる。こゝでは猿田彦尊なのだ。して、それは尊の使者なる、三匹の神祕な猿の像でのみ表現されてゐる――

 見猿(ざる)は、兩手で眼を蔽つて、惡を見ざる。

 きか猿(ざる)は、兩手で耳を蔽つて、惡を聽かざる。

 言(い)は猿(ざる)は、兩手で目を蔽つて、惡を云はざる。

 しかし、否!唯一つの菩薩が、この魔力的神道の雰圍氣の裡にも生きのこつてゐる。依然路傍に、餘程の間隔を置いて、死兒の可愛らしい伴侶なる地藏樣の像があつた。が、地藏もまた少々變化しでゐる。六地藏【註】の彫像に於て、地藏は立つた姿でなく、蓮華に坐して現されてゐる。して、私は東方の國々に於ける如く、その前に積み上げられた小石を見なかつた。

 

    註。何故に五又は三或は他の數でなく

    て、六地藏であるかと。讀者は質問を

    發するだらう。私自身も聽いてみた。

    恐らくは次の傅説が最も滿足すべき説

    明を與へるだらう――

    大乘法師愍行念佛傳といふ書によれば、

    地藏菩薩は既に一萬劫を重ねた女であ

    つて、六趣四生の一切有情を教化しよ

    うとの念願を起した。彼女は不可思議

    力によつて其身を分かつて、同時に地

    獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の

    六趣界に現れて、そこに住めるものど

    もを救濟した。〔これを成就するために

    は、地藏は初めに先づ人間となつたに

    相違ないと。或る友人は主張した〕

    地藏の多くの名、假へば「不休息地藏」

    「讚龍地藏」「金剛悲地藏」「放火王地

    藏」などの中に「無量體地藏」いふ意

    義深き稱號がある。

 

[やぶちゃん注:「湯淺神社」不詳。講中を作って全村祈願のために選ばれた村人が祈禱護符を貰いに行く所からは、かなり遠く離れているが、湯浅城主土豪湯浅権守藤原宗重が湯浅村に遷座させて信仰し紀州徳川家初代藩主頼宣を始めとする歴代藩主が崇敬した、現在の和歌山県有田郡湯浅町大字湯浅にある、出雲の主神大国主命を主祭神とする通称「湯浅大宮」、「顯國神社」のことか? 識者の御教授を乞う。

「美保神社」現在の島根県松江市美保関町美保関に鎮座する、大国主神の子事代主神及び大国主神の后三穂津姫命(みほつひめのみこと)を祀る美保神社。参照したウィキの「美保神社」によれば、事代主神系とされる「えびす社」三千余社の総本社であると自称している(但し、「三千余社」というのは蛭子神系の「えびす」社を合わせた数であって正確でな、「えびす」云々ではなく事代主神を祀る神社の総本宮の意と思われると注する)。ともかくも「えびす神」の神社として栄え、『商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める』とある(下線やぶちゃん)。ここでハーンが見たものは恐らくこの神社の祭事「青柴垣神事」で奉られる「波剪御幣(なみきりごへい)」と呼ばれるものである。これは「住吉神社」公式サイト内の『月刊「すみよし」』の風呂鞏氏の『美保神社の青柴垣(あおふしがき)神事』(リンク先の下方にある記事)の中に、まさにハーンのこの箇所を引用、そこに注して『「美保神社 諸願成就 御祈祷修行」と書かれたお札は、波切り御幣と呼ばれ、今も海運業者や船長達が貰い受けて帰るそうだ』と書かれてあることから明らかである。例大祭である「青柴垣神事(あおふしがきしんじ)」は同ウィキによれば、四月七日午後に行われるもので、『国譲りを決めた言代主神が船を青柴垣に変えてその中に身を隠すが、再び神として甦る様子を再現している』一年の間、主祭神事代主が嫌いとされる『鶏肉鶏卵を避け、毎日海で身を清めた』二人の当屋(とうや:「頭屋」とも書き、神社の祭祀や講に於いて神事・行事を主宰したり世話したりする人或いはその家を指す。年毎に輪番制で交替するのが普通である)が『前日から断食し、青柴垣を飾った』二隻の『船に乗り、港内を一周後、美保神社に参拝、奉幣する』とあり、恐らくその後にこうした一般向けの御幣が配布されるのであろう。美保関地域観光振興協議会公式サイト内の「青柴垣神事」に詳しく、下方には当屋を実際に勤めた方の記録もあり、必見である。因みにその「波剪御幣」には『海難はもとより水の災い、火の災い、病など突然降りかかる人生の厄災を除いてくれる御幣として幅広く信仰され、授与されている』とある。

「凋らせない」「しぼまらせない」と訓じておく。

「三匹の神祕な猿の像でのみ表現されてゐる」猿田彦云々はたまたまの「猿」絡みのありがちな習合に過ぎない。ウィキ猿」より引いておく(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)。『三猿(さんざる、さんえん)とは3匹の猿が両手でそれぞれ目、耳、口を隠している意匠である。三猿は世界的にも"Three wise monkeys"として知られ、「見ざる、聞かざる、言わざる」という叡智の三つの秘密を示しているとされる。英語では"see no evil, hear no evil, speak no evil."という』(以下のハーンの原文参照)。『日本語の語呂合わせから日本が三猿発祥の地と思われがちだが、三匹の猿というモチーフ自体は古代エジプトやアンコールワットにも見られるもので、シルクロードを伝い中国を経由して日本に伝わったという見解がある。「見ざる、聞かざる、言わざる」によく似た表現は古来世界各地にあり、同様の像も古くから存在する。しかしそれぞれの文化によって意味するところは微妙に異なり、またその起源は未だ十分に解明されておらず、今後の研究と調査に委ねるところが大きいのである』。『「論語」に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)という一節がある。一説に、こうした「不見・不聞・不言」の教えが八世紀ごろ、天台宗系の留学僧を経由して日本に伝わったという。三猿のモチーフは、庚申信仰の伝播とともに近世以降広く用いられるようになり、主尊の青面金剛を描く際、その足元に三猿が添えられた例が多い。また庚申塔にも多く三猿が彫り込まれている。天台宗は比叡山の鎮護社の日吉大社と密接な関係にあり、日吉大社を本尊とし、猿を神使とする山王信仰が、庚申信仰と習合した結果ともいう』。『南方熊楠によれば青面金剛と猿の関係はインドに起源があり、青面金剛はインドのラーマーヤナ説話の主人公・ラーマの本体たるヴィシュヌ神の転化であり、三猿はラーマに仕えたハヌマーンの変形という。また庚申の「申=さる」である、庚申信仰で人の悪事を監視して天帝に報告する三匹の「三尸虫」』(さんしのむし)『を封じるため、悪事を見聞きせず、話さない三匹の猿を出したなどの説もある。江戸中期に出版された『和漢三才図会』の「庚申」の項を見ると三猿の挿絵が添えられており、「庚申=三猿」のイメージが定着していたことを伺わせる』。『江戸初期の左甚五郎作と伝える日光東照宮のレリーフは、明治時代になると海外にも紹介されて、やがて世界的に最も有名な三猿のひとつとなった』。『インドのマハトマ・ガンディーは常に三匹の猿の像を身につけ「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」と教えたとされており、教科書などに「ガンディーの三猿」が掲載されている。また、アメリカ合衆国では教会の日曜学校などで三猿を用い「猥褻なものを見ない」「性的な噂を聞かない」「嘘や卑猥なことを言わない」よう諭すことがあるという』ともあり、最後の方は一寸、吃驚り。

「大乘法師愍行念佛傳」不詳。識者の御教授を乞う。「大乘法師」とは玄奘三蔵のことか?

「一萬劫」仏教では極めて長い時間を指す語で、珍しく特に数値換算(比喩は別として)されるものではない(因みに、ヒンドゥー教では1劫(カルパ)は現世の四十三億二千万年とするから、その一万倍となる)。

「六趣四生」「六趣」の趣はそれぞれの業報によって趣き住む処という意でハーンも述べている「六道」のこと、「四生」は「ししやう(ししょう)」と読み、仏教に於けるこの世の生きとし生けるあらゆる生物(衆生)の、それぞれの生まれ方によって四つに分類した考え方で、「胎生(たいしょう)」「卵生(らんしょう)」「湿生(しっしょう)」(蚊・蛙など湿気の中から生まれるとされる)「化生(けしょう)」(見かけの観察上では前の三つに見えないもので、外界の影響と無関係に自身の力、「業(ごう)」によって忽然と生まれ出る、出現するとされるもので、例えば仏菩薩が人形(ひとがた)に変じて出現することや、天人や地獄・中有(ちゅうう)への転生、妖怪や幽霊や物の怪全般もこれに含まれる)の四種を指す。

「不休息地藏」修羅道に自律的に化生した地蔵の名。

「讚龍地藏」我々の世界である人間道(じんかんどう)に化生した地蔵の名。以上の二つは埼玉県草加市の真言宗泉蔵院公式サイト内の「泉蔵院の仏様」の「六地蔵尊」の解説に、『泉蔵院に所在する六地蔵は、六道別各尊名を刻してあります。元享釈書の惟高に依ったもので、右側より、地獄道=光味尊、餓鬼道=辨尼尊、畜生道=護讃尊、修羅道=不休息尊、人道=讃龍尊、天道=破勝獄尊とあります』という解説を参照した。「さんりょうじぞう」と読むか。調べたところ、六地蔵の名称については一定していないことが判った。

「金剛悲地藏」サイト「飛騨観光 陽山亭」の「佛教尊像の解説」の「地蔵菩薩」の項によれば、『地蔵菩薩は釈迦入滅から弥勒菩薩が出現するまでの間、人々を救済するために現れた菩薩。六道に輪廻する各界の衆生すべてに救いの手をさしのべてくださるという。このため「六地蔵・預天賀地蔵(天)、金剛願地蔵(地獄)、金剛幢地蔵(修羅)、放光王地蔵(人)、金剛宝地蔵(餓鬼)、金剛悲地蔵(畜生)」といわれて六体の地蔵尊が祀られている事が多い。この菩薩が「比丘」(僧侶)の姿をして、錫杖と宝珠をもっているのは、常に六道を巡錫して人々を救済していることを表わしている』という前注の名称とは一部異なる記載を確認出来る。それによればこれは餓鬼道に化生した地蔵の名ということになる。

「放火王地藏」前注引用によれば、これも先の「讚龍地藏」と同じく人間道の地蔵の名ということにある。

「無量體地藏」これは地蔵菩薩がありとあらゆる世界や場所場面に同時に出現することをシンボライズした地蔵の総称名ではないかと推定される。所謂、千体地蔵と同義ではあるまいか? 識者の御教授を乞う。]

 

 

Sec. 3

And now strange signs begin to appear in all these rice-fields: I see everywhere, sticking up above the ripening grain, objects like white-feathered arrows. Arrows of prayer! I take one up to examine it. The shaft is a thin bamboo, split down for about one-third of its length; into the slit a strip of strong white paper with ideographs upon it—an ofuda, a Shinto charm—is inserted; and the separated ends of the cane are then rejoined and tied together just above it. The whole, at a little distance, has exactly the appearance of a long, light, well-feathered arrow. That which I first examine bears the words, 'Yu-Asaki-jinja-kozen-son-chu-an-zen' (From the God whose shrine is before the Village of Peace). Another reads, 'Mihojinja-sho-gwan-jo-ju-go-kito-shugo,' signifying that the Deity of the temple Miho-jinja granteth fully every supplication made unto him. Everywhere, as we proceed, I see the white arrows of prayer glimmering above the green level of the grain; and always they become more numerous. Far as the eye can reach the fields are sprinkled with them, so that they make upon the verdant surface a white speckling as of flowers.

Sometimes, also, around a little rice-field, I see a sort of magical fence, formed by little bamboo rods supporting a long cord from which long straws hang down, like a fringe, and paper cuttings, which are symbols (gohei) are suspended at regular intervals. This is the shimenawa, sacred emblem of Shinto. Within the consecrated space inclosed by it no blight may enter—no scorching sun wither the young shoots. And where the white arrows glimmer the locust shall not prevail, nor shall hungry birds do evil.

But now I look in vain for the Buddhas. No more great tera, no Shaka, no Amida, no Dai-Nichi-Nyorai; even the Bosatsu have been left behind. Kwannon and her holy kin have disappeared; Koshin, Lord of Roads, is indeed yet with us; but he has changed his name and become a Shinto deity: he is now Saruda-hiko-no-mikoto; and his presence is revealed only by the statues of the Three Mystic Apes which are his servants—

Mizaru, who sees no evil, covering his eyes with his hands, Kikazaru, who hears no evil, covering his ears with his hands. Iwazaru, who speaks no evil, covering his mouth with his hands.

Yet no! one Bosatsu survives in this atmosphere of magical Shinto: still by the roadside I see at long intervals the image of Jizo-Sama, the charming playfellow of dead children. But Jizo also is a little changed; even in his sextuple representation, [4] the Roku-Jizo, he appears not standing, but seated upon his lotus-flower, and I see no stones piled up before him, as in the eastern provinces.

 

 

4 Why six Jizo instead of five or three or any other number, the reader may ask. I myself asked the question many times before receiving any satisfactory reply. Perhaps the following legend affords the most satisfactory explanation:

According to the Book Taijo-Hoshi-mingyo-nenbutsu-den, Jizo-Bosatsu was a woman ten thousand ko (kalpas) before this era, and became filled with desire to convert all living beings of the Six Worlds and the Four Births. And by virtue of the Supernatural Powers she multiplied herself and simultaneously appeared in all the Rokussho or Six States of Sentient Existence at once, namely in the Jigoku, Gaki, Chikusho, Shura, Ningen, Tenjo, and converted the dwellers thereof. (A friend insists that in order to have done this Jizo must first have become a man.)

Among the many names of Jizo, such as 'The Never Slumbering,' 'The Dragon-Praiser,' 'The Shining King,' 'Diamond-of-Pity,' I find the significant appellation of 'The Countless Bodied.'

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